12話 勇者と黒魔術師

 長らく続いた拘束が、夜明けと共に終わりを告げた。


「お兄さん、今の帝国は余所者に怖いから気をつけるんだね。ウチみたいに、話を聞いてあげれるほど余裕のある人達ばかりじゃないから。その腰にぶら下げている高そうな剣とかは隠した方がいい。じゃっそれだけ」


 コクヅルはそう言うとあっさりと鎖から解放し、ゆっくりと木の下へと降ろしてくれた。


「優しくするから、ね?」


 そう言って首根っこを掴んでのただの飛び降りだった事には不満しかないが、ひとまずは解放されて命ある事に安心する。


「コクヅル……災害のようなやつだったな……」


 刃物を突きつけられ、木の上で朝まで縛られ放置されるなんて中々できる経験ではないだろう。


「ふあ……」


 と、唐突に眠気が襲ってくる。


(あぁ……そういや俺は疲れてるんだったか……)


 今になってようやく、心身の極限の疲れというやつに気がつく。だが、それでもなお、眼と思考が眠ることを許してくれない


 眼を閉じれば、今の視界よりもはっきりとまぶたの裏に映し出される血の光景。

 深呼吸し、冷静になればなるほど聴こえてくる、あの場にいた戦士達の苦痛による叫び声。


 決して落ち着くことはなく、頭という完璧な入れ物に保管された悲惨な結末は忘れることを許してはくれない。


「……はぁ、一旦……帰るか」


 眠気に襲われる中、確かに一歩ずつ兵舎へと足を進めていく。

 そうして、歩いて、歩いて、歩いた先にある兵舎へと辿り着くと、ゆっくりと自室へと向かう。


 相変わらず兵舎には誰もいない。自室への廊下にも誰一人いない。

 自室の扉へと手を伸ばし、ゆっくりと扉を開ける


「おかえり勇者君。昨日は散々な一日だったそうじゃないか」


 すると、扉のすべてを開けきる前に、中から声が聞こえてくる。

 半分開けた扉から、部屋の中を覗き込むように顔を出すと、そこにはちょっとだけ楽しそうに笑っている黒魔術師が、当たり前のようにベットに座っていた。


「お前なぁ……酷くないか? 俺が捕まってるのも分かってたんだろ?」


「勿論。だが、責められる筋合いは無い。勇者君は昨日、私に対して成果は何一つ無かったと言っていたではないか。だから、てっきりアレは、コクヅルのそっくりさんと仲良くしていただけなのかなと、私はそう思ってね」


 邪魔をしては悪いと思って、なんて心にも無いことを黒魔術師は笑いながら言った。


「あの光景を仲良さそうだなぁで眺められるお前の神経を疑うよ」


「はは、でもまぁいい教訓になっただろう? 嘘は災いの元だと。嘘は良くないよ」


「それはお前もだろう? 黒魔術師。どうして外の世界のことを黙っていた? それと、お前この帝国の者じゃねえだろ。いや、そもそも人間かどうかも怪しんでいるぞ俺は」


「ほほう! コクヅルから色々聞けたようだね! そしてやはり勇者君は物分かりがいい! 全て正しい!」


 黒魔術師の声音に変化は無い。日常の会話のようなノリで黒魔術師はあっさりと認めた。


「勇者君の考察通り、私はこの帝国の人間ではない、というか人でもない」


「何が目的だ。どうして俺を助け、この帝国に連れてきた」


「私の目的は、勇者君を使ってこの世界を最高のものにすること。これに嘘偽りはありません。この帝国を選んだ理由は無い。勇者君を隠せるならどこでも良かった」


「はっ……ははは!冗談だろ? 俺を使ってこの世界を最高のものにだ? 正気か? できるはずないだろう?」


 馬鹿げた状況に、馬鹿げた話だった。正しく、本来なら笑い飛ばすような話だ。


「……できるのか?」


 そう、本来なら。


「興味が、あるのかい?」


 黒魔術師は、誘惑するかの如く囁く。


「これから……誰かを救うことに疑問を抱いていたんだ。果たしてそれが、自分や他人の救いになるのかって」


「それで? 勇者君はその疑問にどう答えをだしたんだい?」


「ならない。誰かを救っても、世界は嘘で固められてしまっている。外に出ることができず、真実を知ることも出来ない。気づいたんだ、俺が奪ったのは人々の命だけじゃない。当たり前にあったもの。真実の世界も、奪ってしまった」


「あーー、それは大変だ。では、どうする?」


 決まっている。ここは外から閉ざされ、真実を隠された世界だ。


「やり直す。このクソッたれな現実を、嘘で全て改変する。この隔絶された世界を、外の世界が都合のいい様に扱うというのなら、それ以上の世界をここで俺が作る」


『偽りの大罪人』であり、世界を救えなかった勇者。

 それが、まだ世界が知らぬ真実。


 救えなかった事実は変わらない。だが、まだ話は続けられるらしい。これで完結という訳でもないのなら


「まだ救えるものがある」


 黒魔術師は、初めからそう言っていた。


「……この際、お前の素性なんてどうだっていい。手を貸せ黒魔術師。残された世界、その全てを救う」


「利害は一致しています。私は初めからそのつもりですよ。お互いに、利用し合いましょう」


 こうして、俺達は利用し合う関係となった。


 黒魔術師の素性は不明だが、俺は、真実に隠された世界で、世界を救う偽りの勇者となることを決めた。


 どうしてこうなったかは誰にも分からない。けれどこれは、勇者と黒魔術師の、救えなかった世界の話であることは間違いないのだろう。


 これは、きっとそういった話なのだ。






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