5話 策略渦巻く帝国
帝国には元々四つの勢力が存在したという。
「この帝国の民を味方につけるならまず、その勢力図を頭に叩き込む必要がある」
黒魔術師は帝国は姫の一枚岩では無いと語った。
「元々今の姫は飾りに過ぎないのだ。先代が死に、次代の王を決めるまでの期間、王座が空白ではいけないからね。とりあえず置いた。ただそれだけだ」
「待て。置いたって……一体誰が? 自分から名乗りでた訳じゃないだろう?」
黒魔術師はそうだと頷くと、四本の指を立て、そこで先程の四大勢力が関わってくると話した。
「ちゃんとした王家があったっていうのに、それと並ぶ勢力が四つもあったのか?」
にわかには信じがたい話だった。確かに国には色々な事情、思惑、勢力が存在する。
自分もまだ戦いに出る前夜、勇者として盛大に歓迎されていた時にラムル王国のそういった者達とも話した事がある。
だが、だとしても一つの国に頂点に並ぶ勢力が四つもあるというのは、国として不安定過ぎないだろうか。むしろ、何故普通に国として機能していたのか不思議なほどだ。
「ああ、王家に並ぶ勢力が四つもあったんだこの国には。とは言ってもそう不思議なことでもない。何故なら武力で並んでいたわけじゃないからだ」
「ということは、支持者が多かったとかそういうのか?」
黒魔術師はそうだと言って頷いた。
「王家ってのは支持者が少なかったのか?」
自分で言っておいて、恐れ知らずなことを言ってしまったと言った後に気がつく。でもまぁ所詮は他国。他人事だ。
「勇者君は思い切りがいいね本当に。行動力といい発言といい。まぁだからこそ選んだ訳だが」
黒魔術師は何故か笑ってそんなことを言って失礼を笑い飛ばすと、まあそこには本当に大いに期待していると、自ら逸らした話を終わらせると。
「さて、支持者が少ないのかという話だが、無論そういったわけでは決して無い。寧ろ五つの勢力で最もあったと言っていい」
「はぁ? 武力で勝っていて支持も勝ってるなら何故並ぶんだ? まさかとは思うけど、俺達は認めない! とかそういった話か?」
今の話を聞く限りでは、その四つの勢力とやらが王家の脅威になるとはとてもではないが考えられなかった。
「おお、勇者君は意外と物分りがいいのですね。正にその通りです。認めなかったのですよ。その四つの勢力の頂点達は」
そして、黒魔術師も否定はしなかった。ますます話が見えてこないと首を傾げそうになった矢先、黒魔術師はようやくこの話の、つまるところ、この国にあった問題を晒した。
「だから、独立したんですよ四つの勢力は。堂々と王家の言う事は聞かないと、我々は好きにやると宣言したのです」
黒魔術師は苦虫を噛み潰したような顔をすると続けてこの帝国が直面した最悪の問題について語った。
「もちろんそんな勝手は許しません。ですが、何もかもが遅すぎたんです。四つの勢力は、それぞれ勝手に他国と同盟を結んでいたのです」
「……は?」
理解するのに、一瞬の間が必要だった。
「待て、待て待て。」
王家に並ぶ勢力。その頂点ともなればそれなりに帝国で地位があったものだろう。だが、所詮はその程度だ。
「それが、他国と勝手に同盟を結んだ?」
馬鹿にも程がある。それはもう反逆なんて言葉でも生温く感じるような自国に対しての裏切り行為だ。
「ええ。本当にびっくりしましたよ。とはいえ直接介入してくるわけではありませんでしたが……それでも戦うなら戦うとそういった意思をはっきりと示してきたわけでしてね。しかも四つの勢力全てが、です」
なるほど。確かにそれならば王家に並ぶ勢力が四つもあるのに納得がいく。何せ言葉通り国を盾にしているのだから。
「まさにカオスだな……」
「ええ、本当に。私は適当な理由をつけて粛清してしまえと進言したのですがね。愚かな姫は驕っていたのでしょうねいつでも潰せると」
黒魔術師は当たり前のように恐ろしいことを口にする。
「一つなら何とかなったのですが、それが全てとなると話は変わってきます。正に睨み合い。結果あの馬鹿姫は、その四つの勢力をそれぞれ東西南北の果てへと追いやるという嫌がらせしかできなくなりました」
