ユグドラシルの歌

燈と皆

第1話 シーアの前夜


 僕はユグドラシルを憎んでいる。世界の中で何よりも。16歳になった今、一番強く憎しみが育った時となった。

 

 人が歩いてその幹を一周するのに7日間かかるとされる程、巨大な白い樹。輪郭は横と縦に伸びた、ただの壁だった。

 

 白い陽を憎たらしい程その白い身に浴びて、あまつさえ、その陽光を纏って我が物とするその風体も、その白い根がまた我が物顔で地を蝕む様も、とことん憎たらしくて仕方が無い。

 

 そのくせ、燃えもしない枝ばかりを時折、槍の様に上から落としてくる。僕の足元にもいつかに落とされたそれらが地に刺さったまま。

 燃料にも暖にもならない、鋭く尖ったその枝の先端が、まるで世界を敵対視しているかの様にあちらこちらを向いている。

 

 捻くれを露わにして威嚇するこの大馬鹿世界樹。こんな名前をつけた大馬鹿野郎に一撃パンチを喰らわしてやりたい。

 

 こんな奴、悪魔の糞で十分だ。

 

 良いネーミングだと思い、とても納得した気分になって、または、隣にメイが居る事によってか、僕は心に気持ち良い風が入り込んだ気がした。

 

 そして、試しにそう呼んでみたくなった僕は、隣で同じ様に悪魔の糞を見つめるメイにした。

 

 「メイ、この悪魔の糞をどう思う?」

 

 「悪魔の糞?世界樹の事?!そんな言い方したら駄目だよ!きっと罰が当たるよ!シーアに何かあったら嫌だよ!」

 メイはその可愛らしい顔を怒らせながら僕に言い寄ってきた。その勢いで持ち前の艶々な白い髪をふわっとさせて、対照的な褐色の肌がその髪の隙間から覗いてくる。まるで、異性として見てしまっている僕の目に気づいている様で、僕は逃げる様に目線を背けた。

 

 「こんな樹が無ければ、皆幸せになってるんだ。糞でなくても、悪魔には変わりないだろ」

 真面目な目つきを取り戻して、メイを見ずに樹を見つめて僕は言った。

 

 「でも、この世界樹が世界を支えてるし、皆が生きていくには世界樹が必要なんだよ。だから、仕方無いよ」

 メイは少しずつ声を弱めながら、そう言い切った。

 

 僕はメイの表情を見ないでも、今どんなものかを簡単に想像出来た。

 きっと、困った様に眉尻を下げて、目を細めた苦笑の様にして、自分の出したい表情を隠しているんだろう、と。

 

 僕は、でもその時は、見て確かめたくなってしまった。

 きっと、隠すための苦笑であったとしても、メイは見られたく無いだろう、そんな事を理解しながら。

 

 世界樹への想いが違う僕とメイ。しかしそんな事よりも、僕とメイ、そしてもう一人の男の幼馴染リキル、僕達三人にはこれから二年間の苦行が待っている。

 その事がどうしても辛い現実として受け止めきれず、僕の心から不安や憎しみとして、まずは漏れ出しているんだと自覚をしている。

 

 でも、そんな今であったとしても隣のメイが、僕の思うメイのままでいてくれた事だけで嬉しかった。

 

 メイはやっぱり、苦笑していた。

 それはとても優しい苦笑だと言う事を、僕はずっと前から知っている。小さい頃から一緒だった僕達だけの、ささやかな証として、僕はその苦笑を同じ苦笑で受け取っている。

 

 いつまでもそうありたい。


 それだけが、今の僕の望み、期待、夢、そして守るべきもの全てだった。

 

 

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