何でも買えるスキル「森羅マーケット」で、魔王の娘を育てます
いくつになっても中二病
第1話 ありがとう。それと、さようなら。
「はいはい。いいからもう私に構わないで」
そう言ってリビングを出ていったのは、今年十七歳になる娘の
思春期の娘との距離感を間違え続けた結果、まともに口を利いてもらえない関係になってしまった。
「しょうがないわね、あの子は。はい、これお弁当ね」
「ありがとう、
妻から弁当を受け取り、五年前の誕生日に琴音と奏音からプレゼントしてもらったビジネスバッグを持ち、通勤の支度を済ませる。
「今日は早く帰って来られるんでしょ?」
「もちろん、奏音の誕生日だからね。仲直りが出来るとっておきのプレゼントを買って帰ってくるよ」
「わかった。まだサプライズがしたいなんて、相変わらずね」
「嫌がる……かな?」
「何言ってるの? あなたのそういうところに惹かれた私の娘なんだから、好きに決まってるじゃない」
「はは、なんか照れるね。それじゃ、行ってくるよ」
「はい、いってらっしゃい」
いつもと変わらない日常。だけど、昨日までとは違う新しい一日。
大切な娘が生まれて十七年。年々妻に似てくる娘の将来を思うと不安と期待で胸が一杯だ。願わくば幸せと思える人生を歩んでほしいし、出来れば変な男に引っかからないで欲しいが、奏音が決めた人生ならば全力で応援したい。
そんなことを考えながら玄関から出た俺を、青空が迎えてくれた。
朝から愛娘とは少し言い合いになってしまったが、それも大切なコミュニケーションだと思えば悪くない。うん、悪くない朝だ。
この時は、今日も一日いい日になりますようになんて呑気なことを考えていた。
これが愛する妻と、娘との最後の会話になるとは知らずに——
◆ ◆ ◆ ◆
目が覚めると、見渡す限りが自然で埋め尽くされた森の中だった。
「あれ……なんでこんなところに……一体……何が……?」
少しずつ意識が覚醒していく感覚、次第に感じ始めた頭痛から咄嗟に頭を押さえる。だが、ゆっくり休んでいる場合じゃない。
何故こんな場所にいるのか、ひとまず過去の記憶を辿ってみることにした。
確か、いつものように家を出て会社に行き、いつものように仕事をして定時で上がり、奏音の誕生日プレゼントを買うために最寄りのデパートに寄って、それから——
「あ……そうか」
帰りの電車に揺られている途中、近くにいた乗客の一人の男が声を荒げ出した。突然の声に驚いて男の方に目を向ければ、男の右手には家庭用の中でも大きい部類に入る包丁が握られていた。
周囲の乗客も同じタイミングでそれに気づいたのか、車両内は一瞬の内にパニック状態となり、皆が我先にと隣の車両に逃げ出したのだ。
そんな状況下にも関わらず、男の目の前に立ち塞がる人がいた。
制服を着た女子高生だ。
「危険ですので、それを捨ててください!!」
「うるせぇ!! みんな……みんな……!! 道連れにしてやる!!」
勇敢な女子高生の右手が震えていることから、恐怖で今にも逃げ出したいという気持ちが伝わってくる。だが、正義感の強い子なのだろう。大人達が逃げているという中で一人、立ち向かっている。
ただ、その選択はあまり良くないかもしれない。
こういった場合、ナイフの男を諭そうとするほど刺激になって逆上してしまうという話を耳にしたことがある。こういう場合は避難するのが最善だ。
頼むから何も起きないでくれと願う気持ちを見事に裏切り、最悪の状況になろうとしていた。男は包丁を両手で持ち、今にも女子高生の方へと向かって動きだした。
——反射的だったんだよな。
恐らく、娘と同じくらいの歳の子だったからだろうか、それとも娘と同じ高校の制服を着ているからだろうか。女子高生の姿に……奏音の姿を重ねて見ていた。
——もし、あそこに立っているのが奏音だったら。
そう思ってしまったら、身体が勝手に動いていた。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!」
俺は大声を上げながら、男の背後から飛びかかっていた。
勢いを殺すことなく腰の辺りにレスリング選手から鼻で笑われるようなタックルを決める。こんな貧弱なタックルでも、男を転倒させるには充分だった。よかった、この男が総合格闘技の選手とかじゃなくて。
「君! 早く逃げるんだ!!」
「で、ですが!!」
娘とも上手に会話が出来ないのに、赤の他人の女子高生を一瞬で説得できるはずないか。それが出来ればもう少し奏音とも話が出来ているだろうしな。
そうこうしているうちに、うつ伏せで倒れていた男が暴れ始める。おかしいな、俺が乗ってるはずなのに。どうやら軽すぎて簡単に身動きを許してしまったようだ。
「ふざ、ふざけるなぁぁぁ!!」
激昂した男はおもちゃ売り場で駄々を捏ねる子供のように暴れる。なんとか押さえ込まなければと考え、身体を密着させたのが——
グッ——
突然、腹部に熱を感じた。
「お、お、俺は……本当にやる気じゃ……!!」
「い、いやぁぁぁぁぁ!!」
熱い部分を手で触ってみる。ぬめりとした感触が気持ち悪い何かが手に纏わりつくのを感じた。これはなんだ?と思い手を確認してみれば、赤と黒が入り混じったような液体が、俺の手を染め上げていた。
腹部に目をやると、熱を感じた箇所から大量の血液が溢れているのが見える。
(なんだよ……抜いちゃったのかよ……)
そんなことを考える余裕は一瞬で、次に感じたのはこれまでの人生で感じたことがない程の激痛だった。
(い——痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ!!)