こいつ段々と本心を隠さなくなってきたなと思いつつも、帝国の内情に聞き耳を立てる。
「各勢力の後ろについた国を調べさせられ、それに近い果てに追いやる作業は本当に大変でした」
「しかもお前がやらされたのか……」
それは本当に大変そうだと、そんな他人事に少し可哀想な気持ちになる。だが、そこまで同情したところで、一つの疑問が思い浮かんだ。
「……ん? 待てよ? 遠くにやるんじゃなくて同盟を結んだ国の近くに追いやったのか?」
そんな事をしたらどうぞいつでも攻めてきてくださいと言っているようなものじゃないのかと、至極当然の疑問だ。
「言ったでしょう? あの愚かで馬鹿な姫は負けず嫌いなのです。知らない間に余裕だった相手に追い詰められているという現状を認めたくなかったのです」
黒魔術師は本当に苦労した日々を思い出すかのように、いや、どこか怒ってるとも感じとれるような顔をして
「私は遠くにやるべきだと進言しました。なのにあのクソ餓鬼ときたら『女王である妾にそんな余裕のない振る舞いをしろと? ふざけるな! 一つにまとめろ! 妾には絶対的な余裕があると皆に示すのじゃ!』なんてことを言いやがりましてね」
恨み此処に極まりと言わんばかりの発言だった。
とはいえ、今の話が事実なら、本当にこの黒魔術師は苦労人だなと同情するレベルで酷い話なのも事実で。
「大変だなお前も……」
自然とそんな労いの言葉が口からでていた。
「と、まぁ少し話が逸れましたが、帝国の内情はざっくり話すとこんな感じだったのです。王家と四大勢力が次代の王座を巡って睨み合いながらも、帝国を運営していたと思っていただければ」
理解はした。そして本当にうっすらとだが、この国が滅ぶ寸前になってしまった理由も同時に察せてしまった。
「つまり、あれか? そんな時に俺が現れたわけか?」
「……正しく」
黒魔術師は少しの沈黙の後それを肯定した。
単純な話だ。王家と四大勢力の睨み合い。つまりは、どの勢力にも決定打が無かったのだ。
王家は他国と関係を持った四大勢力との争いを避けるため、王座に本格的には座らず、四大勢力もまた、理由も無しに王家には喧嘩をうれなかった。
そんな時に、どの勢力とも関わりの無い国から勇者が現れた。そしてその勇者は魔王軍を打倒すると兵を集めた。
「四大勢力はこれを好機だと思ったのでしょう。仮に世界を救った勇者に手を貸し、親密な関係になったとなれば、民からの支持は爆発的に増え合法的に王座と政権を奪えるのではないかと」
「……当然だな。だからオリキニア帝国はあの場に集まってくれたのか」
今でも思う。あの日、ラマル王国に手を貸した国の数は異常だ。だが、オリキニア帝国の内情を知って納得がいった。
あの場にはそれぞれの思惑があったのだろう。今となってはその思惑とやらも一生の謎となってしまったが。
「……待て」
そこで、また一つ疑問が思い浮かんだ。
「つまり、あの日にいたオリキニア帝国の兵は四大勢力のものであって王家のものではないのか?」
「いいえ? そんな好き勝手を姫は許しません。故に、王家勢力から私が行ったわけです」
「私が? お前一人だったのか?」
「イカれてるでしょ? うちの姫は頭がおかしいのです。『一番活躍し勇者に媚びを売れ。そしてどさくさに紛れて四大勢力の主力を始末しろ』これが私に与えられた任務でした……無理難題にもほどがあるでしょう?」
なるほど。想像以上に自由奔放身勝手暴君らしい。
他国の姫様をあまり悪く言いたくないが、部下の扱いがあまりに雑過ぎないだろうか。
だが、この黒魔術師はそれができると信頼されているのだろうとも思う。一人で行かせても問題は無いだろうと。
そしてそれが事実であることをこの場が証明している。あの戦場を無傷で生き残った上に、俺を丁寧に持ち帰ったのがこの男だ。
四大勢力とやらが他国から支援を受けてなお、王家を攻撃しなかったのも恐らくは。
「無理難題……ね。いや……俺には関係の無いことだが、苦労人であることは分かったよ」
黒魔術師は、関係が無いだなんて薄情な! なんて事を言ってくるが本当に他人事なんだから仕方が無い。
