第13話 兆し



 雨降るゲヘナの市街地。

 誰もが車で移動したり室内で過ごす中、たった一人、店の屋根の下で雨宿りをする男がいた。


 ホシノだった。最高に不機嫌そうな顔だ。


「待ったかな、ヤマト殿」

「待っていないさ。元から」

「……今回は私の奢りにしよう」


 傘を差したアキラに、ホシノは大きなため息を吐き散らした。


 二人は店に入る。モダンな装飾の施された、個人の飲食店だった。故に、人は少ない。


 席につき、アキラは二人分のコーヒーとホシノの欲した物を注文する。

 ウェイトレスが居なくなり、アキラは屈託のない笑みを浮かべた。


「前置きは無しだ戦友。用を話してもらおう」

「手厳しいね。こうやって面と向かって会えたのは久々なのに」


 ホシノはおしぼりで手を拭きながら言う。


「……君は地球連邦軍を本気で憎んでいるのだろう? でなければ、あんな作戦を立案するわけもない」

「何を今更。君は分かっていると思っていたよ」


 ホシノは嘆息した。届いたコーヒーに、大量の砂糖を入れてから一口啜る。


「私はその確認をしたかっただけだ。それが虚偽なら、に乗ってくれないと思ってね」


 互いの目が細まる。

 経営者というのは利益を追求する者。二人の眼は、その象徴たる眼であった。


 暫くして、甘ったるそうなクリームの盛り付けられたフルーツパフェが届く。

 ホシノはイチゴをクリーム絡めて口に入れ、彼の話を聞いた。


「君は『レジスタンス』という存在を認知しているかな」

「……南部市街地跡のか?」

「あぁ。ゲヘナ政府の横暴を受け滅びた、南部市街地を拠点とする反連邦軍民兵組織。近頃、何かを企ててる様子でね」


 ゲヘナ政府、というのは言い換えればゲヘナの統治する地球連邦軍の端くれ。結局は、ゲヘナの資源が欲しいだけの人間たちだ。

 そんな者がまともな政治などできる筈も無く、故に反感を買う。


「……君の言いたいことは何となく分かったよ戦友。ぜひ乗りたいさ。だが――」


 ホシノはスプーンを彼に向け言う。


「臆病者の君が、何故急に連邦の奴らへ歯向かう気になったのか。その理由だけ教えてくれ」


 問い詰められたアキラは、コーヒーカップを手に取り、黒い水面を揺らした。

 香りを燻らせ、その匂いに酔いしれる。


「私はただ未来を見ているだけだよ。殿



 ◇




『作戦領域に侵入。突撃部隊、ただちに発進してください』


 アジンの合図で、次々にセンジャーが宇宙の海原へと放り出されていく。


 リアの出撃は最後。センジャー達が交戦してから発進するらしい。


『リア』


 コックピットで身体を埋めていたリアは、アッシュの一声で顔を上げる。


『生き残ろうね』


 声だけの彼女。しかし、顔はすぐに思い浮かんだ。


『っ……センジャーが敵ストライフと交戦中……!! 《プライド》、直ちに発進してください!!』


 アジンの声音に焦りが見えた。

 想定外に早い接敵らしい。


(そうだ……私は、生き残るんだ……)


