第17話 パパ、浮気の可能性が浮上する

『あんなヒョロいのが、あのジュリエッティの男だと!?』



『冗談もほどほどにしろ!! オヤビンの顔に泥を塗るつもりか!!』



『おいおめぇ! なんとか言ったらどうなんだ!!』



 拝啓、琴音。



 浮気ではありません。これには恐らく海よりも深い事情があるのです。あるはずです。無ければおかしいです。



『オヤビン、なんとか言ってやってくださいよ!!』




「テメェが俺のジュリエッティを奪いやがったのか……?」



 僕は今、暴走族みたいな奴らの前でお頭のような人の女に手を出したヤベェ奴みたな扱いを受けています。



「え、あ、いや……」



「そうよね、ダーリン?」



 どうしてこうなってしまったのか。その経緯は今から遡ること一時間前のことになります。



 ◆ ◆ ◆ ◆



『全くこんな朝方に騒がしいわね。何があったのよ』



 リビングの方から聞こえてくるのはジュリエッティさんの図太い……ではなく可憐な声だ。



『なっ! 姐さん! なんて格好で来るんすか! 服着てくださいよ!!』



 ……



『あんたがお清め中に大声で呼び出すからでしょうが』



『だからってそんな布切れ一枚巻いて出てくることないじゃないですか!!』



『馬鹿ねあんた。これはバスタオルって言うのよ?』



 ……何故だろう。あまり想像してはいけない気がするのは。



『なんでもいいですって! それよりマジ大変なんですって!』



『早く言いなさいよ』



『姐さんがそんな格好で出てくるから……ブラックギルドの統領、グレイドンが姐さんの返事が聞けるまで店を動かねぇって!! 店ん中に押しかけて来て大変なんですよ!!』



 店? もしかしてジュリエッティさんって店長とか社長とかそういう感じなのかな?



『またあの子? 本当にしつこいわね。はぁ、モテる女は辛いわね』



 ……突っ込むべきか?



