第2話 メイの前夜


 

 シーアは世界樹を見てから、いつもの元気を忘れてしまったみたいだった。

 もう明日には、私達は出発する。今日で、私達の【普通】というものが終わる。どんなに嫌だと言っても、どれほど偉い人に頼んだとしても、もうそれは変わらない。

 

 シーアも私も、何も話さないままの道を歩いた。

 そんな道を二人で歩いたのは、喧嘩した時ぶりだった。

 

 私達三人は、明日から二年の間、世界樹への契りの巡礼をする。

 

 シーアと私とリキル、幼馴染三人組で仲良く遠足に出かける様な世界に、神様が間違えて切り替えてくれないかな、なんて、ここ最近ずっと逃避してしまう。

 

 それほどまでに、本当は嫌だった。頭と口は仕方無いと納得した風でいても、心だけはどうにもならなかった。いや、本当は納得するつもりも無いんだと、自分では分かってる。

 だから、そんな心に気付いても気づかないふりを咄嗟にする様に努力した。

 二人を悲しませない様に。

 

 「メイ、こんな話知ってる?」

 もう既に笑みが溢れているシーア。

 

 「何?」

 良く聞こえる様に、耳に掛かる髪をかき上げた。

 

 「あのあく……いや、世界樹の中には、本当は大きな宿があるらしいんだ。その宿では毎日、めちゃくちゃ美味しいご飯が出されて、そんで夜には、あの大きな中全部を使って、綺麗な歌声の合唱大会が開催されてるんだって!」

 シーアは自慢げに、熱心に話してくれた。

 

 「え?!合唱大会?私歌うの好き!」

 私は本当の笑みで答えた。

 

 「だろ?でもあの中の奴らは相当、歌が上手いらしいぞ。下手したら、メイでも勝てないかもな……」

 

 「え?!そうなの?何で中の人達が上手いって分かるの?」

 

 「聞いた奴がそう言ってたんだ、あの樹から歌声が聞こえるって!」

 

 「え?!そうなの?!」

 私は本当に驚いていた。

 きっと、シーアが語尾を強くしてくれたから。だから私は本当にそう思えてきて、嬉しくなった。

 

 「そうさ!だから……」

 シーアが突然、私の目を見つめて来て固まっていた。

 

 そして、感じる程の視線となって、私の頬を伝い、唇に止まるのを、私はただ見つめていた。

 

 ここで?!キ、キス来るの?!と私の何かが一瞬で登り詰めて行くのを感じながら、どうしたら良いか分からない一瞬かまたは長いかに、心を揺さぶられていた。

 

 「歌、歌いまくってもっと上手くなろうな!」

 シーアが、満面の笑みでそう言ってくれた。

 

 キスでは無かった事実に、あたふたした心を引っ込めたまでは良いものの、妙に背筋が良くなってしまっていた私は、真面目な顔になっていた事を気づかずに答えた。もう、答えるだけで精一杯だった。

 

 「う、ん、そうだね」

 

 シーアはそれでも、私の反応に変だとも思わずに、なっ!と頷いて、また私の前を歩き始めた。

 

 まだ、さっきの余韻が治らずに、歩く度にふっと変な息が出てしまう。こんなにも、心と体が火照ってしまうなんて。してもいないのに、これほどだなんて。キスって凄いものなんだ、と、無言の道のおかげで、一人静かに納得出来たりした。

 

 キス、これからの二年間だけで出来るかな。でも、今まで十六年も一緒にいて一度も無いって事は、難しいかな。でも、最後の最後に、勢いでなら、なんて一人でもやもやとしていた。上がったり下がったりする体温を実感しながら。

 

 これも、私の一つの覚悟だった。

 

 色々な事を、今だけしか無い事として、一生懸命にする。

 

 そうして、一つも残さずに二年後の私にプレゼントする。

 

 それが、私から私に出来る最後のプレゼント。

 

 二年後には、あの世界樹への供物として、世界樹に身を食べられる運命に従う、私への。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る