第4話 白い世界


 

 「な、なんだ!」

 そう叫ぶシーアの声など誰にも届かない程、酷くうるさい音に見舞われた。

 俺は、帰りの方向を指差しで伝えたが、二人は耳を押さえて蹲っているばかりだった。

 

 先が思いやられる、本当に心配になってきた。

 

 俺は二人の腕を引っ張り上げて、走り出させた。

 近くで、世界樹から降ってきた枝が地面に突き刺さった。そしてその枝が凄まじく甲高い、金切り声の様な音を、強烈な大きさで発した。

 耳は音にやられ、痛みが鋭くなる。

 

 枝の鋭利な先端が、白く輝きこちらを睨んでいる様だった。

 こんなものくらったら、一撃であの世行きだ。


 まるでこちらを狙っているかの様に、横から落下地点が迫ってくる。

 「もっと早く走れ!」

 そう叫んで、二人を強く引っ張り、俺達は振り返る事無く、逃げる様に走り続けた。

 

 二人を引っ張る腕で、その二人の駆ける力を感じて無事をまた感じる、それだけで精一杯だった。

 

 少しずつ、音が遠くなっていった。

 

 音で耳を痛めない位の距離まで来ると、白味掛かった木々と地が漸く途切れて【白い世界】は終わり、元の緑と茶に満たされた世界へ戻ってきた。

 

 

 音からは大分遠ざかったが、まだ止んではいなかった。

 後ろを振り返ると、木々の隙間で白い輝きが未だ生まれていた。

 

 「二人とも、大丈夫か」

 俺は二人を守る使命があるにも関わらず、不覚にも少し息を切らしてしまっていた。世界樹が作る白い世界の空気は、何かが違っていた。重く、或いは、力を奪われていく様な、そんな感覚だった。

 

 「はぁ、はぁ、危な、かった!」

 「怖、かった」

 二人はもっとへばっている。

 

 逃げるのがもう少し遅れてしまっていたら、或いは、二人のうちどちらかが転んでしまっていたら。

 想像の中で、無惨にもメイとシーアが、白い枝に串刺しとなった。

 

 くそ……、こんな力じゃ二人を守れない。

 

 拳を強く握っても、想像の二人は消えてくれない。

 今日まで先人の厳しい修行を耐えてきたが、その先人は今日になって不穏な事を俺に言った。

 

 「今日までの修行は、人間に出来る最大限の努力だが、それは旅の底辺にすら届かない程のものだ」と。

 

 この手で何体もの熊を仕留めていても、巨大な滝を素手で何度も登り切っていても、俺の手は実際に、先の雄叫びを聞いてからずっと震えたままだった。

 更に力強く握り、その震えを抑え込むのに必死だった。

 

 「おい、リキル、大丈夫か?」

 一人で思いふけていた為、シーアが心配してしまった。

 

 「ああ、何も問題は無いさ」

 何も。これが俺の使命。

 

 何事も無く、二人を無事に送る。

 

 二年後の月が輝く時に二人を、あの忌々しい世界樹へと。

 

 それが、守り人である俺の使命であり、俺の人生の、最初で最後の役目だ。

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