第8話 パパ、恐怖する


 薄々感じてはいたのだ。



 デルさんが「これはなんだ? 抱っこ紐? 画期的な代物だな……」とか「ジュノン、見たことない服着てるじゃねぇか。誰から貰ったんだ?」とか言っていたからな。



 真実を暴いてやる! というスタンスでもなかったので「ハハ……」と誤魔化していたが、もしかしたらこの頃からデルさんに収納系のスキル持ちであることを疑われていたのかもしれない。



 そんなデルさんの姿を見て、「もしかして、日本で普通に普及していた物はこの世界では高級品なのでは?」という疑問は微かに浮かんでいた。



 思い返せば、お裾分けで貰った砂糖は茶色だった。しかしそれは黒糖だからだ。黒糖が主流の地域だと思っていたし、塩だって粒が大きい粗塩が好まれて使われていると思っていた。


 それでも懸念があったから当たり障りない干物やちょっとしたお菓子を準備したんだ。本当だったら新鮮な野菜に生で食べられる魚、スーパよりもちょっとお高い肉をずらっと並べる予定だったのだ。これでも自重した方だと思う。



 それがまさか……こんなことになるなんて……



「俺にこのサラサラの塩をくれ!!」



「私にはこの砂糖を!! 白い砂糖を!!」



 ここは部族ですか!? 実はアマゾン的な地域で、全く外界と接触しない独立部族ですか!?



 まさか、都会も同じなんてことはないよな? エレベーターとかあるよな? 飛行機とか車とか……あるよな!?



「うぅ……うぇ……ピギャー!! ンギャー!!」



「おいお前ら! 騒ぐからジュノンが泣いちまったじゃねぇか!」



 抱っこ紐の中で寝ていたジュノンが泣きながら起きてしまった。多分そろそろミルクの時間だから、デルさんが言うように皆が騒いだ所為ではないだろう。



「シロウは家の中でジュノンをあやしてていいぞ。ここは俺に任せとけ!」



 服の上からでもわかる筋肉をパンパンにさせてサムアップをするデルさん。よかった。このパニックはデルさんに任せてしまおう。正直、説明が難しい。異世界の物でした〜!! パンパパーン!! とは流石に出来ない。



「すみません、助かります」



 ひとまずジュノンをあやすために家の中へと入ることにした。





 ◆ ◆ ◆ ◆




「いやぁ、大繁盛だったなシロウ!!」



 家の前での食材販売を終えて、デルさんはうちのテーブルで酒を飲んでいた。



「結局任せる形になってしまい、すみませんでした」



「いいってことよ! 村の奴らも楽しんでいたしな! そうだ、これが今日の売り上げだ!」



 ドサっという音をたててテーブルに置かれたのは皮で作られた袋だ。だが、中にパンパンに詰まっている物のせいで重量級の皮の袋になってしまった。「オナカイッパイ、モウタベラレナイヨ」と言っている気がする。



「シロウの意向で普段の行商よりも安めにして売らせて貰ったがよかったのか? どれも質の良い食材だからこんな安値じゃないだろう」



 正直、お金を受け取るのも心苦しいくらいだ。何故なら食材達は全て……村の麦藁から得たBPで購入したものだからな……



「ええ、構いませんよ。元々一人では消費しきれない分でしたので」



「そうか! なら遠慮はしねぇぜ」



 どうぞどうぞ。本当に……なんか、ごめんなさい。



 それにしても、今回は色々なことが知られてよかったな。このスキル「森羅マーケット」は使い方次第では億万長者になれる可能性がある。



 もちろんそんなものには興味が無いし、それをする必要性も今のところないから、最低限お世話になることにしよう。いいご近所付き合いって奴だ。そうやって制約を決めておかないと、誘惑に負けて可笑しな方向に行きかねないスキルだしな。



 俺はジュノンを育てるためにこのスキルを使う。それ以外では恩を返したり、どうしても必要だという時にしか使わない方がいい。



「ま、今後は食堂なんかを開くのもいいかもな! シロウは料理の腕も——」





「デルさん! てぇへんだ!!」




 デルさんの言葉を遮ったのは、家のドアを叩く音と、同時に聞こえた緊急性を感じさせる声色だ。



 デルさんは俺に一言「わりぃな騒がしくして」と断りを入れてから入り口のドアへ向かい開いた。



「バカヤロォ!! ジュノンが起きちまうじゃねぇか!!」



「そ、それはすんません……ですが大変なんですよ!!」



「何が大変なんだってんだ!! どうせ親父が便所にはまって抜け出せねぇとかだろうが!」



 便所に……はまって……そりゃ大変だ。



「ちげぇますって!! ま……魔族が現れやがったんです!!」



 魔族? あれ、なんか急にファンタジーちっくな言葉が……



「魔族だぁ? なんでこんな辺境に来るんだよ。本当に魔族なのか?」



「いや、自分たちでそう言ってたんでしらねぇですけど……なんか、子供を探してるって言ってやがって……」



「子供……だと?」



「へい……なんかきな臭くありませんか?」



 子供……ジュノンか? まさか……ジュノンの親か……?



「……わかった。俺が話をつけてくる。シロウ!! 絶対ぇにこの家を出るなよ!! あと、もしものために逃げる準備をしといてくれ。人間と魔族は平和条約が結ばれてるが何するかわからねぇ連中だからな」



 ちょっと待ってくれよデルさん、ジュノンの親なら俺だって言ってやりたいことはあるし、これからのことも話さなきゃならないんだ!!



 という言葉は口から出ることはなかった。体が……震えている。突然訪れた訳のわからない事態に動揺している? もしそうなら、俺はこの世界に来てから震えっぱなしだろう。



 そうではない。



 魔族という言葉だけを切り取って単純なイメージで恐怖してしまってるのかもしれない。




 デルさんが出て行った部屋に、俺とジュノンだけがいる。聞こえるのは穏やかなジュノンの寝息だけだ。



 俺は小さな手を握る。まだ何も掴んでいない、これからたくさんの物を掴んでいく希望の手だ。暖かい。





 何があっても、俺が守ってやるからな。ジュノン。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る