勇者と黒魔術師

カワキ

偽りの始まり

序章 『偽りの大罪人』

 昔、ある事をきっかけにとんでもない勘違いをした馬鹿がいた。

 だが、その勘違いは、成し遂げたことを思えば必然だった。その馬鹿は、とある偉業を成し遂げたのだ。


「マジか……いけちまった……」

 

 その馬鹿は、ある王国に訪れた際、街中にあった聖剣を、あろう事か齢二十という若さで、引き抜くことに成功した。


「おい! ついに! ついに現れたぞ !」

「おお! 貴方様が! 世界が求めていた勇者様なのですね! 」

「凄い! 凄いわ! これで世界に光が! 」


 青年は、せっかく王国に来た思い出にと、軽い気持ちで剣に触れた。

 聖剣が抜けたことに誰よりも驚いたのは誰であろうこの自分である。


(うっそぉ……抜けちゃったよ……今から戻しても大丈夫かな?)


 街の反応が想像以上に大きく、正直怖かった。


「君には期待しているよ」


 そこからの流れは逆らうよりも早く、どんどんと事が進んでいった。

 近くにいた王国兵からの報告を受けた国王が、直々にその場に現れ、大衆の面前で青年に対しそう口にしたのがきっかけだ。


「ささ、飲んでください!」

「ささ!食べてくださいな!」


 王城へと招待され、今までで最も幸せな空間を味わった。


(勇者なんかじゃないけど……)


 そんなことを言う気にはなれなかった。だって、これほど人におもてなしをされたのは初めてだったからだ。

 悪い気になんかなる筈もなく、むしろ気持ちが良く、もしかしたら自分は凄いやつなんじゃないかって。


「魔王軍なんか俺に任せっなさっいーー! この聖剣があればちょちょいのちょいよ!」


 酔ってるわけでもないのに、そんな調子のいい事ばっかりを言っていた気がする。


「では、任せたぞ。勇者■■■■。我が国からも主力部隊の全てをお主に託そう」


 魔王軍討伐の話はとても早かった。

 どのぐらい早かったかというと、おもてなしをされた次の日の夜には、各国からの兵も含め、約二十万という兵が集まり、出発したほどだ。


 自国から世界を救う英雄が現れたとなれば、利益はとんでもないことになるので当然と言えば当然だ。そしてそれに乗っかりたい近隣諸国も力を貸す形となった。


「てめぇらいくぞー!!!」


 なんて言う調子乗りがいた。聖剣を引き抜くまで剣を握ったことすら無かった青年は、完全に調子に乗っていた。


 魔法や魔力なんてものは一切分からなかったが、聖剣から溢れ出る力は、素人目でもとてつもないというのは握った瞬間に分かった。


(これがあれば……俺だって……ふへへ、マジかぁ。なっちゃうのかぁ俺。勇者に)


 調子に乗っていた。でも、それは仕方が無かった思う。聖剣からの力はとてつもなく、その溢れ出るオーラのようなものは、共に行く兵達にも力を与えているようで、それはもうとてつもない無敵感が心を支配していた。


