第10話 生きる。
「こんな夜にぁ絶望がよく似合うナァ? そう思うだろ?」
——何言ってんだこいつ。
魔族というのはあれか? 中二び——いやいや、動揺を誘って油断させる作戦かもしれない。俺みたいな何の取り柄もない人間が舐めてかかっていい相手ではないな。
「いえ、素敵な夜ですね。それでは」
コミュニケーションの基本その壱。初対面の相手には丁寧に接しましょう。例えそれが悪魔だったとしてもだ。
「待てよ人間。てめぇに用はネェがそいつはここに置いていきな」
そいつ、とはジュノンのことだろう。やはりジュノンが狙いだったか。
「それは……聞けないお願いだな」
「あん? 頼んでなんかいネェ。命令に決まってるだろ? 逆らえば命はネェ」
絶体絶命か。文字通りすぎて逆に冷静になってしまう。
「ふぅ……この子に何の用だ?」
「それはお前が知る必要はネェ。逆に聞くがお前はそいつが何なのか知ってて匿ってんのか?」
物みたいに言うな。ジュノンにはジュノンっていう愛しい名前があるんだよな、ジュノン。
「この子は……俺の子だ」
「俺の子だァ? ぶはっ!! 笑っちまうぜ!!」
「それじゃあんたはこの子の親を知っているのか?」
不自然にならないようにジュノンの親の情報を聞き出す流れに持っていく。実はこいつが本当の親の可能性もあるし、本当の親を知っているかもしれない。
「親? あぁ親ね。知ってるぜ」
「へぇ……丁度、そいつをぶん殴ってやりたい気分だったんだよ。こんな幼い子を一人にするなんて何を考えてるってな。よかったら紹介してくれよ」
「ハハッ! いいじゃねぇか! ぶん殴ってやれよ! まぁ、もう死んじまってるけどナァ。残念だったな人間」
死ん——でる?
「どうせそいつが何なのかも知らずに匿ってんだろ? いいか? そいつの親は魔王だ。いや? 元魔王か? 魔王は殺しちまったからナァ。そいつは魔王の血を引いた正真正銘、魔王の子だ。だから殺す」
何言ってるんだこいつ。
魔王の子だから……殺す?
「魔王は俺達、統一派が反乱を起こして殺してやった。人間との共存なんて望み続ける貧弱な魔王はいらねぇ!! 下等種族の人間なんかが何故のさばってやがる!! 世界の支配者は……俺達魔族だ」
……正直に言おう。
どうでもいい。
魔族の世界の情勢を聞いたところでわからんとしか言いようがない。俺はこの世界に来て片手で数えられる日数しか生活していないしな。魔族どころか人間の常識も知らない。
もしかしたら今いるこの国も民主主義ではないかもしれないし、俺が知っている常識なんかは何も通用しない可能性がある。
だからこそ、「殺しなんて、ひどい!!」とか「ジュノンの親を殺したな!!」とか思ったりはしない。魔族が世界を支配しようとかそんな壮大な話は想像も出来ない。
だが、どんな世界だろうと絶対に譲れないものはある。
「なんで魔王の子だから殺すんだ?」
「あ? そいつには貧弱な魔王の血が流れてるからに決まってるだろうが!」
「だから、なんでそれが殺す理由になるんだよ」
流れてる血が理由で殺される? ジュノンの血は猛毒か? 仮にそうだったとしても殺していい理由にはなり得ない。
「馬鹿かお前は? そいつが生きてると平和派の連中がのさばるからに決まってんだろうが!!」
「そんなものが……子供を殺していい理由になるわけねぇだろうが!!」
「テメェ……まだ平和条約が有効だからって調子に乗ってやがんなァ? 決めた。テメェもろとも殺してやるよ」
こんな奴に……こんな奴に俺とジュノンは殺されるのか?
この世界は随分と理不尽だな。また奪われて終わるのか。
「お喋りが過ぎたなァ人間」
魔族が右手を天に突き上げると、手の上に乗るように漆黒の巨大な鎌が出現し、手に収まった。鎌なんて、死神じゃねぇか。
そのまま鎌を肩に担ぎ、ゆっくりとこちらに向かって歩き出した魔族。
走って逃げても意味はないだろう。恐らくこいつは翼を使って飛行することが出来る。じゃなければ突然姿を現した説明がつかない。
逃げてもすぐに追いつかれるのはわかりきっている。
どうにか……どうにかジュノンだけでも助かる道は……
「浅はかな自分を呪って死ねやァ!!」
ジュノンを守るように四つん這いになって抱え込む。肋骨とかに引っかかってジュノンは切られなかったなんて奇跡でもいいから起きてくれ。そんな都合がいいことは起きないか……
ごめんジュノン。俺……守るって約束したのに。
魔族がすぐそばで鎌を振り上げる。最後くらい、我が子の寝顔を慈しんでも罰は当たらないだろう。
スヤスヤと寝息を立てているジュノン。こんな状況でも眠っていられるなんてやっぱり肝が据わっている子だな。
大きくなったらどんな子に育っていただろうか? お転婆娘かな? それとも淑女かな?
どんな子に育ったって、元気でいてくれるならそれだけでいい。
それだけで、よかったのに——
——
——————
————————————
あれ? いつ死ぬ?
おかしい。絶対にもう振り下ろしててもおかしくはない頃合いだ。
そう思って顔を上げると、そこにはこの世界に来てもう何度目になるかわからない驚愕の光景が広がっていた。
目の前には、黒い毛で全身が覆われた狼。それが魔族が振り下ろした鎌の刃を咥えている。白刃取り、もとい白羽咥え?
「なっ!? なんで近衛騎士がこんなところにいやがる!?」
どうやら魔族はこの狼のことを知っていて、この事態は想定していないようだった。
狼はそのまま鎌を噛み砕き、魔族に頭突きをお見舞いする。魔族はトラックにぶつかったかの如くそのまま数メートル吹き飛ぶ。
「助けに来るのが遅くなりました。この場は任せてこのまま逃げてください」
狼が……喋った!? 女性だと思われる高い声だ。
「えっと……何がどうなって?」
「殿下をお願いします。ここからさらに南にある都市、アルへインに向かってください。主要な都市であれば統一派もそう簡単に手出しは出来ないはずです。アルへインにいるヴァイパーという魔族に事情を話して助力を求めてください。助けになってくれるはずです」
早口で紡がれた言葉には、焦りも含まれているだろうか。恐らくゆっくりしている時間はない。
「ゴロ村の人達は……!?」
「安心してください。我々が守りきってみせます」
我々、ということはこの方にも仲間がいるということだろうか。
「ジュノンはまだ幼いです! 長距離の移動なんて……」
「ジュノンという名を付けたのですね……いい名です。ジュノン様はお強い方です。そのお力を信じてください」
信じてるけどまだ首も座ってないのに……流石に限度ってものが……
「うぅ……クソが!!」
「あれの相手は私が引き受けます。早く行って!!」
魔族が起き上がってこちらを睨みつけている。どうやら相当効いたらしい。
考えている時間はない……か。今は言われた通りにしよう。
「わかりました……感謝します」
「——ジュノン様をお願いします」
ジュノンを抱えたまま起き上がり、その勢いのままに走り出す。
生きている。
俺たちはまだ、生きている。
何がどうで、あれもこれもわからなくて、だからどうかもわからない。
でも、俺たちは生きている。今はその事実を噛み締めて走るだけだった。
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