第48話 スタニスラフと漏電

 ユーハイム公国軍が布陣した場所にジロデ公国軍、エピオーネ軍が相次いで到着した。

 河の中洲に建てられた木造要塞には、ユーハイム公国軍の弩弓部隊の精鋭が入り込んできた。弩弓の射程範囲外に宿営するよう仕向けるためだ。

 ユーハイム同盟軍の司令部であるエルフィン、ショーカ、カスパーとともに奏多とデュバルも屋上から敵情を見守っている。

 河の対岸にスタニスラフ軍の本隊が到着し、宿営地を定めようとするところで弩弓兵の矢による牽制を行なって嫌がらせをする。それに煩わされながらも本陣を築きつつ、こちらの様子を確認しているようだ。

 こちらの頼みの綱でもある木造要塞だが、ここを奪い合う戦は考えていなかった。


「軍師殿、スタニスラフはわれら同盟を危険視しているようだな」

 エルフィンが所感を述べるとショーカが答えた。

「三国合わせれば総兵力ではスタニスラフを上回りますからね。ただ、その兵力差も雷電魔法で帳消しにされるはずですが」

「だいじょうぶですよ、皆様。スタニスラフがうかつに雷電魔法を使えないようにする。軍師カナタにはその策がありますから」


「雷電魔法は最強の攻撃魔法ですよ。それをどう封じ込めようというのですか」

 カスパーは疑問を持ったようだ。

「まあ俺の世界での常識が通じれば、という前提付きではあるのだが」

「どんな常識ですか、それは」


「俺の世界は電気の世界つまり雷電の世界なんだ。生活のあらゆる場面で電気という雷電の一種を用いる。そしてその電気に水は禁物なんだ」

「水が、禁物、とは」

「詳しい話はしないほうがいいだろう。おそらくわからないことだらけだからな。すべて聞いているデュバルもなかなか納得できないようだし。戦闘が始まれば自ずと明らかになる。エルフィン殿、水氷魔術師を前線に集めてほしい。なぜ雷電魔法に水氷魔法が効くのか、実際に見てもらったほうが早いからな」


 了解したと一声かけたエルフィンがユーハイム公国軍所属の水氷魔術師を前面へと並べていく。


「作戦はこうだ。まずスタニスラフへと弩弓を撃ち込んで反撃を誘う。それに押されたかのように木造要塞から全員を引き上げさせる。その途中で水氷魔法で以前河だった部分をぬかるみに変える。おそらくスタニスラフはこちらの攻撃をたいしたことがないと判断するだろう。そして得意の雷電魔法でわれらを追撃してくるはず。そのときに足元が水浸しになっていれば、必ず漏電が起こる」

「ローデンとは」

 ショーカもやはり聞くだろうな。デュバルだって問うてきたくらいなんだから。


「雷電魔法のエネルギーである電気が本来の通り道から漏れて拡散してしまう現象のことだよ」

「漏電に遭って雷電魔法を封じてしまえば、兵力差で勝ててしまうのは道理」

「軍師殿、スタニスラフも雷電魔法が中心なのだから、その漏電についても詳しいのではありませんか」

 カスパーの疑問もわからないではない。


「もちろんスタニスラフが漏電を知っている可能性もある。しかし知っていれば河での戦闘は選ばないんだよ。河を戦場に選んだ時点で、スタニスラフは漏電を知らないと判断できる。そもそもスタニスラフは平地が多くて水源はそれほど豊かではない。高い木が少ないから雷電魔法を使えるんだ。もし高い木があれば雷電魔法を放ったところで、その木を直撃するだけだからね。北方諸国を巡って地理関係も調べてきたんだよね」


「はい、軍師殿のおっしゃるとおり、広い平地が続いておりました。丘や低山もありましたが、そこでは周辺の中小国が営んでいました」


 デュバルはスタニスラフ軍の動きを監視していたが、急な声をあげた。

「カナタ、スタニスラフ軍が前進を始めたぞ」

「わかった。弩弓兵に指示。ありったけの矢を敵に射掛けるんだ。あらかた撃ち終わったら要塞を飛び出して一気に本隊へ合流するように」


 了解だ、と言うとデュバルは弩弓兵に指示を伝える。そして要塞から矢の雨が放たれた。

「エルフィン殿、進軍してくる敵軍の足元を狙って水氷魔法をかけてくれ」

 その声に従い、水氷魔術師が次々と水をばら撒いていく。


「カスパーさん、敵の中枢に火炎魔法を一発撃ってください。それで敵の行軍速度が上がり、水たまりのなかを強行することになる。そして雷電魔法を撃ってくれれば」

「かしこまりました。火炎魔術師、敵司令部に特大の一発を見舞ってやれ」

 カスパーの声に従い、スタニスラフ軍の中枢で火炎魔法が炸裂した。


「よし、総員要塞から退去して、わが軍が待つ土手を目指して脇目もふらずに走れ」

 弩弓を持った兵が次々と要塞を後にする。どこまで行けば助かるか。それは教えていない。だから皆必死になって土手へと駆け上っていく。


 それを見ていたスタニスラフ軍の魔術師は雷電魔法を放とうとして。

「ぐわー、な、なんだこれは」

 雷電のスパークが幾重にも散るものの、スタニスラフ軍の各所から悲鳴があがる。


「雷電が自分に跳ね返ってくるとは。ユーハイムめ、いったいなにをした」

 その様子を見ていた奏多はデュバルを始め、エルフィン、ショーカ、カスパーとそれぞれの副官を連れて要塞を放棄し、本隊へとたどり着いた。

「さて、これで雷電魔法を封じた。あとはスタニスラフ軍が要塞に進駐すれば、用意していた策が炸裂することになるのだが」

「それにしても驚きました。まさか水氷魔法が雷電に効果があるものだとは思いもしませんでしたよ」


「きちんと効いてくれて俺も助かった。魔法だから物理現象から外れやしないかと冷や冷やものだったからな」

 そのとき、カスパーがあることに気づいた。


「あの、軍師殿。直属の中隊はどこにいるのですか。まさかスタニスラフ軍を迎撃に出たわけではないですよね」

「彼らには私の計略を完成するために、出撃してもらった。こちらの合図があればすぐに計略を発動する手はずになっている」


 雷電の漏出で多くの兵が感電して身動きがとれないなか、スタニスラフ軍の主力は木造要塞へとたどり着いた。




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