 事実、その軍団は魔王軍を蹂躙するにたる力を持っていた。数も、力も、全てが過剰過ぎるほどに。


 魔王軍は滅ぼされ、世界は平和を手にする。

 誰もが勝ちを確信していた。魔王軍と衝突した時でさえ、兵達は余裕だった。そして聖剣の持ち主は完全に天狗になっていた。


 世界を救う勇者の誕生を、誰もが確信していた。戦いが始まった数刻後に、聖剣の加護が突如完全に失われるまでは。


「あれ……?」


 その異変に初めに気づいたのは、最前線で剣を振るっていた者達だった。

 剣を振るえばたちまち相手の魔法や防具を貫通していた剣が、急激に目に見えて錆び始めたのだ。


「あっ……」


 次に感じたのは、自分の死だった。錆びた剣は振るうことなく次の瞬間には灰のように砕けていく。そしてそれは、身につけている防具もだった。

 そして変化はそれだけに留まらず、急に身体が岩のように重くなってしまう。


「ぎゃあああ!」


 誰が始まりだったのか。それとも全員が一斉にそうなってしまったのかは分からない。

 ただ分かっているのは、無敵の夢から覚めた人間はとても脆く弱いという現実だけ。

 悲鳴が、恐怖が、犠牲が、風のように静かに結果を覆していく。

 聖剣の加護が無くなった結果、狩る者と狩られる者という関係性が正常に戻ったのだ。


 あっという間の、捕食者達の蹂躙が始まった。


「……は? お、おい、どうゆう事だ! おい!」


 何がおきているのか理解が追いついた時、答えなどかえってくるはずもないのに、聖剣にそう叫んでいた。

 当然、聖剣からの返答は無い。

 目の前には人だったものが、鳥が飛び立つかのように次々と宙を舞っている。


「うっ……」


 どうしようもない吐き気と、もう何もかもが手遅れなんだという心を押し潰す現実に、身体は立つ力を失っていた。

 手で口元を抑え、膝をつき、頭を地面に叩きつける。


「い、嫌だ! 助けてくれ!」

「嫌だ! なんで! どうして!」

「おいおいおいやめてくれ! 痛い痛い痛い!!」

「ゆ、勇者様! お助けを!」

「家族がいるんだ! 見逃してくれ! 頼む! ああ、足が、やめてくれ!」


 声が、聴こえる。その度に、頭を地面に叩きつける。

 怖い。怖い。怖い。やめてくれ。耳を潰してくれ。これ以上聞かせないでくれ。


 そんなもの視たくも聞きたくもない。だって、必死に視ないようにしてても、聞こえないように頭を打ちつけても、こんなにも身体が震えてしまうのだから。


「は、ははは!おい……なんて悪夢だよ……」


 笑っているのか、泣いているのか、自分でももう分からない。分からないけど、気づいた時には、声だけが止まっていた。


「……はは、だよな。こんなの、悪夢に決まってる」


 そんな馬鹿な夢を視て、頭からの血で真っ赤になった顔を上にあげる。


「お前で最後だな」


 目の前には、自分以上に口元を赤く染めた、巨人の異形が立っている。

 純白の長い髪に、赤い瞳、獲物を裂き砕くためにある鋭く尖った牙。片手には、人の大きさ程の剣を手に握っている。

 同じ人型だというのに、生物としての格の違いを思い知る。


「最後……か……」


 これはもう駄目だな、と目を伏せる。


「…意地すらないとはな。これでは、本当に騙され損だったというわけだ。道化に踊らされていたというわけか、ここにいる者達は皆。哀れな上に、報われんな、これでは」


 目の前の異形はそう口にすると、大きく息を吐き、もう前を向くことすら無くなった膝をついている青年に対し、冷めた口調で続けた。


「『偽りの希望』を持たせ、一時的な肉体強化と暗示で勘違いさせ、全員で特攻とはな。恐れ入る。我々魔族でも、そこまでの非情になることはできん」


 目の前の異形は、そんな言葉と共に非難の視線を送っている。


「……」


 言い返したい気持ちをぐっと堪えた。今更何を言っても、醜さが増すばかりだろう。

 なんの言い逃れもできない、これはそういう大罪だ。


「本当に、醜いな」


 その言葉が最後だった。首に何かが触れたと感じた次の瞬間には、悪夢は終わっていた。


 ……終わる筈、だった。


「……は?」


 目が覚めるとそこは、見覚えのない無機質な部屋の一室だった。

 寝かされているベットは少し古臭く、天井には明かりが一つと、右手側に窓があるのみという木造の部屋だ。


「……痛くない」


 直前の記憶が鮮明に残っている。なのに、身体のどこも痛さを訴えていない。


「首……斬り落とされたはずなのに……」


 そっと首を触るも、ちゃんと繋がっているし何もおかしな所が、おかしいぐらいに無い。


「……ここは、なんだ?」


 自分でも驚くぐらい、いつもの朝の寝起きのように身体を起こす。ベットは部屋の中心に置かれているようだった。身体を起こし左奥の所に扉が一つ。


「開いてる……」


 扉は全開だった。けれど、部屋には自分一人。


「俺は……誰かに助けられたのか? いや、ありえない……あれだけの魔族がいたんだぞ?」


 ありえない。周りには魔族だらけだったはずだ。あの場から自分を助けだすなんて、それこそ勇者でも不可能だ。


「そうだ、そんな勇者君を私が助けた」


 直後、背後からそんな男の声が聞こえてくる。


「えっ?!」


 振り向くと、そこには黒衣の服を着た男が一人、いつの間にか立っていた。


「気分はどうだ? 『偽りの大罪人』である勇者君」


 男は嘲笑うように笑みを浮かべ、そう言った。


 それが、勇者と黒魔術師の出会いだった。


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