第6話 パパ、命名する


「ここを自由に使ってくれ。定期的に掃除はしてるからそこまで汚くないはずだ」



「ありがとうございます。デルさん」



「村の手伝いは少し落ち着いたら、こっちから声を掛けるからよ。それまでは村での生活に慣れてくれ。必要な物があれば何でも言ってくれや」



「はい。何から何までお世話になります」



「そんじゃぁな。俺はまだやることがあるから、陽が落ちた頃にまた来るぜ」



 デルさんに連れて来て貰ったのは、村の少し外れにある一軒家だ。



 外観は日本の家とは随分異なる。木造なのは同じかもしれないが、コテージとかに近いか? 海外の文化はあまり知らないからどういう造りかはわからないが、それっぽい雰囲気があっていい。



 森羅マーケットのナルビィによると、どうやらここは異世界だということだ。



 異世界といえば、前世のアニメとかで見たことがある。前世という表現が正しいかどうかは置いておこう。



 死んだら異世界に転生して無双するみたいなのがテンプレートだったはずだ。死なないでそのまま来る場合は転移だったか? 



 ということ、は俺は転移をして来たことになるのか?



 転生であれば新しい命を授かって、この世界の住人として産まれるはずだが、俺の容姿は生前から変わっていない。はず……鏡なんて見ていないからな確証はないが、少なくとも体に違和感はない。いつもより口が開くとか、やけに鼻が高いという感じはしないし。



 もしかしたら……元の世界に戻る方法も存在するのか?



 いいや、それよりもまずはこの子をどうにか育てて行くのが大事だ。この子を見捨てて戻ったりでもしたら、琴音と奏音から叱責を受けることになるだろう。



 存在するかもわからない可能性よりも、まずは現実。それが落ち着いてから考えなければ本末転倒だ。



「ファ……ンギャ……オギャー!! ンギャー!!」



 おっと、そろそろ授乳の時間か。とりあえず森羅マーケットで準備して授乳をしよう。



「はいはーい、今ミルク準備するから待っててなー」



「ンギャー!! オギャー!!」




 ◆ ◆ ◆ ◆




 ふぅ……


 

 よし、やっと寝付いてくれた。この時期はたくさん睡眠を取るからな。よく飲んで、よく寝て、スクスク元気に育つんだぞ。



 奏音がこのくらいの頃は、琴音と交代で抱っこをして寝かしつけてたな。懐かしい記憶だ。タイミングの見極めが難しいんだよな。



 眠ったと思って布団に寝かせるのが早いと泣く。遅くてもそれはそれで泣く。丁度いい感覚を掴むまでは結構ああでもないこうでもないと四苦八苦していた。



 それはそうと、この子の名前はどうしようか? 拾ったときに添えてあった手紙には名前は書かれていなかった。



 本当の親に「捨てた子供に名前付けてましたよ」と言われても、どの口が言っとんじゃい! という気もするが、命名というのはそう簡単に割り切っていいことでも無いと思う。



 これは俺が勝手に思っていることだが、命名とは命の名前を決めることだ。もちろん「命あるもの以外にも命名って使うよね」なんて突っ込みは受け付けていない。




 仮に、この子の命に名前があったとしよう。



 その上で俺が名付けを行なっても、命の名前は変わらないものだと思う。その名を誰も知らないとしてもだ。



 だってその名は、たくさんの思いが込められている愛情の形だと思うから。



 奏音の名前を決める時だって、数ヶ月間いろんな候補を出して、いろんな単語を調べて、こんな子に育ってほしい。あんな未来を生きてほしい。といった思いをたくさん込めた。奏音と初めて真正面で向き合ったのはこの時だと思う。まだお腹の中にいる頃だけどね。



 捨てられた子の名に愛情が込められているか否かはわからない。俺はこの子の親には会っていないし、何故捨てたのかも聞いていないし。いや、正当な理由があったとしても森の中に捨てていたのは許さないけど。



 だからと言ってこのまま名前がないのは……よくないな。責任を持つと言った以上、この子には俺から本物と遜色ない名前をつけてあげるべきだ。

 


 ということで、名前を決めよう。ありったけの愛を込めて。



 とはいえ、異世界の命名規則とかはあるのだろうか? 



 今のところ知っているこの世界の人の名前は、村長の息子のデルさん、村長との会話で出てきた、三年前に子供が産まれたクルドさん、くらいか?



 デルさんにクルドさん。うーん。異世界っぽい……と言えるほど異世界は知らないから、海外っぽい……と言えるほど海外も知らないな。



 うん。異世界基準で考えるのはやめよう。俺の基準で決めていいだろう。



 実は一つだけ候補がある。



 奏音の命名をするためにいろいろ調べていた頃、候補に上がっていた名前だ。もし奏音に妹が出来たらその名前をつけてあげたいと思っていた。




 それは——朱音あかねだ。



 琴音と奏音と同じ"音"という字には、「優しく慈愛に満ちた」という意味がある。それに、「華やかで明るく元気」という意味の"朱"を合わせて、



 朱音の元気でみんなを包み込んであげて欲しい——



 という意味が込められている。




 読み方は一応"あかね"だと思っていたが、異世界だから"ジュノン"の方が違和感はないか?



 神谷 朱音カミヤ ジュノン



 うん。この子にぴったりな名前だ。



「ジュノン、元気に育つんだぞ」



 スヤスヤと寝ているジュノンの頭を優しく撫でる。ジュノンは少し笑った気がしたが、この頃は生理的微笑といって反射的に口角が上がって笑ってるように見えるだけだな。



 それでも癒される。既にジュノンの名に相応しいな。




 よし、ジュノンに美味しいミルクを飲んで貰うためにパパ頑張るぞ!!





 まずは——BP集めだ!!


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