8話 勇者像

「勇者って……どんなやつだと思う?」


 近くにあった壊れた酒場の中に座り、対面に座る相手に対して一言目に話したのがこの言葉だった。

 心の準備をするどころか、嘘から始まってしまった探し人コクヅルとの出会い。


 とはいえ、そのままたまたますれ違っただけで終わらせるのは、なんとも勿体ない機会。


「コクヅルさん、あの戦いで気になったことがあったんだけど、少しいいかい?」


 なんて下手くそな引き止めをし、立ち話もなんだからと連れ込んだのがこの酒場だ。


「ん? いいよ? ウチに答えられることかは分からないけど」


 ボロボロで穴だらけの、元の形なんて見る影もないただ建ってるだけの酒場。

 話場としては最悪だが、コクヅルがあっさりと誘いに乗ってくれたのが唯一の救いだろうか。

 だが、何故か勇者じゃないフリをして挨拶をしてしまった自分に、話せる話題などなく、気まづい雰囲気を打開すべく苦し紛れに出た一言。


「勇者って……どんなやつだと思う?」


 酷すぎる。ボロボロの酒場以上にボロがでまくり、穴空きまくりの自分が嫌になる。


(本当に俺は嘘が下手くそだ……)


 たった今出会ったばかりの赤の他人に、急にそんな事を聞かれても、返答に困るだけだろう。


「……うーーん、それってさ、ウチが勇者を今どう思っているかって話なのか、それとも、あの場にいた勇者に対する印象についてなのか、どっちの話だったりする?」


「えっ?」


 と、思っていたのだが、コクヅルは見るからに悩んでますといった顔をして、真剣にそんな事を聞き返してきた。


「それって……何か違うものなのか?」


「主観的にどう思っているか、客観的にどう思ったか、その程度の違いだけどね。それで? お兄さんは赤の他人の勇者像なんてどうでもいい話のどっちに興味があるわけ?」


 そう聞き返してきた彼女の顔には、どこか幼さを感じる笑みが浮かんでおり、何かを見透かしているような視線も含めた彼女の顔からついつい目を逸らしてしまう。


「じゃ、じゃあ、折角だし。……どちらも聞いておこうかな」


「そ? じゃあ自分事だけど、遠慮無く語らせてもらおうかな?」


 興味があった。今の自分とあの戦場に居た自分は、一体周りからどう視えていたのだろう。

 覚悟はしている。良い話なんて何一つ無いだろうけど、知りたかったのだ。ただそれだけの理由。


「戦場で初めて彼を視た時に感じたのは、なんて無責任な奴、だったかなぁ。都合の良い言葉と、根拠の無い希望に満ちた言葉を並べまくって……誠実な人なんだろうなって思ってただけに、ガッカリしたのを覚えてるよ」


「うっ」


「どしたの?」


「いや、気にしないでくれ。心が急降下しただけだから」


 危ない危ない。危うく心が底に沈むところだった。


「でも……今になって思うと、アレは勇者なりの精一杯の虚勢だったのかなって思っちゃうんだよね」


 それはとんでもない勘違いだった。何故ならあの時は、本当に調子に乗っていただけなのだから。


「戦いが始まってすぐにおきたあの異変。誰もが勇者に失望し絶望し、それでも戦い続ける皆の中で、ウチは視た。誰よりも絶望した顔で、動けなくなっている勇者の姿を」


 それは正しい。俺はあの戦場で、何一つ自分の意思で動いちゃいない。


「それを視た瞬間、ウチは確信したよ。アレは偽物だと」


 それも正しい。俺は偽物で、決して勇者なんかじゃない大罪人。


「……それを視て、怒りは湧いてこなかったのか? 俺は怒ったよ」


 気づいたら、そんな言葉を返していた。


「怒る? それはありえないだろう。むしろ、今は可哀想な奴だと、ウチは思っているほどだよ?」


「は……?可哀想?アレがか?」


 ふざけているのか?そう口にしそうになって、慌てて口を抑える。


「……アレに一体どこにそんな要素がある? アレは皆を偽り、騙していたんだぞ? その結果……どうなったか……」


「んん? ウチがどう思っているかって話っしょ? 結果だけをみれば確かに酷いやつだけどさ、彼のことを思えばそれはとても可哀想なことだと、ウチは思うんだ」


「彼のことを……思えば?」


「あの子、あの地獄のような戦場で最後まで動かなかったんだよ。怯えるわけでもなく、逃げるわけでもなく、闘うわけでも無く。ただ、動かなかった」


 そしてコクヅルは言った。


「まるで初めて戦場に立った人のようだった。味方の死から目を背けられず、どうしていいのかも分からないその姿に、ウチはそう思ったんだ」


 それは……だとしても、勇者が許されるわけではない。


「ウチはてっきり、どこか名のある騎士が聖剣を引き抜いたのとばかりその姿を視るまではそう思ってたんだけどさ」


 コクヅルは、嫌な言葉を続ける。もうやめてほしい。


「もし、もしだよ?あの聖剣の持ち主が、戦場どころか闘いも知らない人で、何も知らないまま期待と幻想を押し付けられただけの普通の人だったとしたら」


 だからなんだ。だからって許されるのか?


「悲劇だ。だったとしたら少なくともウチは、あの戦いで非難されるべき人はいないと、思っているよ。だってそうだと思わない?聖剣と力を手にしたら、そりゃあ勘違いもする。ただ今回は、結果が残酷過ぎただけ。ウチは勇者君に同情しているよ。彼がもし今も生きているのだとしたら一体どこで、どんな気持ちなんだろうね、心配だ」


 ま、どれもこれも今のはウチの妄想で、ウチがそう思っているってだけの話なんだけどね!


 と、コクヅルは最後に優しく笑ってそう付け加えると


「聞きたいことはそれだけだよね? じゃ、ウチ少し予定があること忘れてたから! これで失礼しまーーす!元気でね!」


 そう言って、こちらの反応を聞かず視ず、駆け足で酒場から去っていった。


「……はぁ」


 一人残された酒場で、大きく息を吐き、そして。


「帰るか……」


 一人、どうしてか重い足取りの中、帰路につくことにしたのだった。











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