1話 オリキニア帝国と勇者
中性的な顔つきだった。長身の身体もやや細身で、一見して区別するのは難しい。
だが、その鋭い視線と悪童のような挑発的な笑みが、かろうじで男だと認識させている。
「誰だ……あんた……」
声の主にそう問う。それは警戒からか、敵意が込められた声だったと思う。
だが、男はそんな自分の警戒なんてどうでもいいと吐き捨てるかのように、あるいは心底呆れたからなのか、大きく息を吐くと
「誰だ……とは随分酷い挨拶じゃないか? 一緒に戦った仲だというのに。あぁ、嫌、あれを戦ったと表現するのは戦士に対して失礼か」
穏やかな声で、それでいて無様な誰かを思い出すかのように笑って、男は答えた。
「まぁいい。誰だ……と言ったな勇者君。それにまず答えるとしよう。私の名はヘルベニア。まぁ、馬鹿な儲け話に踊らされた国の戦力だった男とでも紹介しておこうか」
男はなにかに失望したかのような瞳で、とても深い息を吐き、こちらを睨んでくる。
「ってことは……あんたもあの場にいたのか?!」
「ああ、本当に最悪だったな。陛下が、勇者がなんだの手柄を横取りしろだので煩いので、やってきてみれば、そこにあったのは総崩れの勇者軍に総力を挙げた魔王軍ときた」
あの場には自国の軍以外にも集結したと聞いていたが、どうやら男はその内の一つだったらしい。
「……すまない」
「ん? あぁ、別に責める意味で話したわけじゃないぞ。むしろ感謝しているぐらいだ」
「感謝……? どういう意味だ?」
「そのまんまの意味だよ。あの場に集った五ヵ国のほとんどは、世界を救ったという名誉のいいとこ取りを狙ってたのだろうが、私達オリキニア帝国は違った。私達の目的は勇者君、君の持っている聖剣だ」
男は、ベットの上にいる自分の隣に置いてある、聖剣を指さしてそう答える。
「だが……困ったことに、その聖剣は持ち主意外にはとことん厳しくてね。持ち主意外が触れると大怪我をするんだ。だが、手に入ればその力は絶大。だから隙を見て勇者ごと連れ帰れなんて無理難題な命令されていてね。けど、絶好の機会がおとずれてね」
そこで男は、幸運だったと笑みを浮かべると
「勇者軍の壊滅。まさか、だったね。勝ち戦だったはずの戦いで、見ていて恥ずかしくなるほどの大敗。けど、お陰で邪魔な他の四ヵ国の兵は蹂躙され、私は動きやすくなった。何せ他はいなくなり、勇者君も心が折れた状態ときた。だから、無理難題である聖剣持ちの生け捕りなんていう無茶な陛下の願いも、叶えれてあげられた」
「……待て、今なんて言った? 生け捕り……とか言わなかったか?」
「ああ、言ったぞ? ここはオリキニア帝国の中央にある兵舎の一室だ。本来なら地下牢にぶち込んでおくのが正解なんだが……感謝しろよ?」
「……は? ここが、オリキニアだって?」
それは、あまりに唐突すぎる話の流れだった。
「そうだ。ま、詳しい話は、陛下にあってからでのほうが分かりやすいはずなのでな。というわけで、とりあえず陛下が待ってる。行くぞ、ついてきなさい。安心しろ。普通にしていれば喰われやしない」
一難去ってまた一難とは、こういうことを言うのだろう。
(なんなんだよ……くそっ!)
何もかも上手くいかず、心の中で悪態をつく。
「さぁ、いつまで寝ている。向かうぞ。我が帝国の姫君のところへ」
地獄は、始まったばかりだったのだと、思い知ることになる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます