2話 帝国の現在
オリキニア帝国。自身の生まれであるラムル王国から南へ、大森林を抜けた先にある怪しい噂が絶えない危険な国である。
大森林をぬけた先に、黒衣を纏った巨人の門番が五人もいるだとか、その門には、過去帝国に忍び込んだ盗賊の干からびた身体が飾られているだとか、とにかく、いい噂を聞いたことがない恐ろしい国なのである。
ではなぜ、そんな危険な国と分かっていながら、連合軍に加わることができたのか。理由は単純明快である。
「オリキニア? いいよいいよ! 呼んじゃって! 俺の聖剣があれば何でも解決できるって!」
どこかの馬鹿が、戦闘前夜にそんな事を調子に乗って言ったそうで、手伝うと言ってきた国を、全て善し悪し関係無く味方として引き入れたからである。
(あの時の俺の馬鹿……どうしてあんなに思い上がっちまってたんだろ……)
今、こうしてオリキニア帝国の黒魔術師に誘拐され、少し冷静になったところで、どんどんと押し寄せてくる過去の己の恥ずかしい言動の記憶の数々。
「勇者君の思い上がりは仕方の無いことだ。何せ聖剣に選ばれたのだから。その万能感は凄まじかっただろう。あれで大人しくしていろは無理がありますよ」
そんなことを言って、こちらを紫光に光る鎖で身体を縛り、まるでペットの散歩をするかのように引き摺りながら森を歩く黒魔術師。
「勝手に心を読むなっての……」
「はっはっは、人心支配……いや、失礼。読心なんてものは黒魔術の基礎でして。幼い頃より癖づけられてしまってるのです。お気を悪くされたのであれば謝ります。辞める気はありませんが」
「なら謝んなよ……意味ねえだろそれ」
「いやいや、勘違いされたままは嫌ですから。悪くは思っている。という意思は伝えておきたかったのです。まぁ、これは私の気分の問題ですが」
男はこちらに振り返ることも無く、淡々と歩きながらこちらの心に答えてくる。
姫の元へ向かうと言われ直ぐに拘束され、引き摺られること二時間。ずっとこんな調子だ。
「ふざけんな! 俺は先に確認しなきゃいけないことがあるんだ! 行けるか!」
「確認? 勇者君のラムル王国なら寝てる間に滅んでますが、今更何を確認するというのです?」
目覚めてそう言って暴れる俺を、その一言で黙らせたのはこいつだ。
この黒魔術師が言うには、俺を助けた後、戦況がどう転ぶかをみてから撤退したそうなのだが、ラムル王国含め、集まった連合軍は呆気なく敗走。
魔族の総戦力はこれを好機とみて追撃。集まった国々は本土に攻撃され壊滅。その中でも、特に酷い仕打ちを受けたのがラムル王国だという。
「もはや国と呼べるものは何一つ残っていないが、それでも戻るのかな勇者君」
俺は信じられない、嘘だと思いつつも、何も返さなかった。そうして俺は今に至る。
「……着きましたよ」
そんな過去のやり取りを思い返していると、不意に前からそんな声が聞こえる。身体は自由を奪われているため、顔だけを振り向かせる。
「あぁ、本当にやばい人生に堕ちていってる気がするよ……」
二十メートルはありそうな門に、その前に堂々とした姿で立っている、全身を黒衣で隠している巨人が五体。それぞれが片手に槍を握っており、巨大な門を、より迫力のあるものへと変えている。
「それは正しい。さて、覚悟したまえ。偽勇者君。あの門は地獄の入り口だ。勇者君、君のこれより未来に、明るい未来はもう無いと思いたまえ」
男はそこでようやくこちらへ振り返り、そんな最悪の現実を嫌な笑顔で心底楽しそうに、宣言してきたのだった。
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