『とにかく姐さんが来ねぇと収まりがつかないんですよ!』



『もう眠いのに……はぁ……あ、そうだわ!』



 部屋のドア越しに聞こえる大きな欠伸の音が聞こえた後、この部屋に向かってくる足音が聞こえた。



「シロウ、朝食は終わったかしら?」



 バタンという音と共に開かれたドアの先には、屈強な肉体の胸筋の上から、バスタオルだけを巻いたジュリエッティさんがいた。



「な、な、な、なんて格好をしてるんですか!」



 一応言っておこう。そうするべきだと細胞が叫んでいたから従ったまでだ。



「あら、シロウも見惚れちゃったの? 私って罪な女ね」



 どうやら正解だったようだ。「今日もいい筋肉ですね」なんて乙女に言った日には、首が飛んで八本に裂けてしまうかもしれないだろう。



「ジュノンは女の子だから大丈夫よね?」



「ぶふぁっ! キャハハ!」



 ジュリエッティさん。ポージングをしないで下さい。そしてジュノン、笑うんじゃない。パパ、耐えられなくなっちゃうだろ。



「それはそうとシロウ、貴方にお願いがあるの」



「お願い……ですか?」



 ◆ ◆ ◆ ◆



 街のある一角に、煌びやかな装飾が施された店がある。店の前には数十人程度が屯しているようだ。あそこが目的地だろうか。



 背中が大きく開いているタイプのドレスに着替えたジュリエッティさんを筆頭に、俺とジュノンが左側、ロドスさんが右側を歩いて店へと向かう。



『ん? お、おい!!』



『見ろ! 来やがったぜ!! オヤビンに伝えろ!!』



 店の前にいる人達から声が聞こえる。どうやらこちらに気が付いたようだ。気付いた内の一人が慌てて店内へと駆け込んでいくのが見えた。



 ジュリエッティさんはその光景を見ても何食わぬ顔で優雅に歩き、店の方へと近付いていく。



「どきなさい」



 ジュリエッティさんの一言で、たむろしていた人達が裂けるように道を生み出していく。これが……ジュリエッティさんのスキルか? 違うな。ただ息を吹きかけただけか。




 出来上がった道を進み、店内へと入る。



 お店の内装は、俺が知っている限りの言葉で表すとキャバクラっぽい雰囲気だった。大きなL字型の椅子がいくつも並べられ、それぞれにテーブルが付いている。



 奥の壁の方には、恐らく従業員だと思われる女性達が怯えた様子で店の中央の様子を伺っている。まるで檻から放たれた猛獣がそこにいるようだ。



 女性達の視線の先にいるのは、恐らくオヤビンと呼ばれている男がこの店で一番高級な椅子に肘を突いて座っていた。



「待っていたぜぇ? ジュリエッティ」



 ジュリエッティさんを足の先から頭の天辺まで舐め回すように見る男。そうだよな。どんな魅力に惹かれるかは人それぞれだ。



「私は待ってないけどね。営業時間外にまで押しかけてどういうつもり?」



 腕を組んで首を傾げるジリエッティさん。何故だろうか。仕草と肉体が一致しない。もしかして、俺は美女が屈強な男に見える呪いにでもかかっているのか?



「お前がいつまで経っても返事を聞かせてくれねぇから、こうやってわざわざ来てやったんだろ? なぁ、俺の女になれよ」



 ……まじかよ。ジュリエッティさんの冗談だと思ってたのに事実だったとは。もしかして、この世界は筋肉と可愛さは比例するのか? 可愛いは(筋肉で)作れるのか?




「あなたみたいな非常識な男は嫌よ。それに、私にはもう心に決めた人がいるもの」



 ジュリエッティさんの一言で、場の空気が凍るのを感じる。俺は筋肉なんてないんだ……凍えて死んじゃうよ。ジュノンだけでも温めなきゃ。



「冗談も程々にしとけよジュリエッティ。お前に相応しい男は俺以外にいねぇ」



「そんなことないわよ」



 確かに。グレイドン君と言ったか。君も逞しい方ではあるけどジュリエッティさんの筋肉には及ばないよ。ジュリエッティさんの想い人は、多分四階建てのビルみたいな男だ。



「紹介するわね。こちらが私のフィアンセのシロウよ」



 へぇ、この建物シロウって言うんだ。俺と同じ名前なんて偶然じゃ——




 って、なんですって? ——————





 というのがここまでの経緯だ。どうだろうか。前面に猛獣、背面に筋肉。八方塞がりとはこのことだろう。




 さて、俺のようなヒョロヒョロの体型では猛獣のグレイドン君の筋肉には遠く及ばない。筋肉で語り合うのは絶対にダメだ。そのために人には口が付いている。




「ジュリエッティさん、冗談ばかり言って——」



「可愛いでしょ? 私とシロウの子よ。ジュノンって言うの」



 ……



「て、てめぇ!! やることやってんじゃねぇか!!」



 馬鹿野郎!! 子供の前で変なことを言うんじゃねぇ!!


 しかしまずいな。言い訳をしてもジュリエッティさんが変な方向に持っていこうとする。一体何が目的なんだ? ただ単に面白がっているだけか?



『オヤビン落ち着いてください! ジュリエッティが子供を作れるわけはありません!!』



「お、おうよ! わかってるわボケェ!!」



 わかってるんかい! 実は男とは知らなかったパターンじゃないのかい!!




 正直このノリが面白いとさえ感じていた。グレイドン君も容姿は怖いがジュリエッティさんを好きなだけの青年だ。ジュリエッティさんも少しからかっているだけのようだしな。



 これがここの日常。俺の常識では測れないが、これから知っていけばいい異世界の日常だと思っていた。



 だが、その思考はグレイドンの放った一言で粉々砕かれることになった。




「どうせそいつも奴隷商から買ったガキかなんかだろ!! わざわざ仕込みやがって!!」




「おい」




「なんだテメェ!」




「今、なんて言った?」




「あん? わざわざ俺を騙すために奴隷商からガキを——」





「この世界じゃにされているってのか?」

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