第12話 空の上で



 食事を終えた二人の元に、一際目立つ人影が接近してくる。


「よう、ザラ社のパイロットども」


 荒々しい口調で彼女らを見下ろすのは、いつしか出会った男――ゲバルトであった。


「……知り合い?」

「ヤマト社のパイロットだって……名前は――」

「ゲバルトだ!!」


 リアが説明する前に、彼は親指で自己主張しながら大声を張り上げた。


「青いのが《プライド》、赤いのが《ブレイヴ》のパイロットだろ? 機体と色が真逆だな!」

「……行こう、リア」


 急に不機嫌そうな顔になったアッシュに引っ張られ、リアは立ち上がる。

 確かに失礼だ。いきなり現れるや否や、人の髪色を弄るなど。


「おい待てよ。オレ様は別にお前らをからかいに来たわけじゃねぇ。


 彼の顔が、先程までの下品さが嘘かのように真剣な物へと変わる。


「……リア!」

「待って……聞こう。役に立つかもしれない」


 アッシュは、この上なく残念そうに頬を膨らませたが、渋々諦めた。

 二人の様子を見て、ゲバルトは話を始める。


「オレ様達は、いわば地球連邦軍に喧嘩を売りに行くわけだ。コロニーを落として、こっちの力を見せつける――社長の目的はそれだ」

「……それが何」

「オレ様達を邪魔しに来るのは誰だ?」


 そんな物、地球連邦軍に決まっている。

 ゲバルトは椅子に座り、脚を組んだ。蹴られたらひとたまりもなさそうな、強靭な脚だった。


「連邦でしょ。あいつらは、自分の不利益になることはすぐ排除するもの。滅多に動かないクセに」


 アッシュが厭味ったらしく言えば、ゲバルトは「そうだ!」と言いながら身体を起こす。


「当たり前だよな……でも、お前らはさっき既に邪魔されたよな。


 リアははっ、とした。

 あの戦いの後、自分が密かに考えていたことを瞬時に思い出す。


「アスハ社は何で邪魔しに来たんだろうなぁ? あいつらはアダマン鉱石を執拗に欲してるだけなのによ」


 ゲバルトはにぃ、と笑う。

 もう既に結論が出ている顔だ。


「アダマン鉱石を今一番欲してるのは、ゲヘナの企業でも、アスハ社でも無い――地球連邦軍なんだよ」

「……!!」


 アッシュの顔色が変わった。

 ――地球が嫌い、と言っていたか。この変化はそれが要因かと、リアは密かに思う。


「まァ確定ではないが、オレ様は絶対アスハ社の件は地球連邦軍が裏で絡んでいると思っている。だから宇宙に出たら、相当厳しい戦いを覚悟しなきゃならないかもなァ」


 要は、連邦軍と手を組んだアスハ社の相手をすることになるということ――。


 リアは身震いした。

 連邦軍とまともにやり合って、勝てる企業はゲヘナにいない。


「あとよ、お前ら、もしもを見たら教えろ」

「……白いディヴィ?」


 ゲバルトは付け加えるように言う。


「あぁ、あいつはオレ様の獲物だからな」


 意味深な事を言い残し、ゲバルトは席を立った。


「……さァ、宇宙への楽しい遠足と行こうか」



 ◇



 ザラ社の輸送船が、マスドライバーの上へ設置された鉄板へ固定され、微動だにせずその時を待っていた。

 静まり返っていた射出施設では、マスドライバーへ着々とエネルギーが集中している。


『マスドライバー、エネルギー充填率七十パーセント。発射まで推定、残り三分』


 冷徹なアナウンスと共に、マスドライバーへ電流が流れ磁界が生まれる。


『エネルギー充填率九十七……八……九……パーセント。発射シーケンスへ移行。搭乗者は衝撃に備えてください』


 迸る電流とそれによって生まれる磁界。


 そこに電気が流れた時、凄まじい力が刹那の間生まれる。



『マスドライバー、稼働』



 ――轟!!



