第3話 リキルの前夜


 糸に糸を重ねる。その糸を優しく擦って、俺は音を立てている。世界樹の白い世界で、二人を待ちながら。

 

 パーンと高く鳴るその音は、空から優しい何かが降りてくる様な、とても気持ちの良い音だった。

 何度も音を立てていると、その優しい奴か何かが俺を見つけて、この悲惨な世界から救いに来てくれる気さえしてくる。きっといつか、と、俺はそんな事を願って音を立ててしまっていた。

 

 糸は、そこらへんに落ちていた世界樹の枝を擦り合わせたら偶然出て来た糸で、人の力では切る事の出来ない頑丈なものだった。

 その糸は陽によって白く輝く。とても綺麗な白い輝きが、元があの忌々しい世界樹である事を隠すかの様に、その煌めきを見る者に強く放つ。

 


 世界樹、お前は本当は──。

 



 「リキル、お待たせ」

 シーアとメイが漸く帰ってきた。シーアもメイも割と元気そうで少し安心した。

 

 「どうだった、世界樹は」

 旅立ちを明日に控えた俺達には、もう現実から逃げる時間なんて無い。その忌々しい事全てに、俺達は慣れていかなければならなかった。

 だから、俺は敢えてその世界樹の話を、誰よりも先に口にした。俺が平然としていれば、こいつらも少しは安心するだろう、そう思って。

 いつも俺が兄貴分でいるから、という事が大きな理由だったかもしれない。

 


 「大した事無いな、まるで悪魔の糞だ」

 

 「シーア!だからそんな事言っちゃ駄目だってば!」

 

 二人の姿を見て、俺は思った。

 不謹慎だと思ったが、そう思えて仕方が無かった。


 

 白い髪を輝かせる褐色肌のメイと、それとは対照的なシーアの姿。

 シーアは褐色の髪と白い肌。

 まるで、元々一つのものだった様な二人。雰囲気も似ていて、極論で言えば良い夫婦の様な二人。

 

 不謹慎だと思ったのは、二人が相性の良い仲だ、という事では無かった。俺達が旅に出なければならなくなった事に、運命以上の何かの意図を、俺は感じていたからだった。

 

 

 もしかしたら、呑気に話すこの二人も、そう思っているのかも知れない。


 あの夜の奇跡を、誰もが願っていない不幸なあの奇跡を、俺達は見てしまったのだから。


 

 「リキルも聞いた事あるだろ?世界樹の歌の話」

 

 考えにふけていた俺は、シーアの話を聞かず咄嗟に話を合わせた。

 

 「あ?ああ」

 

 ああ、世界樹の歌の話か。あれはシーア、お前が考えた話だったな。

 

 咄嗟に合わせていて良かった。

 

 「リキル、歌は練習すれば上手くなるかな?」

 

 「なれるさ!絶対!」

 俺は柄にも無く、シーアみたいな笑顔をして、メイに答えた。

 

 メイ、お前もこの話、何回も聞いているだろうに。

 

 本当に。本当にお似合いだよ、二人は。


 そんな笑顔を交わすだけの他愛もない時間ですら、奴は許さなかったのかもしれない。


 

 突然、世界樹の方から大きな音が響いた。

 それは俺の知っている音だ。

 

 大きな化け物が雄叫びを上げている様な、くぐもった叫びの様なもの。

 地面がそれに振動している。



 それに加えて、バリバリと何かが落ちて割れる様な音が、とてつもない騒がしさとして襲ってきた。

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