6話 上手い嘘、下手な嘘

 かつては栄えていたであろう、潰れた帝国の街を歩く。


「大変申し訳ないが、コクヅル探しは勇者君一人でやってもらうことになる 。私が居ては逆効果だろうからね」


 と、 黒魔術師に全面丸投げされた事から始まった帝国巡りは、色んな意味で気分は最悪な状態から始まっていた。


「俺は何でも屋じゃないってのに」


 救世主の真似事をやれるのは自分だけ、というのには納得だが、人探しに関しては、完全に自分でするのが面倒臭いだけだろう。

 幸い、一瞬だが一度来ているのもあって、道に迷ったりこの街の荒れ具合に驚いたりといったことはないが


「せめて、街の前までの案内とかはあってもいいじゃないのかねえ」


 言い始めたらキリがないくらい、まるで十年来の友人のように振る舞ってくる黒魔術師には、出会って間もないが既に心底うんざりしてきている。


「ああ、初めに言っておくが、目撃情報があるだけでそれ以外の情報は無い。現地調査も兼ねてよろしく頼むよ」


「つまり……全部自分でしろってことじゃねーか。お前自分でするのが面倒臭いだけだろ?」


「いやー、羨ましいね。救世主への一歩目は選ばれた人間にしか許されないことだ。変わってあげたいがこればかりは……」


「あー、もういい。俺が悪かった。行けばいいんだろ行けば」


 少し前の、一人で行くことになったきっかけである会話を思い出す。


「ああ、最後に」


「なんだよ。嫌味ならもう聞かないぞ、うんざりだ」


「違う違う。ついでに、街のみんなに私の評価も聞いといてくれないだろうか? 少し気になってたんだ」


「それは自分でやれ! 本気で言ってるなら絶交だかんな」


 黒魔術師との会話は嫌いじゃない。

 人使いの荒いところは直してほしいが、自分に対しての言動は結構気が楽だったりするからだ。

 何故か、あの男が俺を正しく屑と認識しているからだろう。話していて思ったことだが、アレは俺を好んでいない。


 態度にこそでていないが、視線と言葉に宿った僅かな感情には、軽蔑に似た感情が込められていた。

 憐れんだり、優しくされたりなど、今の自分にとってはそっちの方が毒だ。


「ほんの数日前までは勇者人気に酔ってたくせに、今じゃ悪評の方が心地好いとはね」


 己の人生の急降下ぶりに改めて絶望する。

 帝国巡りのお供が、そんな愚痴と自虐だけなのが残念だ。


「お兄さん、元気ないけど大丈夫そ?」


 と、そこで、不意に後ろからそんな声がかけられる。

 後ろに振り向くと、綺麗な青髪の長髪を後ろに綺麗に一つに纏め、執事服で身を包んだ、端正な顔立ちをした女性が、こちらの顔を下から覗き込むようにして立っていた。


 とても失礼な印象となってしまうが、壊れた街では目立ちすぎる見た目と輝きだった。

 いや、相応しくない、と言った方が適切かもしれない。


「うーーん、重病そ?やばやば?」


 でもどこか間の抜けた口調なのがとても残念である。

 これで厳格な性格なら、一部の層に絶大な人気がでそうなものだが


「いや、問題無い。心が病んでいる程度だ。心配をかけて申し訳ない」


「ウケる。それやばやばじゃん」


 女性はそう言って微笑むと、一気に距離を詰めてくる。少し離れた位置だったのが、手を伸ばすと触れられる距離にまで、一瞬の事だった。


「うん、やっぱり。お兄さん、勇者だったりしない? 見覚えがあるんだけど? 一緒に戦わなかった?」


「……人違いじゃないだろうか」


 咄嗟だったからなのか、何かの危険を本能が感じとったからなのか、女性の突然の問いにそう答えてしまう。


「言わなくても分かっていると思いますが、帝国の主力は、勇者君が偽物だと知っています。あの戦場に居たわけですからね。まぁ、顔まで知られているかは分かりませんが、中には悪く思っている方もいます。それをお忘れなきよう。」


 黒魔術師の言葉が脳内で思い返される。

 誰であるかは分からないが、ここは全てを素直に話すべきではないと考えた。


「それよりあの戦場に居たのか? 奇遇だな。俺もあそこで戦っていたんだよ」


 情報収集のつもりで、そんな戯言をほざいてみる。


「ありゃ? 人違いかぁ。なんか、どことなく遠目の雰囲気が似てるなぁと思ったんだけどなぁ」


 まさかこんなところでも演技の才能が役立つとは思わなかった。


(それっぽさを演じるのが得意って虚しいな……)


 上手く誤魔化せたと思うのと同時に、少し心が傷んだは我慢しよう。


「……俺が勇者なんてありえないよ。ところであんた、帝国の人間なのか?」


「ん? そだよ? あぁそういえば、自己紹介がまだだったね。ウチはコクヅル! 皆からはコッちゃんって呼ばれてまーーす! よろしくぅ!」


 顔の横で二つのピースと素敵な笑顔を作りながら、女性はそう名乗る。


(うわぁ……やっちゃった……やった。これ完全にやっちゃったやつだ。どうしよう。嘘しかついてないんだが俺)


 対する俺は一転し、ここからどうしたら自分の嘘を、相手に不快感を与えることなく訂正できるかを、必死に考える事態になってしまっていた。


(すまん黒魔術師……任務失敗したかも……)


 どうやら俺は、嘘が絶望的に下手らしい。




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