そりゃそうか。腹に穴が空いてるしな。
お母さんが出産するときは、鼻からスイカが出てくるくらいの激痛だと聞いたことがあるが、もしかしたらこの痛みは出産くらいの痛さがあるのだろうか。そうだとしたらお母さんが子供を大切にするのも納得がいく。こんなに痛い思いをして生み出した子が可愛くないわけがない。
琴音に今一度感謝しよう。こんなに大変な思いをしてまで奏音を産んでくれてありがとう。
飛びそうになる意識が切れる前に、女子高生の様子を伺う。どうやらこちらは何事もないようだようだ。
よかった。こんなところでこの子が死んでしまったら親御さんは立ち直れないくらい悲しむだろうからな。俺が奏音を失ってしまったら、どうにかなってしまうだろう。
だが、逆に俺がここで死んだら琴音と奏音はどんな思いをするんだろうか?
悲しむだろうな。辛いだろうな。
でもごめん。
俺、死んじゃうわ。
走馬灯のように今までの人生がフラッシュバッグする。
琴音と出会ってからは、本当に素敵な人生を歩ませてもらった。奏音という宝物を授かることも出来て、家族三人で過ごす時間はどれもかけがえのないものだった。
どこを切り取っても、最後の一ページに相応しい思い出ばかりだ。
二人に出会うまでは、俺は何故生まれてきたんだろうかとか考えていたのにな。いつからか、俺は琴音と出会うために、琴音と二人で奏音をこの世に授かるために生まれてきたんだと、そう思えるようになった。
だからこそ本当は、もう少し琴音と共に奏音の成長を見守っていきたかったけどさ。
どうやらそれは、無理そうだ。
願わくば——
「シア……しあっ! カハッ!!」
「喋らないでください!! もう少しで次の駅に——」
「たの……む!! つまと……むすめに……しあわ……せに……なって——」
「何言ってるんですか!! 死なないでください!! お願いです! 死なな——」
——————————
———————
————
——
。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
これが現状、思い出せることが出来る最後の記憶だ。
「ということはここは……死後の世界?」
天国……だろうか? 少なくとも地獄じゃ無さそうだけど。とにかく周囲を探索してみるか。何かわかるかもしれない。
まだ気怠さの残る身体に鞭を打って立ち上がった。多少の頭痛は気にしない。死後の世界というならば体調不良ではないはずだ。
ひとまずこの森を抜けて、誰か別の人——いや、死者か? がいるとこへ向かうべきだろう。と思考していたとき、遠くから微かに音が聞こえた気がした。
「——ァ」
なんだろうか。何か……聞いたことがあるような音というか、声?
「——ャァ!」
耳を澄ましてみれば、それが声だとわかるくらいにはしっかりと聞き取ることが出来た。
「——ァー! ——ギャー! オギャー!」
待て……これ、赤ちゃんの声だ!!
それに気付いたときには、もう声のする方へ走り出していた。
死後の世界で何故赤ちゃんの泣き声が? とか、そんな理屈は考える余裕はない。
こんな森の中で赤ちゃんの声が聞こえるという異常。頼む。無事でいてくれと、そう願いながら音のする方へ駆けていく。
穴が開きそうになる肺にこれでもかと酷使して辿り着いた先には小さな籠があり、その中には丁寧に置かれた赤ちゃん、そして横に添えられた手紙のような物があった。
「オギャー!! オギャー!!」
「一体、どういう……」
とりあえず状況を把握するために手紙を見てみる。勝手に人の手紙を読むのはどうかと思うが今は緊急事態だから仕方がないと割り切った。もしかしたら送り主や宛先が書いてるかもしれないしな。この子を一刻も早く親元へ返してあげたかった。
だが、その考えは手紙の内容によって簡単に打ち砕かれた。
恐らく、この手紙は
『この子を拾ってください』
手紙には、その一文しか書かれていなかった。
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