 相手が連邦だろうと、やることは変わらない。


 ――殺して、生き延びる。

 今までそうしてきた。


 沢山殺さないと生き残れないなら――。



「リア・レガリア、《プライド》行きます!」



 カタパルトが火を吹き、誇り高き真紅の戦士を紺碧の大海原へと放りだした。


 スラスターを吹かしながら、宇宙を突き進む《プライド》。

 それを追うように、輸送船から発進する物があった。


『グローリィ・ヴァード、射出!!』


 輸送船から放たれた一機のヴァード。

 紺碧を駆け抜ける、漆黒のヴァードはやがて紅き戦士の元へと辿り着く。


 二対の翼は四対になるよう展開され、バーニアスラスターを露出させながら変形。更に追加スラスターユニットを露出し、《プライド》の背部へと装着される。


 ヴァードが背負ってきた対装甲ブレードを引き抜き、勢い良く構えた。



 リアは操縦桿を押し倒す。


 スラスターで蒼炎が爆ぜて、爆発的なまでの推進力が生まれ、《プライド》はそれをその身に受け、紺碧の大海原を凄まじい速度で突き抜けていった。




 《プライド》の光学センサーが、激しい戦闘が行われている中域の様子をキャッチした。


「っ……連邦軍……!」


 蒼き複眼を輝かせる、白き装甲を纏いしセンジャー――紛れもない、地球連邦軍専用のセンジャーであった。


『《プライド》……! た、助けてくれ……!』

「このっ……!!」


 味方の劣勢を悟り、《プライド》はスラスターの出力を更に向上。

 追い詰められた味方機を蹴り飛ばし、ビームサーベルを振り下ろそうとしていた純白のセンジャーを捉える。


『なっ……! なんだ……!? この異様な熱反応は……!?』


 《プライド》は容赦なく、巨大な黒刃でコックピットを斬り裂いた。


 機体はもれなく爆散。焔を浴び、《プライド》は次なる獲物をそのまなこに捉える。


(連邦軍の人間を……殺した……)


 手が自然と震えるのを感じた。

 もう取り返しがつかない、それは、この仕事を引き受けた頃から悟っていたことだ。


 リアは歯を食いしばり、怒りや後悔を《プライド》に送った。


 複眼を輝かせる《プライド》。

 腰に携えたビームライフルを抜く。


 放たれたビームは紺碧を裂き、真っ先に、彼女を殺しにかかるセンジャーを貫いた。


『貴様ら、ここは地球連邦軍保有のコロニーだぞ!! 何が目的だ!!』


 無線で入り込んでくる、敵の怒号。

 答えるメリットは、皆無であった。


『おのれ、ゲヘナのクズどもめ!! 地球の人間様を舐めるなよ!!』


 白きセンジャーは、黒きセンジャーを撃ち落とすべく総攻撃を開始した。

 優れた装甲のお陰で耐えてはいるが、被弾が多すぎる。撃墜も時間の問題だ。


 降り注ぐ鉛玉やら光線やらの網を掻い潜り、《プライド》は一機をブレードで叩き落とす。

 死角からの攻撃を腕部で受け止め、コックピットを蹴りつけ怯ませる。その隙を突き、パイロットを的確に撃ち抜いた。


「これが一番使いやすい……!」


 グローリィ・ヴァードは、リアがパイロットに認定されてから開発された追加武装だ。

 彼女が使用する事を前提にされているのだから、身に馴染むのは必然である。


 右肩部に積まれた小型バルカンで牽制しつつ、白センジャーを味方から引き剥がそうとした。

 だが、流石はプロの軍隊。

 見え透いた挑発に乗る者は少なかった。


『墜ちろ!! クズがぁぁっ!!』

「お前が……墜ちろ!!」


 黒刃と黒刃。

 異なる戦士の穿つ刃が鍔迫り合い、はげしく火花を生む。


 《プライド》はそれに打ち勝ち、コックピットを貫き、頭部を引っ剥がした。


 散らばる電子系統。

 それ諸共潰すよう《プライド》は頭を投擲。


 向かってきた哀れなセンジャーに命中し、その機体は《プライド》によって斬り裂かれた。


『なんだあの機体……!!』

『まさかあれが、アダマン融合炉を搭載してるとか言う……』


 連邦軍は混乱の渦中にいた。

 《プライド》の乱入により、戦局は大きく傾きつつある。


『リア!!』


 アッシュの声が聞こえ、咄嗟に背後に視線を寄せた。


 そこには、紺碧の海を駆ける《ブレイヴ》の姿が。

 まるで円盤かのような飛行支援ユニットに乗り、さながら戦艦の如き砲撃を肩部から解き放っていた。


『へーき?』

「……うん」

『良かった。援護するから、どんどん活路を切り開こう!!』


 並ぶ二機の迫力に押され、攻撃の手を止める純白の戦士たち。

 しかし、彼彼女らにも地球連邦軍の誇りがあった。


 ゲヘナのクズごときに、引くわけにはいかないのだ。


『ここで落とす……!! ストライフ部隊、随時発進しろ!!』


 リーダーの物らしき機体が天に向けビームサーベルを掲げた。

 センジャー達が続々と集結。その数は、こちらが圧倒的に不利だった。


『あたし達なら生き残れるよ。だって、バディだもんね!』


 アッシュは笑いながら言う。


「――そうだね」


 リアも、微かに微笑みながら答えた。

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