9話 問題は山積みで、溢れるほどに

 兵舎に戻った自分を出迎えたのは、ベットの上で寝転んでいる黒魔術師だった。


「帰ったぞ」


「早かったね。収穫はあったかい?」


「右も左も分からない帝国で暗くなってからも人探しなんて勇気俺にはない。後、収穫も何一つ無かったよ」


「そうか。まあ、初日だ。帝国全土ならまだしも、今は狭い街一つ。遅くてもあと数日もすれば出会えるだろう」


 会話はそれっきりだった。黒魔術師は、現状が変わらないのであれば話す事はまだ無いと言わんばかりに、とてもわざとらしくいびきをかいて寝始めた。


「……はぁ。分かったよ。夜にまた探しに行くさ」


「是非そうしてくれ。勇者君がコクヅルと関係を作らないことには私もできることがないのでね」


 どうやら、進展がないことには休みさえとらせてくれないらしい。


(ご丁寧にベットの上でくつろぎやがって……)


 そんな愚痴を一つ、心の中でこぼしたところで、来た道を戻り再び兵舎の外へと足を運ぶ。

 兵舎から少し離れたところにある、森の木に背中を預け、座り込む。


「ふぅ……」


 短く息を吐いて、初めて、帝国の空を見上げる。

 空は暗くなりつつあった。見慣れた空なのに、どうしてか新鮮に感じる。


「疲れたな……」


 身体的にも精神的にも限界はとっくに超えている。

 それなのに、どうしてか、人間のようにいまだ振る舞えている。

 人は簡単には死なないなんて言葉を故郷で誰かが言っていたが、正しくそれを実感している。


 あれだけの戦で生き残ってしまい、更にはその後も、

 辛いなどと言いつつも必死に生きる方へと頑張ってしまっている。


「簡単には死なない……か。いいや、人は簡単に死ぬよ」


 それは、あの戦場で嫌っていうほど叩きつけられた真実だ。

 弱くて、脆くて。しぶとくて、しつこくて。でも結局は簡単に失われてしまうもので。


 命の扱い方というのは本当に厄介な問題だ。その答えには時間が必要だとゆうのに、時間が経てば経つほどその選択肢が狭まっていくという酷いモノ。


「簡単には死なないらしい命をどう扱うか……」


 今、自分は分岐点にいるのだろう。オリキニアで何をするのか。


『偽りの大罪人』のその後の話。


「……」


 いつの間にか空はもう暗く、それでも考える事はやめられず、ただひたすらに色々な先を考え―――


「考え事してるときに悪いんだけどねお兄さん」


 後方から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。それも最近、いやついさっき聞いた声だ。


「コクヅルさ……」


 何故ここに? と続くはずだった口は、振り返った瞬間に喉に突きつけられた短刀によって閉ざされる。


「驚いたよ。ここらを占領している魔王軍の頭、その居場所をようやく突き止めたと思ってやってきてみたら、お兄さんが居たんだもん」


「は? 何言って……」


 喉に少しの痛みがはしる。どうやらそれが、黙れという言葉の変わりらしい。


「でも、お兄さんからは邪悪な気配は感じないね。見張り……いや……ううん、この際、どっちでもいっか」


 コクヅルは、そうして何やら、一人で幾つかの自問自答を繰り返した後


「初めに言っておくけど、隠そうとしたら痛い目にあうからね」


 昼間の彼女とは別人なのではないかと思ってしまうほど、今話している彼女の表情からは感情というものが感じられなかった。


 そして―――


「吐け。この国を壊した黒魔術は一体どこにいる?」


 確かに、そう言ったのだった。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る