10話 対話と沈黙と朝

 一瞬。それは一瞬の出来事だった。


「聞くことが残ってる間は、生かしといてあげるね」


 その言葉を最後に、あの森での記憶は途絶えている。


「ふむ……正しくこれは、絶対絶命ってというものではないだろうか」


 辺りは暗い。けれど、森のどこかではあるのだろう。

 高所からの眺めというのと、月明かりのおかげで、自分がいる場所ぐらいは把握ができた。


「それにしても、場所の選択が可笑しくないだろうか……」


 辺りを見渡し、一人そう呟く。

 自分は今、一際大きな木の、頑丈そうな枝に、例の紫光の鎖でぶら下げられている感じだ。

 傍から見れば繭のようにも視えるだろうし、それこそ蜘蛛に喰われる前の芋虫にも視えるような珍しい状況下にある。


 つまり何が言いたいかと言うと、ピンチなのだ。それも特大の。


「何より俺は高所恐怖症なんだ……もう少し下の方で縛りなおしてくれないだろうか」


「……ウケる。それウチに言ってる?」


 そこでようやく、相手からの返事があった。返事の声は記憶の時と同じく後ろからだ。

 彼女がそういう風に縛ったのか、そういう場所を選んで立っているのかは不明だが、首の自由はあれど、彼女の姿を視ることはできない。


「まさか俺の事を後ろからずっと、この状況で独り言してる奴だと思って見守ってたのか? だとしたら心外だ。まだそこまで可笑しくはなっていない」


「そこまでは言ってないんだけど……お兄さん悲観的過ぎない?」


「悲観的なんじゃなく、悲観してるんだ。不幸は連鎖するなんて言葉があるが、流石に連鎖しすぎじゃないか?しかも、割とでかい不運を連続で経験してる気がするんだが……この事についてどう思う?」


「お兄さんのこと全く知らないんだし、そんな事聞かれても知らないわよ。……というか、随分と余裕なんだねお兄さん。そんなに喋る余裕があるなら、ウチの聞きたいことにも答えてくれるわよね?」


 どうやら、必殺の話逸らしは通用しなかったみたいだ。


「一応聞いておくんだけど、答えないって言ったらどうされるつもりで?」


「その鎖ね、伸縮自在なの。地面スレスレまで急降下なんてこともできるわけだけど、質問の前に経験しとく?」


「よし、本題に入ろう。何から聞きたい?なんでも答えようじゃないか」


「ウケる。お兄さん、少し心配になるぐらいプライドが無いんだね」


「馬鹿言え。みっともないだけでプライドはあるさ」


 恐らくコクヅルは理解していない。高所恐怖症の人間にとって、今のは脅迫ではなく死刑宣告に等しいことを。


「そんな姿で言われたら説得力があるわね」


「そうだな。自分でも言ってて思ったよ。俺、そういえばこんな状態だった」


「ウケる。ま、軽口はこんなもんでいいでしょ? で? あそこに黒魔術師が居ることはもう分かってるの。問題は、お兄さんが一体どういう風に関わってるか。話してくれる?」


「あの黒魔術師とはあの戦場で出会って、行く宛てが無くなったところを拾ってもらった。この帝国に用があったわけじゃない。兵舎に居たのも、あそこを貸してもらっていたからだ」


 答えに対し、後ろに居る彼女からの返答は無い。

 どういう顔をしているのか、何を考えているのかが分からないのが余計な不安を煽ってくる。


「……あのー、コクヅルさん? ちなみに言っておくと、ついさっきのも独り言ではないですよ?」


「黙ってて。考え事してるの」


「いや、もうかれこれだいぶ待ってる気がするんですが……」


「暇なら急降下で遊んどく?」


 会話はそれで終わった。というより、俺が黙って終わった。


「……」


 それから、どれ程の時間が経っただろう。変わらない月明かりと風景のせいで、時間の感覚が分からない。


(なんだか心が温まってきた気がする……)


 沈黙が不安を煽る中、段々とこの芋虫状態に安心を覚えるようになってきた。

 耐え難い不安の中、静かに遅く、確かに時間が経過していって


「信じられん」


 そうして、遂に朝が来てしまったのだった。









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