第7話 回顧・供物の歳


 帰り道、ピクニック気分の賑やかなシーアとメイとは対照的に、俺はあの日の奇跡の事を思い返していた。

 今更ではあったが、あの日の奇跡が奇跡で無ければ、俺達の運命は大きく変わっていただろうから。

 俺は、その解決策の様なものを、記憶から探していた。

 最後の希望として。

 

 ──


 「じゃあまずは、世界樹についての事じゃが、世界樹の役割は何なのか位は勿論知っているな?」

 その村長の言葉に、誰よりもいち早く反応したのはシーアだった。

 「はい!村長様!世界樹様は世界を日々……痛い!」

 話しているシーアの頭に、村長の拳が振り落とされていた。

 村長は老体で腕は細く、そんなに痛みは無さそうではあったが、しっかりとしたコンッという音を、シーアの頭が出す位ではあった。

 

 村長は目をギロッとさせてシーアに吠えた。

 「この、大馬鹿もんが!世界樹に様をつけてはならんと、何度も言っておるじゃろうが!」

  

 シーアは頭を摩りながら、反論の意思を目で露わにして述べた。

 「すみません、でも村長が偉いから様が付くなら、世界樹も様を付けて良いと、僕は思うんです!」

 

 前屈みになっていた村長は、居直って長い顎鬚をいじりながら、シーアの座る地面ら辺を見つめて言った。

 「お前が何を思おうと勝手じゃ。しかし、歴史も知らんで我を通す様な横暴をわしは許さん、そう言っておるのだ、この弱小めが!」

 また村長の細い腕が振り上げられ、拳が頭にポコンッと振り落とされた。それはメイの頭が鳴った音だった。

 

 「イッタァ!」

 メイがシーアの前に飛び出して庇ったのだ。

 

 「メ、メイ、大丈夫か?」

 村長とシーアが同じタイミングで同じ事を述べる。

 

 どうして庇ったのかを二人に聞かれると、メイは「シーアの頭が割れそうだったから」と答えた。

 そんな柔らかい頭の人間に見える程、メイはシーアを弱々しい生物として見ていたのかもしれない。

 

 

 こんなどうでも良い事ばかりが思い出されてしまう。

 

 

 場を正して、村長が話を続けた。

 「世界樹は、世界の全てじゃ。広い大地も、青く透明で静かな海も、そして陽が輝く空さえも、あの世界樹と繋がっておる。そして、その空の上にはまた更なる世界があり、世界樹はそれすらも枝で支えておるのじゃ。世界樹の頭に住む夜鷺がそれを、我々人間に伝えたとされておる」

 

 「夜鷺はどんな見た目なんですか?」

 シーアはとても楽しそうに笑みで質問をした。

 シーアが、もといシーアだけが目を爛々と輝かせて聞いている。

 もう何度も聞いた話だ。勿論、シーアもだ。皆飽き飽きしている。なのに、シーアは毎度そうであった。まるで大好きな話を聞いている様な。

 

 「さあな」

 村長が残念そうに首を深く横に振る。

 

 「して、お前らに話している事の理由は分かるな?我々人間は、世界樹の供物と成るという、重要な役割を担っておるのじゃ。今年、この中の誰かが、供物の旅人として選ばれるやもしれぬ」

 

 村長は立ち上がると、一人一人の近くに行き、頭を撫でながら話を続けた。

 

 「まず、供物の者は、3と5と7の歳を迎えた夜、空に満月が輝いた女児となっている。この中でその可能性があるのは、シェリルとリンとメイだ。お前らは3と5に満月を迎えておる。今年の7の夜に、先に満月を迎えた者が供物として選ばれる。まあ、心配するな、世界樹の中では大層美味い飯を食べ続けられると言われておる、何も怖い事など、無いから安心せい。それに、供物となった者の親は村で手厚い保護を受け、また、その村は豊作の年を迎える事になる。大層に有り難い事なのじゃ、供物に選ばれるという事は」

 そう言って、村長は笑みを皆へ向けた。

 

 「そして、供物に選ばれた者は一人の男児を、ある理由で選ぶ事になっておる。そこは、供物の者にのみ伝えられる事じゃ。その選ばれた者も同じく、供物の旅人と成る。もう一人は、守り人の家系から一名と成る。その点は、リキル、お前ただ一人だ。守り人の跡継ぎが他の村からも中々来なくなった、この村では最後の守り人、そして供物の旅人となるやも知れぬ。その時は、しっかりと頼むぞ」

 村長は一人で深く頷きながら述べた。

 

 もう少し生まれるのが遅ければ。ここにいる皆がそう思っていただろう。俺以外は。

 

 そして、供物候補の者達が7歳になった夜を迎えてゆく。

 

 最初はシェリル、次にリン。

 どちらも半月に満たないものだった。

 月の満ち欠けは徐々にではある為、迎える数日前には既に結果を知っている。その二人もまた、誕生日の数日前に満月を迎え、安心しきっていた。

 

 守り人の末裔である俺は、今年決まらずとも、いずれ誰かが決まれば行く身であるという事に変わりはない。

 だからか、そんな安堵を曝け出す者を侮蔑していた。いや、憎しみだった。そして憎しみの理由も、本当は自分で分かっている。

 

 シェリルもリンも、まだ結果の出ていないメイの前ではしゃいで喜んでいた。勿論、俺の前でも。

 しかし、そのメイは呑気なもので、そんな二人に付いて回って一緒に遊んだりしていた。供物の話が出ても、何も気にしていない、と言うより、何も考えてない様子だった。

 

 まあ、メイらしいと言えば、その通りではあった。

 

 そして、メイは誕生日を迎えた。

 

 その7日程前には満月だった。

 メイは相変わらず、何も気にしてはいなかった。

 

 

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