第14話 渇望の空


『アダマン融合炉、稼働率確認――正常。酸素循環機構――正常。SPAM-305《エンフォース・ディヴィ》発進可能です』


 実にの起動であるためか、最終チェックが入った。

 格納ベースに乗せられた《エンフォース。開かれたハッチの先から漏れてくる宇宙の大海原に晒され、漆黒の機体に艶を帯びた。


『《エンフォース》、くれぐれもこの前の任務のような事は今作戦ではやらないように』

「そいつぁ保証できねぇなァ!!」


 コックピットのゲバルトは、半ば笑いながら応答した。


「なに……あの”白いディヴィ”さえ現れなけりゃ、俺は俺のままでいられるさ」


 カタパルトに接続され、発進準備が完了。



「ゲバルト・ローズ!! 《エンフォース》出るぞ!!」



 ◇



 幾ら飛行支援ユニットがあると言えど、《ブレイヴ》は宇宙の機動性に劣る。

 泳ぐように追ってくるセンジャーに、アッシュは手こずっていた。


「あぁもう!! リアのとこ行かなきゃいけないのに!!」


 その苛立ちを《ブレイヴ》の砲身へと向け、レーザーとして放出。

 一機落とすことに成功するが、落としても落としても出てくる。


「やっぱリアプライドあってこその《ブレイヴ》かぁ……!!」


 嬉しさと焦燥で複雑な笑みを浮かべるアッシュは、レーダーが捉えた高速で接近する熱源に気がつく。


「……《エンフォース》……!」


 その正体は、全速力で突き進んでくる漆黒の騎士――《エンフォース》。


 レーザー飛び交う戦場の中心で止まり、どこまでも広がる紺碧の大海原を見据えた。


『退いてろよ《ブレイヴ》!! ここら一体を、吹っ飛ばす!!』

「吹っ飛ばす……!?」


 高揚したゲバルトは、驚きを見せるアッシュを一応気にかけた。

 


 展開された拡張ゴーグル型レーダー。

 そこに映る無数の敵性反応を、緻密な操作で的確にロックしていく。


 次世代のマルチロックシステム――そのシステムは、いかなる敵すらも逃さない。



 《エンフォース》の肩部と腰に備わったレーザー砲が勢い良く展開し、火花を散らす。

 

 武者震いしたゲバルト、にぃ、と笑ってから操縦桿のボタンを押す。



 ――刹那、《エンフォース》の四対の砲身から解放されし煮え滾る光線が四方八方に散布。


 純白の軍勢は、何が起きたかを知る術も与えられずに、その上半身を、酷いものはコックピットを丸ごと焼き払われていく。



「わぉ……」

「ガッハハハハッ!! たまんねぇな!! こいつはぁ!!」


 悪魔のような笑い声を上げるゲバルト。

 アッシュは、手が竦んで《ブレイヴ》を動かす事ができずにいた。


 ◇



 アキラとホシノは、自家用の旅客機を使ってゲヘナの南部を訪れていた。

 久しい空の旅だったためか、双方疲れ顔をしていた。


 二人の眼の前には、荒れ果てた都市が広がっている。

 鉄骨を露出し、錆びた高層ビルの数々に、かつては彩っていたであろう公園、動いていたであろうストライフの数々――。


 この街で何が起こったのか、誰が見ても明らかだ。


「ボディーガードも付けずこんな所に来て平気か。今更だが」

「受け入れてもらえなかったら、それまでという事だよ」

「いざとなれば君を盾にするとしよう」


 二人は仲良く並んで、荒廃した街に向かって歩き始めた。


「アポ無しか」

「いいや、一応待ち合わせはしてある」

「ほう。返事は」

「濁されたよ。居たら奇跡かもしれない」


 ホシノの瞳が、道端に倒れる人骨を据えた。

 放棄されたストライフに、人の亡骸。最悪な環境に、彼は顔をしかめる。


「……あの大きいのは、アダマン融合炉か」

「でしょうね。ここは昔、ゲヘナ屈指の先進都市でしたから」


 遠くに聳え立つ円柱状の施設を見て、ホシノは唇を尖らせた。

 

 ――すると、彼らの前に屈強なる二人の男が立ち塞がった。

 廃れたスカーフを首に巻き、双方とも紺色のジャケットを羽織っている。


「ザラ社の社長だな。我々に同行願おう」


 カチャ、と向けられたのはアサルトライフル。撃たれれば、首が飛ぶのは必然だろう。


「奇跡だな」


 ホシノは表情を一切変えずそう呟いた。




 男らに連れられてきたのは、廃れた都市の中でも一際綺麗に残っている建物だった。

 つややかな大理石で形造られた美しい造形で、まるで宮殿を彷彿とさせる大きな建造物。

 

