第8話 回顧・半月


 俺とシーアとメイは、本当の兄弟の様に仲が良かった。

 

 何をするにも、この三人だった。

 メイは活発で優しい妹の様で、シーアは調子が良くて可愛げのある弟の様で、そんな二人がいつも俺を兄の様に頼ってくる、大切にしてくれる。

 メイもシーアも、兄弟の様にこの三人という世界を大切にしていた。

 

 メイの誕生日に、俺とシーアはプレゼントに何かをと計画していた。

 7日前に満月を迎えた俺達は、メイの無事を確信してそれを計画した。

 俺は、何か綺麗なものをと思い、海の底や山のてっぺんまでくまなく探していた。

 俺も例に洩れず、はしゃいでいたのだと思う。それは、俺が今回決まらなかったからではなく、単純に同じ歳の仲間が選ばれなかったでも無かった。簡単に言うのであれば、俺はメイが好きだった。

 

 

 守り人としての過酷な道、それは修行もそうだが、何よりも辛かったのはその始まりだった。生き存える道が最初から用意されていないという非道な現実を、まだ物心ついたばかりの幼い時に受け止めなければならなかった。

 父親から告げられたその道は、とても重くて、一人ではどうにもならなかった。

 俺は来る日も来る日も、何度も泣いた。

 

 色々な人が色々な声をかけてくれるが、俺には何も届かなかった。恐らく、耳にも入れられなかったのだ。あまりにも怖い現実を前に、現実めいた物全て、それがほんのりだとしても、受け入れられなかったんだ。だから声も、音も、光さえも、感じていない振りをして逃げていた。

 

 どうにもならない事と、どうにも出来ない自分だけの世界にひたすら閉じこもっていれば、いつか楽になれる、そんな気がしていた。

 

 そんな、一人で絶望に浸るしかない俺に、メイは一人近づいてきて、俺に言った。

 「一緒にいると、人間て笑顔になるんだって。リキル君の笑顔も見てみたいんだ、私」

 

 それから何度も、メイは俺を一人にさせない様にしてくれていた。

 

 後から聞いた話では、俺を一人静かにさせてあげようと、皆が気を遣っていたという事だった。

 しかしメイだけは周りが何度止めようとも言う事を聞かず、大人達に叱られようとも、何度も俺を訪れていたと。

 

 「あの子は今一人で乗り越えないといけないの。あなたはその邪魔をしているの、もう辞めなさい」

 そう言って大人達はメイを咎めていたと。

 

 「私はね、あの子の笑顔が見てみたいんだ」と、メイは笑顔で皆に言っていたらしい。

 怒られても、いくら止められても、笑顔でいたと。

 

 

 海の静かな水面にあてられてか、俺が海の底に進んで行く時も、メイは俺を追いかけて来てくれた。

 柔らかい手で、一生懸命に俺を引っ張って、俺を救い出そうとしてくれた。

 それでも、俺は止まらない筈だった。

 

 しかし俺は、足を止めていた。

 メイが苦しそうに息継ぎをしてまで、目の辺りまで海水に浸して潜ってまで、俺を砂浜へ押し返そうとしていたからだ。

 俺は危うく、メイを道連れにしてしまう所だった。その事実で我に返ると、俺はメイを抱き抱え、浜へと帰っていた。

 

 情けない、そう思えたのが何よりも救いだったのかも知れない。

 俺は、自分の情けなさを受け止めて、そんな俺自身からもう逃げない事を誓った。

 

 そして、浜の上で疲れ果てて横になっているメイに言ったんだ。

 「助けてくれてありがとう」と、笑顔で。

 

 メイは、笑顔で言った。

 「笑顔の方が、ずっと似合うね、リキルは」

 

 俺は有り難く、その言葉を受け取った。

 そうして泣く事も辞めた。

 

 それが、俺の道の始まりだった。

 そして、どうにも叶わない恋の始まりでもあった。

 

 自分を制御する一つとして、俺は手の中にあった、とても綺麗な虹色の貝殻を手で握り潰す。

 それは、メイへのプレゼントのために見つけた物。

 メイの小さな指にぴったりなサイズの虹色に光る貝殻に、ぴしっとヒビが入ったのがわかった。

 それでも強く握り、とうとう、粉々になってしまった。

 まるで自分の心も壊れてしまった様で、俺は後悔の味を口いっぱいに広げて、それを必死に乗り越えろ!と自分へ強く、何度も言い聞かせた。

 

 誕生日の昼には、シーアがメイに虹色の貝殻を渡していた。

 

 メイがとても嬉しそうに笑顔になる。

 

 それを俺は遠くから見守っていた。

 二人がその場から居なくなるまで。

 

 それで良かった、今ならそう思える。

 それは皮肉では無い、純粋にそう思えた事だった。

 

 もし、あの時にもっとメイを好きになってしまっていたのなら、俺はもう現実に立ち向かう事は出来なかったと思う。

 

 あの日の夜に輝いた悍ましい月は、そんな俺を見透かし嘲笑う様に煌めいていた。

 

 その月は半月の形から突如、満月となっていた。

 

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