第47話 スタニスラフとユーハイム公国軍

 かな直属の中隊は、彼から指示された命令を携えて、河の上流へと駆けていった。

 所定の場所に着いたら、奏多の合図を待って遊撃隊として行動することとなる。


 ふたりきり残った要塞の屋上最上部へと登った奏多とデュバルは、スタニスラフ軍が迫ってくる方向を見据えていた。


「静かなもんだ。大陸最強の軍隊が迫ってくるそのときに、こうやって上から敵情を観察するとは、なかなか乙なものですな」

「いつでも逃げられる準備はしておくんだ。姿を見せた頃にはおびただしいスタニスラフ兵で埋め尽くされるだろうからな」

 ふたりの愛馬は今頃新鮮な水と藁をたんまり味わっていることだろう。これなら、敵が現れてからすぐに退却できるはずだ。


「スタニスラフ軍が来るまで三刻ほど。ユーハイム公国軍、ジロデ公国軍、エピオーネ軍が到着するのはおそらく二、三刻ほどだろう。直接エルフィン将軍に指示を出したユーハイム公国軍が真っ先にたどり着くのは自明だ。あとはユーハイム同盟全軍がスタニスラフ軍よりも先に要塞を望む場所まで来られるかどうか」

「それも考えられるが、俺たちのように早馬を飛ばして状況を確認しに来る者が来ないともかぎらない。デュバルはどう思うか」


「確かに斥候による偵察はされるでしょうな。とくに大軍を擁するスタニスラフは行軍がゆっくりにならざるをえない。先発隊が様子見に来ることは間違いないだろう。今の状況を見られたら、本当に守備隊がいないのか、それとも兵を伏せてある罠なのか。それを探るためにも、こちらの様子を注意深く見守っているはずだな」

 さすがデュバルである。蜀の諸葛亮以来の計を見抜かれるとは思わなかった。この世界の軍は予想外に戦闘経験が豊かなのだろうか。

「罠だと思う理由は」


「そうですね。まずこれだけの大きさの要塞にしては、守備隊が少ないように見受けられます。つまりどこかに兵を伏せておき、兵のいない要塞をスタニスラフ軍に攻めさせ、そこに火を放つ。そうすれば戦わずして勝利は掴めるでしょう。スタニスラフの軍師が頭の切れる人物なら、そこを考えて容易には動けないはずです」


 スタニスラフの軍師。今回の戦において最も計算が立たなかった要素だ。

 奏多ほどの名手なのか、単に計略を思いつくだけの存在なのか。

 おそらく張良が身を寄せたのはスタニスラフだと考えられる。そうでなければ単独であれほどの軍勢を擁することなど不可能に近い。

 あまりにも強すぎるため、他の大国はスタニスラフを牽制し続けなければならなかった。

 大陸では正式には認識されてはいなかったが、スタニスラフが覇権を握っていたと考えても無理からぬこと。その覇者スタニスラフを倒して新たな覇者としてハイブ公爵を立て、大陸に平和をもたらすのが最も目指すべき未来図である。


「要塞つまり城だな、それを空に見せかけて仕掛ける計略を空城の計というんだ。効果はデュバルが言っていたとおり。わざと無防備に見せて敵の進軍を鈍らせること。そして看破されて敵が城内へ入ったところを焼き討ちして焼死させること。このふたつの目的で空城の計は成り立っている」


 つまりスタニスラフの軍師がそこまで見通せるかどうかで、勝敗が大きく変わってくる。

 もし敵の軍師が張良の系譜なのであれば、知っている計略も前漢までのものになる。

 空城の計は三国時代の計略なので見抜かれる可能性は低いと見る。おそらく三国時代の計略ならスタニスラフを欺けるのではないか。わずかながらもそう見通していた。

 諸葛亮が唱えた天下三分の計を引き合いに出したのも、スタニスラフが張良と関係があるかもしれなかったからだ。


 まさか張良の後継者を相手にするとは思っていなかったが、どんなにすぐれた軍師であっても、張良止まりであれば活路は見いだせる。こちらは唐代までの兵法に通じているのだから。

 張良が知らなかった計略を知っているのは、大きなアドバンテージといえる。あとはどこまでのバレずに使えるか。そこに勝機を見いだすのだ。


「先に援護に到着するユーハイム同盟軍を見て、スタニスラフ軍はどう出ますかな」

「数で圧倒しようと思ってくれればしめたものなんだがな」

 そう話していた頃、後方ユーハイム公国領側から早馬が駆けてきた。奏多はひとまず感想を漏らした。


「どうやらユーハイム公国軍がまもなく到着するようだな。これで先手をとれそうだ。デュバル、エルフィン殿をここに連れてきてくれ」

「いいのか、お前をひとりにして。敵襲があったら真っ先に標的となるのは目に見えているが」


「まあ、スタニスラフもこちらの本隊が到着したのを知ることになるから、うかつに攻めてはこないだろう。それより早くエルフィン殿を呼んでくれ」

「わかったよ、カナタ。危なくなったらすぐに下りて馬でユーハイム公国軍まで来てくれ。おそらくだいじょうぶだとは思うのだがな」


 それから四半刻、デュバルがエルフィンを連れて戻ってきた。

「ユーハイム公国軍が先着したのは僥倖だ。ただちにもともとあった河の流域から五十歩下がったところに兵を展開するように。俺の計略がうまくいけば、戦わずして勝つこともできるが、そのためにもスタニスラフを牽制する軍が必要だ」


「軍師殿の計略の一端をお教え願いたいのだが」

 カナタに代わってデュバルが答える。

「なんでも、計略は事前に知らせないほうがよいものだそうです。たとえ当たっても狙いましたなんて言わない。外れたらそもそもそんな計略をしていなかった。両にらみなのだそうです」

「なんと頼りない言葉だ」


 ここまでの話でどんな計略かがわかるのなら、すでに奏多の域に達したのは過言ではない。

 古代中国で最も大胆な計略だから、それが今から見抜けたのなら諸葛亮並みの実力があると見ていい。


 すると対岸にスタニスラフの先発隊が現れた。早馬なので、おそらく本隊はあと一刻半といったところだろう。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る