11話 過小評価

 生きてきた中で最も惨めな夜明けがやってきた。


「まさか……芋虫状態で森と朝日を眺められる日がやってくるとはな。惨めさと感動のダブルパンチで、俺の涙腺はもうノックアウト寸前だ」


 ずっと後ろにあるコクヅルの気配、それに語りかけるように話す。


「あーあーあー、誰かーー助けてくれないかなーー」


 一際大きな木の上で、特に叫ぶことなく、ただ後ろにいる人物が反応するように少しだけ大きな声で独り言を続ける。


「あ、そういえば黙れとか言われてたっけか。嫌、でもあれは昨日の話だった。そうだったよな?」


 反応が無いことをいい事に、とりあえずできるだけ喋ってみるが、やはり反応は無い。

 最早後ろにある気配は自分の勘違いで、本当はもう誰も居ないのではないかと本気で思えてきてしまう。


「……はぁ」


 災難が、続く。まだ回復していない心の内に、どんどんと悪いものが溜まっていく。

 それは思い出したくもない罪だったり、想像したくもない未来だったり、とにかく悪いもの。

 その一つ一つが、心臓を弱らせるかのように、重く心に浸透していく。


「はぁぁぁ……」


 長く、長く、心に溜まったものを吐き出すかのように息を吐く。


「お疲れだねお兄さん」


 そこでようやく、後ろから声がかかる。


「考え事は終わったか? 早く何か言ってくれ。気が狂いそうだ」


「たった一晩で大袈裟だなぁお兄さんは。でも良かったね。終わったよ考え事」


「それで? 俺は? どういう評価になったんだ?」


「白だね。一晩待ってみたけど、あの黒魔術師はお兄さんを助けに来なかった。それどころか、この森に近づいた気配さえなかったよ。となれば、考えられるのは、本当にそれだけの付き合いだったか見捨てられたかしかないもんね。この二択になった時点で、ウチのお兄さんへの興味は無くなったよ」


 散々な言い様だが、ひとまずは安心できる結果だった。


「……あっ、そういえば」


 と、そこでコクヅルが何かを思い出しかのように呟くと


「お兄さんはあの戦場に居て黒魔術師にここオリキニアに案内してもらったんだよね? どこの国の人なの?」


 当たり前といえば当たり前の疑問。でも、自分にとっては少し心がざわつく質問だった。


「……ラムル王国」


 少しの間を開けたあと、正直に答える。


「うっそ、じゃあ本軍にいたんだ! ねえ、勇者君ってどんな感じだった? ウチ、遠くだったからよく視えなかったんだよねー」


「……コクヅルさんもあの戦場に居たなら知ってるだろ? 大した事ない奴だったよ。凄かったのは初めだけで、あの輝きは偽物だった」


「お兄さん辛辣ゥ、でも、ま、確かに拍子抜け感はあるよね。今、どこにいるんだろう」


「昨日も言っていたな。どうしてそこまであいつの居場所が気になるんだ? 今の勇者に会ったところで、なんの価値もないやつだぞ?」


「あるよ! 世界で一番あるよ! お兄さん、本気で言ってるの?!」


 コクヅルは、本気で驚いた声で否定してきた。


「そっちこそ本気か? 負けてしっぽ巻いて逃げたやつだぞ? どこに価値があるって言うんだ?」


「……あれ? お兄さんまだ知らないの?」


 彼女の勇者に対する過大評価を正そうと、言い返そうとしたところ、彼女は、枝に吊るされている俺の前へとそう言って飛んでくると、空中に着地し


「これ。あの戦いの後、世界に報じられたやつ」


 コクヅルは、何やら大きめの紙を服のポケットから取り出すと、動けない俺の眼前へと突き出してくる。


「なんだこれ……」


 紙には大きめの文字と、絵が一つ。故郷の村では新聞と呼ばれていたやつに酷似したそれには、目を疑う内容が描かれていた。


『勇者が率いる連合国軍、魔王軍に対し優勢か』


 そんな文字と、聖剣を握って全身を鎧で武装した見知らぬ男が、紙には載っていた。


「ウケるよね。ウチ達、外の世界ではまだ戦っていることになっているらしいよ?」


「どうなっている……?」


 理解が、できなかった。これは嘘だ。それも、酷く出来の悪い嘘だ。こんなすぐ嘘だとバレるような―――


「いや、違う。何故……どうしてこれを信じてるんだ?」


 この連合国の有り様を視れば、敗北したことは一目瞭然のはずだ。


「簡単な話だよ。ねじ曲げられているんだ。外では、内の事がね」


「……は?」


 何一つ、紙に書いてあることも、コクヅルの言っていることも、理解ができない。

 ねじ曲げる。そんな事をして一体なんの意味があるというのか。


「いやそれよりも……コクヅルさん今、内の事って言わなかったか?」


 引っ掛かりは他にもあった。それはコクヅルがたった今言った、外では、内の事。という部分だった。


「結界だよ。連合国、つまり、あの場に集まった国の外側には、今大きな結界があってね。内からは誰も出られないのさ」


「は?けっ……結界……?」


 コクヅルは突然、突拍子もない話を始める。


「そう。結界。お兄さんはさ、疑問に感じなかったのかい?集まった国々がなぜ、全て為す術なく壊滅状態に陥ったのか」


「まさか……」


 嫌な予感が、する。


「逃げたくても逃げられず、助けを呼びたくても助けは来ず。だから、壊滅したんだよ」


 コクヅルは、残酷な真実を言い放った。


「閉じ込め……られていた……? どうして、一体誰がそんな事を……」


 薄々勘づいている。でもそれは、決して気づいてはいけないことで


「それも簡単な話だよ。敗色濃厚な連合国軍に集まった魔王軍。となれば、見守っていた国々がやる事は一つだ。勇者が居るってんでかなりの数の魔王軍もいたことだし、実に合理的な判断を下した。これ以上被害が拡大しないよう閉じ込めるという最善最悪のね」


 コクヅルは、続ける。


「そして、良いところは残した。みんなの希望の星、勇者はまだ戦っていて魔王軍を追い詰めている。凄いよね勇者って。それだけのただの情報だけで、世界中の人に元気を与えるんだから。魔王軍を閉じ込めることが出来、世界は元気になる。正に良い結末だよね、外からすれば」


 かつて黒魔術師は言った。勇者にはまだできることがあると。恐らく、これもそのうちの一つなのだろう。

 存在するだけで、ただそうあるだけで、色んな意味を持つのが勇者なのだ。


 そしてコクヅルが評価していたのは俺ではなく、勇者という存在だったのだ。

 コクヅルの評価は正しい。今の話を聞いて、世界一という評価は過大でもなんでもないということが分かった。


 存在するだけで、言葉通り世界中の人間に希望を持たせるなんて、勇者は本当に凄いやつだ。


「……はっ。なんだそれ……」


 なんの価値もないやつなんてとんでもない。過小評価にも程がある。


「どちらかと言うと、俺じゃないか? それ」


 溜まっていく。心の中で。考えたくないことばかりが……

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