第二章 執行・奇襲
第6話 君は好き
「ザラ殿。僕のやりたい事、あなたなら分かってくださるでしょう」
大雨が降り注ぎ、外の様子を一ミクロンも伺うことができない部屋の中。
デスクとチェアの間に点在する男は、スマホを耳に当て苛ついていた。
長い茶髪に女のような顔。年を感じさせる肌のやつれ具合。
スーツ姿の男は、無数の雨粒を蒼い瞳に映した。
『ヤマト殿、貴方の言い分も分かります。しかし、私たち企業が地球連邦軍に勝とうなど愚かが過ぎます』
「ゲヘナは宝箱だ。この宇宙で唯一のね。宇宙は人類全員の物、宝箱は分け合うのが妥当だろう」
男――ホシノ・ヤマトは苛立ちを増幅させた。
地球連邦軍は名の通り、地球で組織された国の同盟軍。その力は宇宙全土で恐れられる、誰も手出しできぬ存在だ。
「だが奴らはどうだ? ゲヘナ政府などという政治家モドキ共を置いて、アダマン鉱石を地球にプレゼントしているだけじゃないか」
『それは私達も似たような物だろう』
怒るホシノへ、受話器越しのアキラはため息交じりにそう告げた。
「……まぁ、無駄話はこれくらいにしよう。今日は君に依頼をしたいんだ、親友よ」
雨は強まる一方。
住宅街には、警報が発令されていた。
◇
「リーアー!! ねぇ開けてよー!! 声真似した男の人じゃないよー!! 正真正銘のアッシュだからさー!!」
雨音で目覚めた矢先、リアはドア越しからでも聞こえてくる声で完全に覚醒した。
わざわざ言われなくとも、その元気が良すぎる声だけで誰かは想像がつく。
「はいはーい……」
蹌踉めきながら、重い足取りで玄関へと向かった。
自動ドアを開けると、案の定、アッシュがそこには立っていた。
今日は一段と包帯の巻き方が雑である。
「仕事……?」
「ううん!」
「じゃあさようなら」
「あーっ!! ストップストップストップ!!」
叫ばれ、ドアを施錠する手を止めた。
リアの顔はこの上なく歪んでいる。
「バディなんだからさ、仲良くしようよ」
「……仲良く……か」
地球に居た頃、高校や大学では友達は少なかった。というより、いなかった。
何が原因か、リアには理解不能であったが友達が出来たことが無いのは事実である。
「今は帰ってくれないかな」
「えぇー?! なんで?! あたし達バディじゃーん!!」
ゆっさゆっさと身体を揺さぶられ、リアは眉間にシワを寄せた。
怒る気にもなれないが、そろそろ鬱陶しい。
ゲヘナに来てから、人と接することを極端に避けてきたせいか、どんな話をすれば良いか分からない。
その悶々が、リアを更に苛立たせる。
「……何の用?」
「一緒にご飯食べに行こう! 朝ごはん、まだでしょ?」
そんな誘いをされ、リアは更に顔を顰めた。
食事は基本、一人でしたい。今でこそ誰もいない時間帯を見計らって食堂に赴くのに、誰かとともに行くなんて……。
リアは中々首を縦に振れなかった。
「……ねぇ……リア。あたしのどこが嫌い?」
「は――」
突然、しょげた声で聞かれた。
少し俯いて言うその様は、先程までの彼女が別人のように思えるほど悲哀に満ちていた。
リアは混乱と底知れない罪悪感で沈黙してしまう。
「……ね、お願い。答えて」
両手をぎゅっ、と握られて問い詰められた。
嫌い――では無い。
むしろ、他の人間に比べたら幾分もマシだ。
人の事を考えきちんと生きている感じが雰囲気から分かる。
リアは少し怖いのだ。
彼女と接して顕になる、自分の愚かな一面を見ることが。
「い、いや。別に嫌いじゃない。……というか――」
思い切って口にしてみる。
「むしろ……私は好きだよ、君のこと」
少し目を逸らしつつ、リアはこそばゆそうに言い放った。
アッシュの目が丸くなり、固く握っていた両手が糸のように解かれた。
「……ほんと?」
「う、うん。ほんと。だって――」
理由を話そうとした直後、何か大きなモノがぶつかってきたかと思えば、アッシュに抱きつかれていた。
「嬉しいっ!!」