「で? ここまで内情を俺に聞かせて、俺がこれから求められてることにどう影響してくるんだ?」
オリキニア帝国での偽勇者活動。この黒魔術師は俺にそれを求めている。
「今話した通り、オリキニア帝国は国も人も一枚岩ではありません。先程連れていった場所にいた死にかけ民達は皆オリキニアの戦力ですが、姫の味方では無いのです」
黒魔術師は話す。姫や私が呼びかけても戦ってはくれないと。信じられない話だが、攻めてきた魔族と交戦になってなお足を引っ張り合ったという。
その結果、黒魔術師が戻ってきた頃には国は滅びかけており、姫は瀕死というあまりに馬鹿らしい結末を迎えたと。
「今のオリキニアには絶対的な力を持った第三者が必要なのです。この惨状を打開する力と希望を与えられる存在。今だけは手を取り合おうと団結させられる絶対的なリーダー。正しく、貴方にしかできないことです」
黒魔術師は、偽物と知っていてなお信頼のような眼差しを向けてくる。思わず目を背けたくなるような真剣な瞳だ。
「勇者のように振る舞えって……そういう意味ね。確かに、それなら俺にしかできないわな。聖剣も持ってるし」
何より、演じるだけなら自信しかない。何故なら昨日の事のように思い出せるからだ。決戦前夜のことを。
勇者を騙り、勇者のように振る舞い、そして盛大に最大に犠牲をだして嘘がバレた偽物。
「いや、演じる必要もないか。そのまんまだもんな」
思わず、そんな自虐を言ってしまう。本当にとことん自分の事を嫌いになってしまったようだ。最早、もう何も自分に対して期待していない。いや、できるものがない。
「事情は分かった。俺に出来ることなら、なんでもなろう。あの街に行って勇者のように振る舞えばいいんだな?」
故に断る理由も無い。今更騙す相手が増えたところでなんとも思いはしない。
「……そう、ですか。ありがとうございます」
黒魔術師はそこで初めて申し訳なさそうな顔をした。そんな顔もできるんだな。なんてことは思うだけにしておく。
そしてそんな逆に申し訳ない感想を抱いていると、黒魔術師は一つ指を立て、話の続きを話し始めた。
「では早速といきたいところですが、流石に一人ずつというのは時間がいくらあっても足りません。私に一つ、当てがあります」
「……当て? それは?」
「四大勢力の一つ、姫に東へと追いやられた、東の勢力の頂点だった者の目撃情報が、あの街で噂になっています。真偽を確かめ、仮にもしまだ生きているのなら、味方につけることができれば兵を集めるのに大きな力となりましょう」
「なぬ?!」
それは不幸中の幸いと言っていい情報だった。四大勢力、それも頂点だったとなれば影響力は凄まじいものだろう。
それこそ、その人が一声かければ何十人、いや何百人と一気に戦力が増えてもおかしくない。
「その者の名前はコクヅル。元々は帝国の暗殺部隊の隊長をやっていた者です。あぁ、暗殺部隊というのは主に殺しを仕事としている部隊ですね。コクヅルはその見た目の麗しさから、逆に殺しに来て欲しいと言われるぐらい人気な方で……」
それは暗殺部隊の隊長としてどうなんだとツッコミをいれたくなるが、あえてツッコまないでおこう。
「『女王に少し興味がある』そう言って堂々と辞めていった方なのですが、ファンが全員ついて行ってしまいましてね。四大勢力になってしまったちょっと変わったお方なのですが……」
「流石におかしいだろそれ!!」
一体どんな奴なんだと気になって仕方がない。というより、ツッコんでしまった。
「というか……暗殺部隊の隊長って言わなかったか? 仮に生きてたとして、話は通じるのか?」
「話ができる口はついていると聞いています」
「なるほど、聞いた俺が馬鹿だった」
「たとえ危険があろうと、コクヅルを味方に出来れば状況は一気に変わります。私も協力しますので、なんとかしましょう」
そうは言っても前途多難なのは疑いようもなく。正しく前途多難といった感じで、目先の目標が決定してしまったのだった。
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