第15話 焼却の執行



 《エンフォース》の助けもあってか、《プライド》と《ブレイヴ》は無事に合流することに成功した。


 紺碧の海で、一縷の青い光を見つけた時、リアは涙ぐむ程の安堵に包まれた。


「アッシュ……」

『遅くなったねリア! 《プライド》のバディ、只今参上!』


 不思議と活力が湧き、戦いに再び集中するリア。

 コロニーはもう目と鼻の先。内部に侵入し、コロニーをゲヘナの衛星のラグランジュポイントから抜けさせれば任務は達成。



 ――まぁ、それが一番大変なのだが。



 純白のセンジャーを、《プライド》と《ブレイヴ》が殲滅していく。


 飛行支援ユニットで華麗に駆ける《ブレイヴ》のレーザーが活路を開き、混乱する敵陣を《プライド》が無茶苦茶に掻き乱す。

 戦略が読めても、センジャー如きでは対応できない。


『こいつら……!! まさか潰し損ねた連中か……!?』

「またアスハかっ!!」


 苦渋を漏らす連邦軍人に、《プライド》の高周波ブレードが降りかかる。

 ――アスハ。やはり連邦と何らかの関わりを持っているらしい。信じたくはなかったが。


「っ!!」


 見知った機体反応を察知し、《プライド》はその方向に向けバルカンを放った。


 放たれる光線を真に受け足を止めたのは、何度も、何度も見てきた灰色のセンジャー――アスハの機体であった。


『アスハ……やっぱり連邦と絡んでたんだね』


 アッシュは何故か分かっていたふうの口ぶりをしていた。


 しかしリアはそれを気にすること無く、《プライド》を繰りアスハの軍勢に突撃する。


『ッ……! リア、待って!』


 半ば悲鳴のような叫びに制され、リアは機体の操縦を中断。

 

 刹那、急接近してくる異様な熱反応――。

 レーダーが捉えたそれの正体が、凄まじい勢いで彼女の眼の前に現れる。


 

「……ディヴィ……!?」



 その姿は、例えるなら”白き騎士”。

 特徴的な肩装甲を有した、重厚なスタイルのストライフ。V字のアンテナを持つそれは、赤き複眼をギラリと輝かせる。


 構えた武器は、身の毛もよだつ程巨大なビームブレード。

 少しでも遅れていたら――そう考えるとゾッとした。


『ザラ社の《プライド》だな。おれの任はお前を殺すことだ』

「なんで私を……?」


 その白きディヴィは、大型ブレードの矛先を《プライド》へ向けた。

 アスハの新手――と考えるのが妥当だろうか。

 

 ついにディヴィまで出してくるとは――。


『リア!!』


 アッシュの声で意識を空想から現実へと引き戻す。

 急いで回避行動を取り、振るわれた斬撃を開始した。


 白きディヴィは空振ろうとも、次なる一手を放ってくる。

 右拳を突き出し、腕部に内蔵された滑腔砲を射出。


 金切り音と共に放たれた弾丸が、《プライド》の腹部を掠めた。


「ぐっ……!」


 ――凄まじい威力だった。

 掠っただけでも、コックピットが激しく揺れた。


『このっ!!』


 《ブレイヴ》は武器を高周波ランスへと持ち替え、あまりにも無謀な近距離戦を挑んだ。


『蒼いディヴィ……俺はこんなのを殺せなど命じられていない』


 鍔迫り合いになった《ブレイヴ》へ強烈な蹴りをお見舞いして軽くあしらい、《プライド》へ複眼を向けた。


『俺の獲物はお前だ』

「何……!? 何なの、お前は!!」


 怒りで震える手を制し、《プライド》を冷静に繰る。

 バルカンを放ちながら後退。

 《ブレイヴ》の元に辿り着き、彼女とコンタクトを取る。


「アッシュ、ビームライフル貸して」

『……オッケー! 大事に使ってね!』


 《ブレイヴ》の持つビームライフルを一丁借り、バルカンとライフルで弾幕を張りつつ距離を取る。


 見た所、あの白いディヴィには滑腔砲くらいしか射撃兵装がない。

 あの見た目で高速軌道が得意とは思えない。


 距離を取るのが最善だろう――。


 リアは冷や汗を滲ませながら、モニターに写る白い騎士を見つめた。



 しかし奴は、降り注ぐ弾幕を難なく回避。

 背部の僅かなスラスターから蒼炎を吹かし、物凄いスピードで《プライド》に突進してくる。


「なっ……!?」


 大慌てでブレードを構える。

 しかし、防御が意味を成さない間合いまでいつの間にか接近されていた。



「あ――」



 斬られる――。



 そう思った矢先のことだった。


 