弾んだ声で言う彼女。表情は分からないが、声音からして暗い顔は絶対していない。
「ちょ、ちょっとアッシュ……!」
周りに人はいないが、これを見られたら流石に堪える。
そう思い引き剥がそうとするも、彼女の力が強すぎてできなかった。
「あたしの事、そんなふうに思ってくれる娘なんてはじめて。嬉しいなぁ……!」
噛み締めるように言い、リアの服にくしゃ、とシワを寄せる。
暫く抱かれ続け、ようやく解放された。
彼女の匂いが服についたのが、嗅がなくても分かった。
「んふふー……好き、好きかぁ……! えへへー」
アッシュは明後日の方向を見ながら、そんな事を吐露していた。
"好き"と言われた事が堪らなく嬉しいらしい。
その姿から、リアは何となく察する。
――彼女が腕に包帯を巻いている理由を。
◇
滅多に雨の降らぬ荒野に降り注ぐ雨は、未だ止まない。
リアは自室の窓の外を眺めながら、途方に暮れていた。
「……」
惑星ゲヘナ。通称は『クズの吹き溜まり』だったり、『底辺の溜り場』だったりとバリエーションが豊富。
だがいずれもその意味は"ゲヘナにはクズしかいない"事を示している。
――はずなのに。
リアはどうしても、アッシュの事を単なるクズとは思えなかった。
(……どうしたんだろ、私)
借金の事しか頭になかったのに、他人のことを考えるなんてどうかしていた。
リアはデスクに顔を突っ伏せ、その冷たさに身を預ける。
部屋にはパソコンがあるが、特段、何かを見る気にもなれない。
彼女の日常は、いつだって空虚だ。
それが堪らなく嫌でリアはまたため息をつく。
そんな彼女に同情するように、建物中にアラートが鳴り響いた。
仕事の時間だ。
◇
パイロットスーツに着替えてから格納庫に向かうと、そこにはアキラの姿が見えた。
格納ベースごと移動していく《プライド》と《ブレイヴ》を眺めながら、深刻な表情を浮かべている。
「……社長……?」
「あぁ、君か。早かったじゃないか。バディはどうした?」
「いえ……まだ」
アキラは「そうか」と息を吐くよう言ってから、再び聳え立つ二機を見据える。
彼の言動はいまいち掴みどころがなくて、人間じゃない何かを見ている気分になる。
「すいませーん!! 遅くなりました―!!」
アッシュの声が聞こえ、リアはそちらに視線を移した。
するとそこには、豊満な胸元を大胆にはだけさせたまま駆けてくる彼女の姿が。
「アッシュ!!」
リアは紅潮しながらアッシュに詰め寄り、雑に着せられたパイロットスーツを手早く整えた。
「わぁ、ありがとう」
「『ありがとう』じゃないでしょ……!? 男の人がいるのよ……!?」
アキラは顔を逸らしているものの、ここには
「んー? リア、あたしの胸見て興奮したのー? えっち」
「違う!!」
にやにやしながらそう言われ、引っ叩きそうになったがぐっ、と押し殺した。
「仲が良さそうで何よりだ」
アキラは表情筋を一切変えず呟き、二人に歩み寄ってきた。
「仕事の話をしよう」
きっぱりそう言い切られ、リアは肩を竦めた。少しだけ、彼の冷たい声音が恐ろしかったからだ。
「今回我が社に依頼してきたのは、軍事企業のヤマト・ミリタリー。私の戦友が経営する会社だ」
アキラは一息置いてから、仕事の内容を淡々と語り始めた。
軍事企業からの依頼――耳に入れただけで、過酷なものであると瞬時に察せる。
ヤマト・ミリタリーとは、ゲヘナで一位二位を争う会社。多くのストライフを有し、ゲヘナの公転衛星にも私有地を持つ花形企業である。
ザラ社と肩を並べるヤマト社からの仕事だ。きっと、碌でもないものに決まっている。
「彼は無茶苦茶だからね、驚くかもしれないが心して聞いておくれよ」
リアは固唾を呑む。
その傍ら、アッシュは彼女と距離が近いのを良いことに頭皮の匂いを嗅いでいた。
「今回の仕事は”スペースコロニー落とし”だ」
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