第11話 回顧・守り人
儀式の間は古くに作られた、時の流れに蝕まれたままの洞窟。山あいにひっそりと露わにしているその入り口では、石造りの重たい扉が、儀式の時まで全ての者の侵入を拒み続けている。
メイは三日後、無事に洞窟から出て来た。
皆の前に、荘厳な色めきの装飾物をいくつも身に纏い、慎重な歩みで姿を現した。
メイはメイだよ。
シーアに言ってしまったその言葉が、こうも簡単に嘘と成ってしまうとは思っていなかった。
メイはまるで別人だった。
全てのものに笑顔を振りまいて愛し尽くしている様な、明るい煌めきの顔は、もう無かった。
鳥の囀りにも、陽の暖かみにも、風の和らぎにも反応しないでそのまま。
下の方をずっと空ろな様子で見て、何にも動じない、ただの抜け殻の様になってしまっていた。
シーアは悲しみと驚きと恐れを混ぜ込んだ様な、凄まじい顔をしていた。
儀式で何が行われているのかは、俺も分からなかった。
けれども、俺もシーアも、メイの変わり様を見ただけで、もう十分だった。
メイは変わってしまった、俺達の知っているメイはもう居なくなってしまった。
そんなメイから目を逸らし、またシーアの方を見ると、シーアも同じ思いだった事が分かった。
シーアは悲しみの涙を流し続けて、俺に抱きついてきた、まるで子供の様に。
俺はシーアを優しく受け止め、まるで父親の様に、頭を撫でて労った。
「メイが……メイが!」
「ああ……、すまない」
俺は、俺が以前言った言葉に対して謝る事しか出来なかった。それだけしか出来ない程、俺も一杯一杯になっていた。
翌日には、メイが選んだとされる者が、儀式の間に閉じ込められる。
それが誰なのかは、その連れて行かれる姿を見て分かる事となる。
俺はその日の朝から、それが誰なのかを確かめる必要が無くなっていた。
儀式を司る者達に連れられて、シーアが現れた。
シーアの姿を見かけなかった朝から、ずっと俺は祈り続けていた。どうか、シーアであってくれるな、と。それなのに──。
俺の大切なものばかりが、供物によって失われていく。
昨日までのシーアと、あの奇跡の日までのメイを、俺はどうやっても取り戻す事が出来ない。
例え、立派な守り人だったとしても、その運命から二人を守る事は出来ない。
ならば、何を守るための守り人だと言うんだ。
俺は、自分の無力さや運命を憎んだ。
月も、世界樹も壊してしまいたいと、また更に強く思った。
今の俺にその力があれば、今すぐに二人を抱えて空を舞い、存在全てを破壊する剣を以って、天から地へと振り下ろすだろう。それは何の躊躇いも無く出来るだろう。
そうやって、二つに分かれて互いに離れていく月と、それをただ静かに横たわりながら見上げるだけの橋となった世界樹を見て笑い合い、三人だけの世界へと旅立ちたい。
シーアの泣き声が、俺を妄想の世界から引き離してくれた。
シーアは、目隠しをされたまま、辺りのあちこちへと定めずに叫んだ。
「メイ!リキル!どこ!」
「シーア!俺はここだ!」
シーアへ近づこうとする俺を、父が殴って押し戻してくる。
「儀式の邪魔をするな」
冷たく吐き捨てる様な言い方で、俺に忠告をしてくる。
「シー、ア!」
それでも怯まずに向かう俺へ、父は容赦無く殴り続けてきた。
「これ以上進むなら、息子とて容赦はせんぞ」
父の拳が更に強く固まる。その指の関節の鳴る音が強く響いた。
「リキル!僕頑張るから!」
シーアの目隠しから、透明な涙の線が伸びている。
「僕、リキルとメイの為に乗り越えて、もっと強くなるから!」
いや、良いんだ、シーア。お前達二人は変わらないでくれ、もう俺の知らない二人にならないでくれ。俺はそうやって二人を守っていきたいんだ。
俺は、そう叫んでいるつもりだった。
既に、父の猛攻で地に伏していた俺は、夢の中で二人の笑顔にそう叫んでいた。
意識が戻ったのは、それから二日経った頃だった。
体はそれほど傷んで無かった。傷まない様に、父が意識を失わせてくれたのだろう。
俺はすぐさま二人の状態を村人達に聞いて回った。
メイはシーアの儀式が終わるまで隔離されているらしく、メイの状態は分からなかった。
シーアは明日には予定通り儀式を終える様で、今の所問題は無い、と洞窟の門番に聞いた。
色々な放心に疲れていた俺は、ふらふらとした足取りで、洞窟から村への道を歩いていた。
その帰路の中、俺はシーアの言葉をふと思い出していた。
僕頑張るから。
もっと強くなるから。
シーアの口から出てきた、困難へ強く立ち向かうその逞しい言葉。
まさか、いつも俺を頼りにしてばかりのシーアが、そんな事を言う様になったなんて。
シーアは、自分の運命を受け止めたんだ。
そして、前へ進もうとして、俺にそう言ったんだ。
それなのに、あいつが儀式を終えた時、こんな弱々しい俺が迎えたりしたら……。
今まで以上に辛い修行をと、俺は父に頼んだ。
俺は父に連れられ、修行の旅に出た。
何度も瀕死の傷を負いながらも、限界を何度も超えていった。
熊を片手で何体も倒す事の出来る野生の本能と、滝を何度も登りつめる事の出来る精神力と、滝から落ちても無事な程の強靭な肉体を身につけていった。
俺は修行を経ているうちに、守り人である事への誇りと嬉しさを抱く様にまで成っていた。
この俺が、と、とても不思議な事だと当時では思っていたが、それも薄れて、本物の守り人に成れた気さえしていた。
それほど過酷で、だが意味のある修行だったと思っている。
俺が修行を終えて再び村へ戻ってたのは8年後、15歳になった頃だった。
村構えは当時と変わっていなかった。懐かしい色味と花々の匂いに、俺はあの二人に早く会いたくなって駆け出していた。
皆が俺の姿を見て声を掛けてくる。
「おやリキル!こんなに逞しくなって!さすが、守り人だね!」
「立派な守り人になったな!もしかしたら、歴代で一番強い守り人になったんじゃないか!」
「守り人のお兄ちゃんだ!すごーい!」
まあ、守り人として生きるのだから、当然と言えば当然だが。
「メイ!シーア!」
俺は早く会いたくて、叫んで名を呼んでいた。
すると、俺の声に反応して二人が俺を見つけ、めちゃくちゃな笑顔で駆けてきてくれた。
「リキル!リキル、リキル!」シーアは俺に飛びついて感極まりながら叫んでいた。
「リキル!良かった!おじさんになってなくて!昔のままのリキルだぁ!」
メイも、女の体付きである事を考えてはくれず、何も気にせずに俺に抱きついてきた。
「お待たせ、二人とも。会いたかったよ」
俺も二人を抱き寄せた。
今となっては、二人を抱き寄せても両腕では隙間が空いて仕方無いほど、体格差が出来てしまっていた。
けれど、二人は、俺が知っている
それが堪らなく嬉しかった。
二人の分まで、俺は涙を流してしまい、止める事が出来なくなっていた。
こうして振り返ってみたが、やはりこの旅を止める要素は見当たらなかった。
だが、思い返している内に、正直な所、どうでも良くなっていた。
沢山の想いがぶり返して来てしまった俺は、今横にいる二人となら、どんな地獄でも笑って行ける、そう確信してしまったのだから。
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