 空気が割れたかのような音と共に、保護シェルに包まれた輸送船は射出された。


 エンジンを全開にし、後部からは蒼炎がありえない量吹き出ている。


 美しいまでの軌道を描きながら、保護シェルを分離。

 やがて曲線に差し掛かり、船は宇宙へ向かって一直線に昇ってゆく。



 マスドライバー稼働からものの数秒後、輸送船は空の彼方へと消えていった。




 ――窓の外には、どこまでも広がる深い深い、暗黒のような世界が伺えた。

 薄鼠色に包まれたゲヘナの厚い雲を、暫く見ることはないだろう。



「ぅっ……おぇぇ……」



 リアは宇宙などそっちのけで、襲い来る吐き気に耐えていた。

 アッシュに笑われながら背中を擦られている。


「リア、こういうの弱いタイプ? ジェットコースターみたいで楽しかったじゃん!」

「次元が違う……」


 普段からこういう仕事に慣れている人間は酔いなど気にしたことが無いのだろう。


 ゲバルトに見られたら、彼女の数十倍は笑われそうだ。



「そういえば、あの無愛想社長からメッセージ。作戦内容らしいよ」

「……遅」


 リアは思わず文句を漏らす。

 ふらふらになりながら立ち、アッシュに寄り添いながらベッドに腰を掛ける。


 そして彼女が再生したホシノの音声を聞く。


『本作戦参加中の者へ通達する。これを聞く頃には、君たちは宇宙に居ることだろう。

マスドライバーで射出され宇宙に出た地点から、ものの数時間でコロニーに到着だ』


 ホシノは淡々と話していた。

 録音音声を送ってきた――これに深い意味があるのか、無いのか。


『肝心なコロニーの落とし方だが……あそこは外部の守りが厳重だ。反面、人手不足もあるんだろう。内部の守りは手薄になっている。

外の敵を排除し、誰かが中に侵入する隙を作れ。……中に入る役は《プライド》が適任だと思うが、まぁ、話し合ってでも決めてくれ』


 リアは顔を顰めた。

 ――自分が重役ではないか。

 口には出さなかったが、代わりに顔へその気持ちを全面に出す。


『僕は用ができた。暫く席を外す。――無事に落としたかどうかは、言わなくても分かる』


 その言葉を皮切りに、音声再生が終わる。


「……さぁ、リア。準備しようか」

「……うん」


 アッシュに言われ、リアはやりきれない気持ちを押し殺した。


 ――人がたくさん死ぬ。

 でもそれは、自分が生きるためには仕方のないことなのだ。


「……リア、余計な気持ちは捨てよう。じゃないと死ぬ……相手は連邦軍だもの」


 真剣な顔つきで彼女を諭すアッシュ。

 そう、人が沢山死ぬ以前に重大なのは”相手が連邦軍”ということ。


 それは今後も引き摺る事となるだろう。この作戦が成功すれば、連邦軍は間違い無くゲヘナの企業を敵と認定する。


「……行こう」


 囁くように言い、重い腰を上げたリア。


 そのまなこは恐ろしく鋭く、細々とした瞳孔から確固とした覚悟が感んじられた。



 ◇



 作戦開始が近づいてきた。

 目標コロニーの半径三〇〇キロメートルに輸送船が到着した後、《プライド》を筆頭とする突撃用のストライフ部隊を投入。活路が切り開かれれば、後のストライフを全投入するという粗い作戦だ。


 格納庫を訪れたリア。パイロットスーツ越しの胸に手を当て、落ち着きの無い心臓をなだめた。


「緊張してんなァ。お前、確か宇宙での戦闘経験はないんだっけか?」


 同じ格好のゲバルトが、余裕そうな笑みを見せながら話しかけてくる。


「……あなたは何なの。私がそんなに気になる?」

「仕事仲間を気にかけるのが悪いことかよ」


 呆れるように言い捨て、ゲバルトは格納庫の奥を見据えた。


 《プライド》と《ブレイヴ》。二機のディヴィの更に奥へ、もう一機、見慣れぬ機体が格納されていた。

 

 形容するなら、黒き騎士。高貴さを感じられるスタイリッシュなフォルムで、肩と腰に砲台らしき物を携えている。


「オレ様の《エンフォース》はいわば汎用型。近距離遠距離なんのその、って奴だ」

「……《エンフォース》」


 それが機体の名だろう。近距離も遠距離も対応できるという点を、リアは少し羨ましく思った。


「……どうしてゲヘナに」

「それを聞くなら、そっちから先に言うのが流儀だろ?」


 リアは舌打ちしそうになる。

 ゲヘナの人間はやっぱりクズだ。


「あーっ!!!!」


 半ば悲鳴のような声が響くと、間隔の狭い足音と共に、二人の間へアッシュが飛び込んできた。


「ちょっと!! あたしのリアと並んで話さないでよ!!」

「誰がお前の物って決めたんだ」

「あたしはリアのバディ! 社長がそう言ったの!」

「お前おもしれぇな」


 ゴミでも見る目で彼を睨みながら、アッシュはリアを人形かのように抱き寄せた。


 ――やっぱり。


 こんな自分に優しくしてくれる彼女も、性処理道具と捉えない彼も、到底”クズ”だと決めつけることは、リアにはできなかった。

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