 敵の死角から、《ブレイヴ》が強烈な蹴りを、仕返しかのようにお見舞いした。


 体勢を崩した敵機に向け、肩部レーザーをぶっ放す。

 惜しくも避けられたが、《プライド》は真っ二つにされることを免れた。


『リア、平気?』


 優しく声を掛けられ、リアの心臓がきゅ、と締め付けられた。

 ――自分は、彼女が命を張ってまで助けられるべき人間なのか。


 白きディヴィは体勢を立て直し、砲身を構える《ブレイヴ》と睨み合いになる。


『邪魔をするなら殺す……だが、殺せとは言われていない……』


 無線から漏れる声は、本当に大人がのっているのか疑うような内容だった。

 言われていない――という口ぶりから察するに、このディヴィは誰かの命を受けて戦場に立っているのだろう。



 すると、またレーダーがいようなねつはんのうを捉えた。

 その正体は、すぐに分かった。


 眼の前の《ブレイヴ》を容赦なく蹴り飛ばし、溢れ出た蒼炎を辺りに蒔き散らす黒き騎士――《エンフォース》。


 排熱ファンから漏れ出る蒸気の量から察するに、機体が限界寸前になるまで飛ばしてきたらしい。


『なにするのよ!!』

『とっとと失せろ《プライド》! 《ブレイヴ》!』


 通信回線に響くゲバルトの声は、まるで悪魔にでも取り憑かれたかのように豹変し、正気を失っていた。

 《エンフォース》の大口径ビーム砲が、四門全て展開される。

 更には腰に収めた二本のビームサーベルを引き抜き、眼の前の相手を滅さんとする気がひしひしと伝わってきた。


『行けよ《プライド》! お前はこいつの相手してる暇ねぇだろうがよ!』


 枯れてきた声で言われ、リアは唇を噛む。


 ――やっぱりその役か。


 だが、足止めをしてくれるというならありがたい。

 あれの相手をしながらコロニー落としなど多分、不可能だ。


「行ける? アッシュ」

『も、もちろん!!』


 無理してそうなアッシュの返事を聞き入れ、リアは《プライド》の進行方向を、再びコロニーへと向けた。





「待ちわびたぜ……こうやって、サシでやり合える時をなァ!!」


 ゲバルトはコックピットで、高揚を抑えきれずにいた。

 夢にまで見た、白きディヴィとの再戦。

 彼は歓喜とも言い難い、半ば怒りのような感情に支配されていた。


「《レイド》。今日こそお前をぶっ潰す!!」

『っ……!』


 先手を取ったは《エンフォース》。


 四門の大口径から射出されし真紅の光線が、彼女らを追跡しようとしたアスハの機体達を焼き払う。


 ビームブレードを捨て、光線の網を掻い潜る白きディヴィ――《レイド》。

 腰に収めた二本のビームランスを抜槍。それらを連結し、巨大なハルバードとして構えた。


「死ぬ気で来い!!」

『邪魔をするな……!!』


 無限の紺碧。そこでぶつかり合う、熱を孕んだ粒子の刃。

 火花を散らしては、相手の鉄を削がんと軌道を描く。


 ビームサーベルを槍投げの要領で投擲。

 突然の襲撃をも退け、ハルバードを構えて突撃する《レイド》。


 剣が一本となろうとも、《エンフォース》はそれを迎え撃った。


 激しい鍔迫り合いを幾度も重ね、押された《エンフォース》は、再度四門のレーザー砲を全照射。


 弾幕を掻い潜ろうとした《レイド》の肩装甲を、赤熱の光線が焼き尽くす。

 左肩を損傷した《レイド》。危機を感じたのか、両腕部の滑腔砲を放ちながら後退していく。


「逃がすかァッ!!」


 三度の全照射をやってのける《エンフォース》。

 激しい閃光が暗き海を裂いて、白い騎士を追い詰める。


『しつこい奴だ……!! おれに命令違反をさせる気か』

「んなこたぁどうでもいいんだよ!! オレ様は思い知らせてやるんだよ……!! お前に、オレ様の”力”をなァ!!」


 高ぶる気持ちを抑えきれないゲバルト。


 彼の脳裏には、二ヶ月前の――耐えきれない屈辱を味わったあの日の光景が浮かんでいた。


 それを払拭するよう、ゲバルトは黒き執行人を繰る。

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