第2話 パパ、赤子を拾う

 手紙を内容を目にした瞬間、自分の中に沸々と湧き上がる怒りを抑えきれず、持っていた手紙を握り潰した。


 見たところ赤ちゃんはまだ産まれて間もない様に見える。ハイハイなんて以ての外。自分の意思さえ上手く表現出来ないレベルだ。


 そんな、一人では一日も生きられない赤子を……置き去りにするか?



 信じられない。



 どんな事情があるにせよ、だ。



 だが今はそれどころじゃない。まずはこの子をあやしてあげなければ。まずは抱っこで様子を伺う。首が座っていないので両手でそっと後頭部を包み込み、左手を残して右手を股の下から背中に流す。


そのままゆっくり赤子を持ち上げ、左の肩に赤子を担いでお尻を右腕で支える。



「オギャー! オギャー!!」



「よーしよし、いい子だよー、どうしたんだーい?」



「オギャー! オギャー!!」



 腕の中で力強く泣き声を上げる赤ん坊を見て古い記憶が呼び覚まされる。この記憶は、奏音が生まれたときのものだ。


 当時は自分の人生に初めて赤ちゃんという存在が加り、右も左もわからなかった。赤ちゃんが何故泣いているのか、どうやったら泣き止むのか、自分の無力さを感じることもあったかもしれない。


 ただ、泣いている奏音を抱いてるときは愛おしくてたまらなかった感覚はしっかりと覚えている。


 泣き止んで欲しいけど泣いてくれていて構わない。矛盾した感情だ。どれだけ泣き続けても、ずっと傍にいてあげるよ——



 元気な泣き声を聞くたびに、この子は生きていると感じて嬉しかった。



 琴音からしたらそんなことはなかったかもしれない。夜中でも構わず泣き出して、碌に眠れない日々を送っていたから相当な疲労とストレスになったと思う。


 それでも、文句の一つも言わずに奏音の世話をする姿を見て、母親には敵わないなと思ったな。



 初めての子育ての記憶は死んでも忘れることがない強烈な記憶だ。二人に感謝しなきゃな。



二人がいてくれたおかげで、俺はこの子をあやすことが出来るのだから——






 まずは、この子がなぜ泣いてるのかを探らなきゃな。


 赤ちゃんが泣くのには何かしらの原因がある。


 ただ抱き上げて欲しいときもあれば、お腹が減っている、眠い、オムツを変えて欲しい、汗が気持ち悪い、なんか居心地が悪い、と様々だ。


 長い間一緒にいれば泣いている理由がなんとなくわかるようになるのだが、俺とこの子はあいにく初対面。



 とりあえず手当たり次第試してみるか。




 まずは優しく背中をさすってあげよう。これが案外効果的だったりする。シンプルイズザベストってやつだ。


「よーしよし、いい子だよー。いい子だねー」


「オギャー! オギャー! オニュ オギャー!」



 よし、元気な子だ。




 眠かったりしたらこれで落ち着いたりするが、どうやら違うみたいだな。



 次はオムツの確認……と思ったが、この子オムツを履いていない。質の悪い複数の布に包まれているだけだった。


 オムツも履かずに放置かよ……また怒りが込み上げてくるが、もうそんなことはどうだっていい。



 性別は女の子のようだな。俺には娘しかいないから男の子の育児がわからないからな。不幸中の幸いか。



 さて、他の可能性としては……お腹が減ったか。



 だが、そうだとしてどうする? 俺から母乳なんて出るはずないし、あいにく哺乳瓶も粉ミルクも何もない。死後で性別を超越して母乳が出たりしないだろうか?


 そう思って一応赤子を抱いていない方の乳を絞ってみるが、全然出ない。というか絞れる乳もない。普通に生前と同じような体だ。



 なんか虚しくなってきた……



 ええい!! もしここが死後の世界なら、念じただけで思い浮かぶものが出現したりしないのか!



『お困りでしょうか?』



 なんて考えていたら、どこからか無機質な声が聞こえる。聞こえるというのはちょっと違うな。正確には耳から聞こえたわけじゃない。



 骨振動で聞こえたとか脳内に直接響いたといった表現が正しい。



 まさか……神様?



『いえ、神様ではありません。私は森羅マーケットの案内人をさせて頂いておりますナルビィと申します。この度、神谷様専属の案内人となりましたのでご挨拶と、何かお困り事のようでしたのでお声がけさせて頂きました』




 …………はい?




 ちょっと、何言ってるかわからないです。




『神谷様には初回特典として10000BPが贈られますので、森羅マーケットでご活用ください』




 あ、わかった。




 これが死後の世界流の詐欺ってやつか。


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