4話 そんな馬鹿な
兵舎へと戻った自分に、黒魔術師は驚くべきことを口にした。
「まぁ簡単に言ってしまうと、オリキニア帝国は滅んでるって話だ」
「……はぁ?! いや、えっ? でもさっき姫が……」
「いや、だから全てを言わないと分からないか? 私達もあの戦いで兵を失い、追撃されていたのだ。んで、私が戻ったら帝国は壊滅。姫は瀕死。国土のほとんどを魔族に占領されているときた。そして勇者君も偽物。何とか姫を助け互いの情報を交換したが、姫は君を哀れんで助けてあげろと言った。そして今に至るというわけだ、最悪だよ本当に」
「なんか……ごめん。でも、ありがとう」
改めて、自分に振り回された人達の数の多さを伝えられ、考えさせられる事実に気分が悪くなる。
「全くだ。あの戦いのせいで、オリキニアの者が住んでるのは今さっき行ったあそこのみだ。姫様の巨人がまだ起動しているため安全だが、それも長くは続かない」
「ま、待ってくれ! ってことはさっきの場所にいた人達は……」
「滅び寸前のオリキニア帝国最後の住人ということになるな」
「そんな……」
淡々と、自分達は近いうちに滅びると語る黒魔術師。だが、それを招いたのは自分だ。多くの国が滅んだか、滅びの危機に瀕している。
「だが、オリキニアの姫様はとにかく負けず嫌いでね。本当なら死んでいる傷だというのに、やられたままじゃ死ねないという気持ちだけで生き残ってる」
そう思い詰めていると、黒魔術師は急にそんなことを話し始めた。
「そして私は姫に無理難題を命じられた。どんな手を使ってでも、この地を支配している魔族を叩き追い出せと」
そこまで言って、まるでここからが本題だ言わんばかりの、とても悪い予感をさせる笑みを浮かべながらこちらを向くと
「全く無理な話だ。いくら有能な私でも無理だ。何より兵が足りない。先程の街をみて勇者君も分かったと思うが、皆、絶望し諦めてしまっている。だが、やり返すには彼等の力が必要だ。やり返すにしてもまず、彼らを奮い立たせなければいけない。だが、それは本当に難しい事だ。それこそ、もう一度戦うことには意味があって、勝てる確証でも持てない限り、彼らは戦えないだろう」
「……おい、まさか……」
黒魔術師の言いたい事、それが嫌っというほど分かってしまった。忘れたくても、忘れられない愚かで恥ずかしい記憶が蘇る。
「あぁ、察してくれたようで助かる。ここに、それが可能な人間が一人いる。そう、聖剣を握った勇者、君だよ」
「ま、待て待て待て! 俺にそんな力は無い! 俺は偽物だって、あんたも知ってるだろ?!」
「勘違いするな。私は勇者君に戦えと言ってるわけじゃないし期待もしていない。ただ、もう一度あたかも本物の勇者のように振舞えと言ってるだけだ。幸い、君を偽物だと知っているあの戦場の生き残りは居ない。そして、ラムル王国と違い、あの街に居る者は皆勇者君とは初対面だ。つまり、可能だ」
「……待てよ、一回待て。それはなんだ? つまり、もう一度馬鹿みたいに俺は勇者だって、演じろって言ってるのか?」
その結果が、何を招いたのかはこの黒魔術師も知っているはずだ。それがどれほど罪深いことかも。
「そうだ。まさか、何の見返りも求めず君を助けたとでも思っていたのか? もう一度その聖剣の輝きと嘘で、あの街に居る者達を勘違いさせろ。偽りの勇者を演じ、オリキニア帝国の残兵を奮い立たせるのが君の仕事だ。そこからは、私が何とかする」
「……姫さんが言ってたな。話していたとおりってのは……そういうことだったのか? 初めから、俺を利用するつもりで……?」
「そうだ。酷いと思うか? だが、これは君にとって償いの機会でもあるということを、理解しているか?」
「……どういう意味だ?」
「何も救えなかった偽りの勇者。それが君だ。だが、取り戻せるものが、まだここオリキニアには残っている。君が上手くやれば、少なくともこの国と残った者たちは救われる」
その黒魔術師の言葉は、恐ろしい程に自分の心を迷わせた。己の言動が招いた背負いきれないほどの罪と後悔。
「君はまだ、誰かを救える」
そんな黒魔術師の言葉を聞いて、ホッとして希望を持ってしまった自分の心に腹が立つ。
「……詳しい話を、聞かせてくれ」
やり直す事はできない。償いにもならない。ただ、そうすることで、何かが変わるのなら、嫌、変わってくれと願うように救った先の未来を信じて、俺は再び罪の道を進む覚悟をした。
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