【断章】黒魔術師の旅路 其ノ壱
ある旅先での出来事だ。滞在していた国の街を歩いていると、どこか騒がしい。普段が静かな国という意味ではなく、何故か夜だというのに国民達が忙しなく動いている。
(何か……あったのか?)
身につけた黒いローブから顔を覗かせ、辺りを観察する。
「聞いたか?! 聖剣が抜かれたらしいぞ!」
「ついに勇者様が現れたんだ!」
「どこの国の人間だ?!」
「確か聖剣はラムル王国だろう?現地民じゃないのか?」
聞こえてくる会話からようやく自身も事態の盛り上がりを理解した。
「なるほど……そういうことか。 聖剣の悪戯か、はたまた唯の大馬鹿者か」
冷静だった。だって当然だ。勇者が偽物だということは火を見るより明らかだったからだ。
「にしても……条件が満たされていないというのに抜けたというのは、あまりいい話ではないのは確かだ。抜いたやつを殺しにいくか……いや、少し様子を見た方がいいか?」
考えた末、様子を見ることにした。
聖剣はまだ抜けないはずだった。
名のある者が抜いたのならまだ有り得たかもしれない。だが、抜いたのは名も知られていない無銘ときた。
「……誰かが仕組んだのは間違いないとして、問題は私が気づけなかったこと……」
何者かが聖剣に細工をしたと考えるのが妥当だった。
「だが、一体どうやって……」
物理的に抜けやすくするのは不可能だ。例え天地をひっくり返せる怪力を持ってしても、今の聖剣はびくともしない。
なにより、優れた兵が揃っているラムル王国が監視する中で、そのような行為に及べば犯人は一目瞭然だ。
だが、聖剣は突如として引き抜かれた。
それも、無銘によって、だ。
策が無いわけではない。世界でも有数の魔法使い二百人ほどが集まり、数百年かけて聖剣の力を少しづつ削いでいけば、今の聖剣の状態でも抜けないことは無い。
「現実的では無いな……仮にそうだったとして、何故なにも力のない無銘に抜かせた? そんな奴に聖剣を持たせて、そいつらになんの利がある?」
無銘に聖剣が抜かれた。
この事実を素直に受け止め、事態を考察するならば、敵は恐ろしいほど優れた魔法使いであるということ。
誰にも気づかせず、聖剣を無銘が引き抜けるまで弱体化させたなんて離れ業をやってのける超人。
「魔法の腕は間違いなく相手が上か……ならば、下手な詮索はよし、やはり敵が尻尾をだした機会を狙うべきか」
出し抜かれた不快感と苛立ちを冷静に処理し、やるべき事を決めていく。
「……ふぅ。ラムル王国か。少し遠いですね……」
そうして、長く滞在していた国を後にした。
勇者と黒魔術師 カワキ @maetyan
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