第11話 宇宙の下で



 輸送船は、あの戦闘以降何人の襲撃も受けること無く、着々と目的地へと向かっていた。


 船内はゆったりとした空気が流れており、クルーもパイロットも、皆リラックスしている状態であった。

 整備班も、今回は派手に大破した《プライド》の修繕も無いため、団欒を楽しんでいた。


 リアはと言うと、いつの間にか眠ってしまっていた。

 ぱちり、と目を開ければ少し肌寒い。

 服も着ずに眠ってしまっていたらしい。


 外の様子を確認するべく立ち上がろうとすると、何者かに腕を引かれた。


「リアぁ、起きるのぉ? もうちょっと寝てようよぉ」


 隣で眠っていたアッシュが、目を擦りながら駄々をこねた。

 リアは呆れるように嘆息を漏らす。

 あの後、この女は自分を押し倒した上、抱き枕代わりにして眠ったのだ。

 抗えず眠るしかできなかったのも悪いが、おかげで変に身体がだるくなった。


 リアは蒼いタートルネックと黒のジーンズを纏い、目を覚ますべく洗面所で顔を洗う。


 滴る水滴を拭き取ってから部屋に戻ると、まだアッシュは寝ていた。


 えらく静まり返っていた。

 しつこいアスハの追撃も、時間から鑑みるに当分無かったと思われる。


「……アスハ――」


 奴ら『金属加工会社アスハ』の目的。

 リアはそれが気になって仕方がなかった。


 いくら競争に負け落ちぶれたと言え、あそこまで執拗にアダマン鉱石をつけ狙う必要はないはずだ。

 とっととゲヘナから撤退して、地球や火星にでも行けば良い。それができないほど、世界情勢は悪くない。



 もし仮に。

 アスハがこんなにも自暴自棄になっている要因に


 ――リアは怖くなって、考えるのをやめた。


 ふと、窓の外を見てみれば、随分と変わった景色が広がっていることに気がつく。


 そこは、一面の野原。気が狂う程に緑が生い茂る、翡翠の波紋が漂う美しい草原のど真ん中に、一つだけ異質な人工物が建っていた。


 四角い建物を根本とし、曲線を描きながら天を貫く鉄のレール――マスドライバーだ。


 ようやく辿り着けたのだと、リアは心底安堵した。


「アッシュ。着いたよ」

「……ついたぁ……?」

「マスドライバー。今から宇宙に行くのよ」


 アッシュはぱちり、と目を開き、むくりと起き上がって窓の外を見る。


「宇宙か……なんだか懐かしいな」

「懐かしいって」

「あたし、地球出たの結構前なのよ? リアと違って悪い子だもん」


 アッシュは自慢と自虐の混ざった、複雑な表情で窓の外を見据える。


 船はマスドライバーの発射施設に入港し、そのまま稼働を停止した。

 船内が大きく揺れる頃には、窓の外から見えるのは、冷たい無機物で造られた人工の壁ばかりであった。


 暫くは待機だろう。

 マスドライバーは電磁誘導を用い、物体をレールの上で超高速移動させてから空に放つ代物だ。あまり船内を彷徨くのは得策ではない。


「……コロニー、落とすんだよね」

「そうだよ。今更引き返せないんだから」


 アッシュは語気を強めて言った。

 引き受けた仕事を放棄するのはクズのやる事。だけど今回の仕事は、どうも気が引ける。


 コロニーを、それも地球連邦軍所有のコロニーを市街地も沢山あるゲヘナに落とすのだ。

 どんな問題が引き起こって、どれだけの人が死ぬか、リアには想像もつかない。


「リア、しっかりして。借金返すんでしょ」

「……っ」


 アッシュにそんな事を言われて、リアはほんの少し前の己の行いを悔いた。

 

