第46話 スタニスラフと水路

 大河を堰き止めて河中に築いた木造要塞から狼煙が上がった。

 色は赤。どうやらスタニスラフが国境を出て要塞へ向けて近づいてきているらしい。


 その情報を得たかなは、ハイブ公爵に報告を入れた。

「ハイブ公爵、只今河の木造要塞から連絡が入りました。敵襲です。スタニスラフが国境を出て前進を開始いたしました」

 奏多はきわめて冷静に事実だけを告げた。

 当然のようにハイブ公爵はすがるような視線を送ってくる。


「ご指示があれば、ただちにユーハイム公国、ジロデ公国、エピオーネの同盟軍を出撃させます。ご決断を」

「必ず勝てるのだな、カナタよ」

「間違いなく」

 即答する奏多を見ていたハイブ公爵は力づけられたようだ。


「わ、わかった。ただちに同盟軍を出撃させよ。集合地点は河の要塞でよいのだな」

「はい、さようです」


 公爵の許可を得ると奏多は、エルフィンにユーハイム軍を、ショーカにジロデ軍を、そしてカスパーにエピオーネ軍を連れて木造要塞へ集まるよう申し渡した。

 彼自身は護衛のデュバルを連れて先に要塞へと向かう。


「本当にだいじょうぶなんだろうな。急ごしらえの要塞の守備兵力だけで、大兵力のスタニスラフの前進を食い止められるかどうか」

「だから、敵が来たら抵抗せずに明け渡せ、とくどいほど言いつけてきたからな。今回の計略はそこも込みだ」

「敵に攻め込まれて戦わないのは戦士の恥だ、なんて思わなければいいんだが」

「そこも徹底しているはずだから気にしなくてよさそうだけど」


 木造要塞で監視する中隊は奏多のお抱えだから、彼に策があると言われれば二心を抱くようなマネはしないはずだ。

 奏多が木造要塞に到着する前に近寄られたら明け渡しは難しくなる。下手をすれば取り囲まれて脱出も不可能になるからだ。だから奏多はデュバルを連れて逸早く木造要塞へと馬を馳せた。


◇◇◇


 一刻をかけて駿馬を飛ばした奏多とデュバルは、木造要塞へとたどり着いた。どうやらスタニスラフの前進よりも先に到着したようだ。要塞守備をまかせている中隊長と言葉を交わす。


「中隊長、スタニスラフ軍がどこに布陣しているかは監視できているか」

「はい、軍師殿。お申しつけどおり、スタニスラフ軍とは距離を置きつつ、場所と距離を把握しております」


 通された会議室の机の上に大きな地図があり、そこに色とりどりの石が置かれている。スタニスラフ軍が攻めてきたら、ここに敵の布陣を記すよう教えてあった。


「なるほど、攻城戦の基本である包囲を仕掛けようということか。なかなかどうして。敵もただの戦上手ではなさそうだ」

「まあわれら同盟軍のように、中小国を庇護する結びつきではないからな。力を背景にして屈従させた。それだけスタニスラフは実戦経験が豊富だということだろうな」

「つまり城下之盟を誓わせた、というわけか」

「ジョーカノメー、とは」

 デュバルが疑問を持った。まあこの単語は奏多の世界でも知らない人のほうが多いんだけれども。


「簡単に言えば、戦いに敗れて降伏させられたあとで結ぶ、最も屈辱的な講和条約のことだ。城壁の下で取り交わす条約だからそういうんだよ」

 デュバルはただの護衛に見えて、国際関係にも通じている。

 この世界の、この大陸の関係のすべてを奏多はまだ把握していないのだから、世情に通じているデュバルの存在は大きかった。


「スタニスラフがこの要塞まで到達するのにあと何刻かかると見るか」

 奏多は中隊長に問いかけた。

「本隊の兵が多いので、三、四刻はかかるでしょう」

「それではこちらは迎え撃つ準備を進めておこう。要塞の守備隊は全員上流に向かって進軍するように」

「そこには敵はおりませんが」


「計略のためだ。要塞を明け渡すにしても、こちらの兵が多いと時間がかかって捕らわれる者も出てくるだろう」

「しかし、本当にここを明け渡してもかまわないのですね。小さいながらもよい要塞だと思うのですが」

「急ごしらえの木製の要塞だぞ。この戦が終われば、もう少しユーハイム公国寄りの場所に、改めて石造りの要塞を築くまで。まあその頃にはスタニスラフは敵対していないはずなんだがな」


 奏多の考えどおりなら、この一戦でスタニスラフの戦意は完全に挫ける。

 再戦までに相当な時間をかけなければならないはずだ。


「では、今回の木造要塞はそのときのための予行だったわけですか」

「そういうことだ。それに木造なら火をかければ燃えてなくなるからな。エピオーネの火炎魔術師が到着すればいかようにも料理できる。そのあとの消火にはユーハイム公国の水氷魔術師にまかせればよい。すべてこちらの思うがままよ」


「では、軍師殿はエピオーネが本当に味方になると信じていたのですか。本要塞の着工はエピオーネとの停戦がなってからすぐの時期だったはずですが」

「そのくらいは織り込める。なにせエピオーネはわれらの同盟に加わらなければ、数と雷電魔法をたのむスタニスラフに蹂躙されるとわかりきっていたからな」


 あとはスタニスラフの前進が先か、味方のユーハイム公国、ジロデ公国、エピオーネの各軍が集まるのが先か。それ次第で戦い方は大きく変わる。

 だが基本戦術はすでに決定している。

 木造要塞を築いた意義もそこにあるのだから。

 あえて相手に奪われる要塞を建設したのも、そこに兵站を置く貯蔵庫として機能すると見せかけるために必要だったのだ。


 相手にわざと使わせるために建てたのだから、燃えやすい木造にした。

 また火のついた木を消火するのに水は不可欠である。味方が魔法を存分に使うために、あえて燃えやすく消火しやすい木製の要塞にしたのだ。

 そしてそれだけでなく、スタニスラフの雷電魔法を封じるためにも、下を水が流れる河の只中に要塞を築いた。


 もしスタニスラフの軍師が雷電魔法の弱点を看破していたら、要塞は使わないと考えられる。

 しかし中小国を相手に好き勝手する程度の軍師であれば、おそらく眼の前の要塞は南部攻略の橋頭堡としてしかみなせないだろう。

 そこが奏多と敵軍師との駆け引きとなる。




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