 アキラはそこが何なのか、何となく察せた。


「ボディチェックをさせてもらおう」

「こんな貧相な男に銃が使えると思うのかね」


 ホシノの嫌味に、男たちは聞く耳すら持たず二人のボディチェックを始める。

 異常が無いことが分かると、二人を中へ招いた。


 建物の中も大理石製で、多少埃だらけだが外よりも圧倒的に綺麗であった。


 大きな扉が開かれ、その先に広がる部屋に二人は足を踏み入れる。


 丸いテーブルと、それを囲むよう並べられた椅子が置かれただけの部屋。

 そのうちの一つに、一人の男が座っている。

 乱雑に切りそろえられた紺色の髪に、燃えるような真紅の瞳。紺のジャケットを纏い、チリチリのスカーフを首に巻いていた。


「あれが我々レジスタンスのリーダー、フィックスさんだ」

「少しでも怪しい動きをしたら容赦はしない」


 フィックス、と慕われる男は立ち上がり、二人のもとに歩み寄った。


「俺がレジスタンス現リーダー、フィックス・ジョーナウツだ」

「アキラ・ザラと申します。何卒、よろしくお願いします」


 アキラが差し出した手を握ること無く、フィックスはぶっきらぼうな態度を取りながら席についた。


「俺はザラ社に連絡を取ったはずだが……そちらの方はボディーガードか?」

「彼はヤマト・ミリタリーの社長だ。この話に興味があるらしくてね」

「半ば無理矢理だがな」


 二人は彼と向き合うようにして椅子に腰を下ろす。

 ぴり、とした空気が辺り一帯に張り詰める。

 少しの発火剤で爆発しそうな、危うい空気感であった。


「それで……詳しい話をお聞かせいただきたい。ということですが」


 翡翠の瞳が微かに細くなる。もう、獲物はすぐそこにあるからだ。


「色々と語りたいことはあるが手短に行こう……」


 フィックスは嘆息を挟み述べる。


「……金属加工会社アスハの件で、そちら方もかなり手を焼いているのではありませんか?」

「まさに今、ね」


 ホシノが天を仰ぐように言うと、アキラはくすり、と笑う。だがそれは、珍しく感情を顕にした友に対するものでは無いように思える。


 細くなった瞳で彼を見据え言った。


「えぇ、そうですね。それで……?」

「レジスタンスは連邦軍に反抗する組織だ。企業にはなるべく喧嘩を売らないようにしているのだが、奴らの暴挙のお陰でそうもいかなくなってきた」


 フィックスは仲間から受け取ったタブレット端末を操作し、机の上を滑らせるようにしてアキラへ手渡した。


 それには、写真が映されている。


 スーツ姿の男と、青白い軍服――地球連邦軍の制服を身に纏った男が仲よさげに握手を交わす光景を切り抜いた写真だった。

 そのような写真が何枚もある。


 その中に、アスハの文字が刻まれたストライフと連邦軍の白いセンジャーが並んでいる写真もあった。

 

「もう言わずとも分かるでしょう。アスハは、なのです」


 フィックスはきっぱりと言い切った。


 写真は本物――それ以前に、偽物を作るメリットが無い。信用していい情報だろう。


「我々レジスタンスはゲヘナでも最大級の戦力を保有するザラ傭兵派遣会社に協力を求めたい。アスハを――裏切り者を潰すために」


 フィックスの拳が、固く握りしめられた。


 レジスタンスの前身、ゲヘナ解放戦線は絶え間なく行われる地球連邦軍の横暴に反抗を続けた数少ない集団。

 されど、連邦軍による制裁が下され、拠点としていた都市は壊滅し、組織としての能力が著しく低くなった。


 今の彼らに、連邦軍と手を組んだ企業と戦えるだけの力はない。


「……報酬は?」

「やはり必要か――心配はいらない。相応の金は渡せるほど無いが、それに匹敵するものなら持っている」

「ほう……?」


 アキラとホシノは察したように顔を見合わせた。

 彼らからして、金に匹敵するもの――そんなものなど、ゲヘナには一つしか無い。


「この都市に放棄されてあったアダマン鉱石。それをあなた方に差し上げよう」


 想像以上の代物を、彼は突き出してきた。

 アキラは不敵な笑みを、誰にも悟られぬよう浮かべる。


 そうして一呼吸置いてから、凍てつくような瞳で彼を見据えた。


「……もう少し上乗せしていただけませんか。仮にも、失敗した時のリスクが大きいものでして」


 アキラの言葉に、レジスタンス側は苛つきを覚えたのか突っかかってきた。


「貴様……!!」

「ここで撃ち殺してもいいんだぞ!!」


 男二人はフィックスに制される。

 しかし、彼も気持ちは同じようだった。


「……上乗せ。これ以上何を――」

「この街にあるアダマン融合炉、あれを私らに譲ってはいただけませんか」


 強情にも程がある問いかけに、ホシノはため息をついた。

 フィックスはテーブルを拳で叩きつけ、その勢いのまま立ち上がる。


「……俺達は、これまでずっと奪われてきた! それなのに、まだ奪うというのですか? あれは、俺達はゲヘナの民の最後の希望だ!」

「連邦の手に渡る前に、私達が保護することを保証しますよ。その方が安心でしょう」


 感情的になる彼とは対照的に、アキラは平然を保ち続けていた。

 ホシノは何も口出しせず、ただ、その交渉が上手くいく時を待っている。


「……大体、俺達はあなた方が連邦軍に対抗できるだけの力を持っているか、まだ信用していない!! ゲヘナ最大級の会社というだけで交渉に臨んだまでだ!!」


 息を荒げ言う彼を気の毒に思ったのか、アキラは優しく言いかけた。


「フィックス殿、我々と一緒に今から空を見ましょう」

「……は……?」


 荒唐無稽な発言に、フィックスは呆気にとられた。

 ホシノは驚きながらも、その様子を当然のように眺めていた。


 

 暫くの後、一同はその建物の最上階にあるバルコニーに移動し、アキラの提案通り空を見上げていた。

 

「君には呆れたよ」

「……おや、とっくに呆れられているかと」



 アキラは、まるで何かが待ち遠しいかのように空を見据えた。



「頼んだよ、我が社の剣」


 

 

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