 これではまるで――みたいだ。



 でも、返す言葉も見つからず、リアはただ頷くしかできなかった。


「大丈夫。あたしは、リアの味方だから。あたしだけは、リアを見捨てたりなんかしないよ」


 そう言って、彼女は優しく頬を包みこんでくる。

 アッシュの手は奥深い温かみを持っていて、懐かしさが全身に染み渡ってくる。


『只今より本艦は、マスドライバーにより射出されます。準備完了までクルーとパイロットは艦の外にて待機してください』


 艦内アナウンスが流れる。

 マスドライバーに着いたからと言って、いつでも宇宙に行けるわけではない。


 レールガンという、目にも留まらぬ速さを実現できる機構で船を射出するのだ。船を専用の荷台へ接続し、気候や風向きなども考慮して安全性を確保しなければならない。

 高性能な宇宙船ならこんな事をする必要無いのだが、生憎、ゲヘナにそんな物は無い。


「リア! 自由時間だって!」

「……ここ何もないでしょ」


 射出施設に娯楽があるようには思えない。にも関わらず、アッシュの目は、まるで遊園地にでも来たかのように煌めいていた。


「早く降りよ! ほらはーやーく!」

「……」


 リアはアッシュにされるがまま、船を降ろさせられた。


 射出施設はこじんまりとしていた。広い格納庫、という印象を受ける。

 管理しているのはホーク鉄鋼会社という有名企業。《プライド》と《ブレイヴ》を作ったのも、その会社らしい。

 此処を選んだのは、ザラ社とホーク社の結びつきが強いというのもあるのだろう。


「君ら、ザラ社のパイロット?」


 作業服の男性に声をかけられ、リアは視線だけを向けた。


「もしかして姉妹ディヴィのパイロットだったりする? ほら、赤と青の」


 どこを見てそう思ったのかは知らないが、その通りなので頷いた。アッシュは元気よく「その通りでーす」と答える。


「どうだい、うちのディヴィは。中々だろう。ザラ社長に『これからもご贔屓に』って伝えておいてくれよ」


 作業服の男性は、爽やかな笑みを浮かべながら去っていった。

 言ってることは結局『うちの会社を儲けさせてくれ』という意味合いだが。


「リア、あたし以外には凄い怖い目するよね」

「……だって、ここゲヘナにいる人間なんてみんなクズだから」


 アッシュは何故か悲しそうな顔をして、再び尋ねた。


「リアも?」

「……当たり前だよ」


 リアは唇を噛む。

 やっぱり認めたくない――というのが本心だが、認めざるを得ない。


「……そっか。まぁ、リアがそう思ってるなら、あたしは無理に『違うよ』なんて言わないけど」


 アッシュは案外あっさりしていた。

 もっと必死に否定してくると思っていたが。



 ◇



『ヤマト社長。マスドライバーに無事到着しました』


 基地で業務に勤しんでいたホシノは、アジンからの通信を得て目の色を変えた。


「アスハを退けられたようで何より。僕もこの目で見たい所だが、宇宙まで行く手間も馬鹿にならないからね」


 ホシノは肩を回しながら、少し嫌味を混ぜて言う。


『……ヤマト社長。お聞きしたいことが』

「何かな」


 彼女の真剣そうな声音を嘲笑うよう、瞳を細めながら答える。


『弊社の《エンフォース・ディヴィ》のパイロット――ゲバルト・ローズについてですが……』

「あぁ、彼か。僕だって素性くらい把握してる。何か粗相をしたかな?」

『いえ。……社長も彼が殺人鬼ということは、把握済みで……?』


 ホシノは少し苛立ちながら言う。


「無論分かってるさ。火星の都市 クレータセカンドでの無差別猟奇殺人事件の犯人。大人を五人、子供を三人無惨に殺した」


 長々と言い切ってから、更に付け加える。


「今更気にすることかな、それを。ゲヘナは人間の集まりだ。クズと形容し難いくらいの悪かもしれないが、恐れた所でどうしようもない」

『……ごもっともです。失礼しました』


 アジンとの通信が途絶え、ホシノは気分転換ついでに席を立った。

 久々の快晴。マスドライバーを使い、宇宙へ発つには最適な日だ。


「……待っていろ連邦軍。お前らが見放したディヴィという機体が、自らの首を討ち取りにいくぞ」


 ホシノの瞳は、鋭く、鈍く、ゲヘナの青空に昇る恒星を見据えていた。



 ◇



 射出施設ではザラ社を歓迎するべく、食堂が自由に使えるようになっていた。

 何も無い、と思っていたリアにとっては、驚くべき事実だった。


「リア、お腹すいてる?」


 そう聞かれ、リアは少し恥ずかしそうに首を縦に振る。


「奇遇。あたしも」


 食堂に入ると、自由開放されているにも関わらず、中は閑散としていた。


「ザラ社の人? 好きに持ってって」


 カウンター越しの人間は適当に彼女らをあしらい、速攻奥へ戻っていった。


「色々あるね。あたしこういうの迷っちゃうんだよね」

「アッシュってあんま食べないでしょ」

「うん。男の子ほど食べられないかな」


 そう彼女に聞いたリアは、気まずそうな顔をしてプレートを取る。

 バイキング形式になっていて、いろいろな料理の中から自ら選んで食べることが出来る。


「リアは細すぎるから、もっと食べたほうがいいよ!」

「……! だ、だよね!」


 ウエストを触られながら言われたリアは、どことなく嬉しそうだった。

 アッシュの表情が状況を掴めていない猫のように変わる。



 その後、二人は料理を選別し席についた。


 アッシュはポテトサラダとパン、スパゲッティを。

 リアは大盛りの焼き飯と焼き豚、粉吹き芋を選んでいた。


「おー、いっぱい食べるね」

「……こんなご飯久しぶり……!」


 目をキラキラさせながらスプーンを持ったリアは、女の子らしい、艶やかな笑みを浮かべた。


「……リア、そういう顔できるんだ」


 アッシュは自分のものには手を付けず、幸せそうに食事を頬張るリアの事を、愛おしそうに眺めていた。

 



 

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