7話 勇者のちょっとした記憶と嘘について

 その昔、まだ子供だった頃の話だ。


「■■■■。嘘を話すことが、どうして駄目か分かるかい?」


 自分が住んでいた村の村長に、不意にそんなことを問われたことがあった。

 山で友人と遊んで、その帰りに、たまたますれ違った時に何の突拍子もなく突然にだ。


「そりゃあ、話された方が不快に思うからじゃないのか?」


 俺はそう答えた。子供だったとはいえ、嘘をつかれた事は何度かある。

 この世に嘘をつかない人間はいない。親、友人、親戚、恩人、関係性は関係なく、嘘は自然と出るものだ。


 関係が親密なほど不快感は増すが、それは関係を維持する為に必要な事だと、子供ながらに考えていた。

 そんな自分の答えを聞いた後、村長は静かに目を閉じ、一度だけ頷くと


「確かに、嘘をつかれた時の不快感を想像できるのであれば、それが駄目なことだということは分かるだろう。じゃが、それはあくまで個人の気持ちの問題であって、問題はそこでは無い」


「……んん? 村長が何を言いたいのか、俺には分かんねえよ」


 その後の村長の言葉は、今でもよく覚えている。


「覚えておけ■■■■。誰かに嘘をつくという事は、その者の心の内に、もう一人の自分を作ってしまうということだ」


「もう一人の……自分?」


「長い付き合いであれば、壁を作る理由になる。心の壁じゃ。短い付き合いであれば、抵抗を生み出す理由となる」


「それって同じじゃないのか?」


 壁も抵抗も、拒絶するといった意味では同じようなことではないかと、俺は村長に言った。

 村長は今度は首を横に振り、こう言った。付き合いが悪くなるといった結論だけは同じだが、その先が全く違うと。


「抵抗は、時間があれば失われていくものじゃ。じゃがな、一度出来た心の壁は、現実にあるものと違い、壊すことができないんじゃよ。気にしないようにしていても、心の中に残り続ける」


「いやいや、流石にそれはそいつが根に持ちすぎてるだけじゃないの? それに、嘘なんかすぐに忘れるもんだろ?」


 心の中に残り続けるというのは、あまりに極端な表現ではないだろうかと、子供ながらにして生意気な反論が口から出た。


「■■■■。これだけ覚えておきなさい。嘘とは変化を齎すもの。ただし、変化するのは己ではなく嘘を向けられた他者であること。正しい自分ではない人物像が、他者の心の中で拡大していき、視る眼が変わる。視る眼が変われば印象が変わり、また間違った方向へと変化していく」


 ここで、当時の俺は話についていけなくなったのを覚えている。頷いてはいたが、理解はしていなかった。

 ただ、自分でも不思議に思うくらい鮮明に心に残っているだけ。


「そうして偽りの自分が他者の心の内で出来上がってしまう。そうなったら手遅れだ。その先、どれだけ時間をかけても、どれだけ誠実に接しても、元の正しい自分の人物像は決して戻ってこない。それは、とても恐ろしい事だということだけでも識っておきなさい」


 村長の突拍子もない話はそこで終わった。

 どうしてそんな昔の事を今になって思い出すのか。


 考えるまでもなく、自分がどうしようもない馬鹿だからだろう。

 束の間、ほんの数秒にも満たない記憶巡りの中で出た答え。


 嘘が己の人物像を歪ませるなら、嘘に嘘を重ね、理想の自分に誘導すればいい。


(さて、コクヅルの中で、今の俺はどんな人間だと認識されているかな……)


 そうして嘘吐きは、考えた。より良い自分を。

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