第16話 流星の降る夜


 デブリ漂う宇宙の中で一際目立つ人工物。

 高層ビルが横たわったかのような見た目で、紺碧の海を浮浪していた。


 これがターゲットのコロニー。

 ついに辿り着いてしまった。


『リア、内部構造は分かってる?』

「……なんとなしには。内側から派手に攻撃して、軌道をずらせば落ちる……だよね」

『あたしはよく知らない!! リア頭良いから多分合ってるよ!!』


 不安になってきた。

 彼女の能天気さは元気を貰えるが、時に、それが足枷になるときもあると確信した。


『派手な攻撃なら、《プライド》と《ブレイヴ》の得意技ね!』


 エンフォースの四門大口径砲が脳裏に過る。

 あれがあれば、随分と楽になっていたのではないか、とふと思ってしまった。


 レーダーが、あらかじめ頼んでおいたブラスト・ヴァードの反応をキャッチする。


 グローリィ・ヴァードを分離し、変形したヴァードを両腕部に装備。

 バルカン砲と徹甲弾砲を携えた《プライド》の複眼が、ギラリと光り輝く。


 本当はグローリィもブラストも、両方装備したいところだ。

 だが、重量の問題でパージせざるを得ない。グローリィの機動力が失われるのは、本当に惜しいが仕方がなかった。



 コロニーの入口らしき場所は、シェルターで強固に守られていた。


 アッシュとコンタクトを取り、機体同士の距離を置く。


「大丈夫? アッシュ」

『ばっちぐー! 行けるよ!』



 各々、二門の砲台を構える。



 ――刹那、二対の赤き熱戦と、無数の光線の雪崩、爆薬を孕む鉄の槍が一斉に解き放たれた。


 その高火力を前に、シェルターは呆気なく大きな穴を開けた。


 警備が反応する前に、二機は颯爽とコロニー内部へ侵入するのだった。



 ◇



 コロニー内部は、薄暗かった。

 だが緊急防衛システムが作動した影響で、輸送船を誘導するためのランプが真っ赤に点灯しており、道は分かった。


『リア! 来るよ!』


 アッシュの合図で、《プライド》はバルカン砲を構えた。


 通路の奥から飛来するはストライフ――ではなく、無人の宇宙戦闘機。

 小機関砲を放つも、ディヴィの合金の前では豆鉄砲に過ぎず、敢え無く撃沈。


 《プライド》と《ブレイヴ》は、難なくその通路を抜ける事に成功した。



 人工の光で照らされたコロニーの中心部。投影された青空の元に、無数の工場施設と格納庫が建設された、地上と大差ない光景だった。

 重力があり、先程のように機体操作が覚束なかった。


 着地する《プライド》と《ブレイヴ》。

 その二機を、無数の戦車がいち早く取り囲んだ。


 しかしストライフの前では戦車など無力であり、全てがレーザーで塵と化した。


 重機関砲を携えたヘリコプターの軍勢が彼女らを取り囲むも、ハエを払うような手の動きで撃沈する。


『ほんとに内部の守りペラッペラね……信じられないくらい』


 逃げ惑う連邦の作業員達の姿が、光学モニターで捉えることが出来た。

 わざわざ人を殺す必要は無い――などと思っていると、《ブレイヴ》の砲台が彼彼女らを容赦なく焼き払った。


「……!!」

『ほら、覚悟決めたんでしょ。やるよ』


 アッシュの声が、途端に険悪な声音へと変貌していた。先程までの陽気な彼女の片鱗も見受けられない、恐ろしく凍てついた声。


 それを怖く感じながらも、《プライド》は《ブレイヴ》と背中を合わせた。


 宇宙で魅せた、高火力の同時発射を天に向かって解き放つ。

 光線と徹甲弾が、群青の空へ亀裂を入れた。漏れ出る空気が建物を倒壊させていく。



『もう一発! せーの――』



 アッシュの掛け声で、再び同時発射。


 亀裂の入った空へ追い打ちを仕掛けるよう、熱を帯びた光の線と爆薬宿す鉄槍が炸裂した。


 着弾と共に凄まじい揺れが辺りを襲う。

 次で終わりそうな程の勢いであった。


 

 三度の同時発射を行おうとしていた《ブレイヴ》に、一機のセンジャーが襲いくる。


 灰色のセンジャー――アスハの機体だった。


『お前らザラ社だな!? ふざけるなよ!! こんなところまで!!』


 センジャーのパイロットは、酷く怒り狂っている様子で、力任せに《ブレイヴ》を押さえつけた。

 

 抵抗する《ブレイヴ》の腕を取っ払い、取り出した対装甲ナイフをコックピットに突き刺した。


『きゃあっ!!?』


 彼女の悲鳴が耳を劈いた。


 ――途端に、リアの胸に熱いものが込み上げる。



「離れろぉぉぉっ!!!!」



 対装甲ナイフを抜刀した《プライド》は、敵機を彼女から引き剥がすべく、決死のダイブを仕掛けた。


 センジャーを押し倒しながら派手に地面へ飛び込んだ《プライド》。

 敵機に馬乗りになり、こちらを見据える複眼を睨みつけた。


『お前らザラ社が!! 俺達から仕事を奪ったのが悪いんだ!!』

「知ったことじゃない!! あの子は……あの子は何も悪くない!! お前らクズが――好き勝手やり過ぎた罰だ!!」


 リアは怒りのままに、敵機のコックピットをナイフで貫く。

 パイロットの悲鳴を掻き消すよう、何度も、何度も何度も突き刺した。


 ピクリとも動かなくなったセンジャーを見て、ようやく正気に戻る。


「……アッシュ……!」


 《ブレイヴ》は仰向けになったまま、動かなかった。

 だが、コックピットに目立った損傷は見られない。


「……すぐ終わらせるから……!!」


 そう言ってリアは《プライド》を繰り、センジャーの頭を鷲掴みにしたまま空へ飛び立った。


 ある程度の高度まで来た時、力任せにセンジャーの亡骸を放り投げる。


 鉄塊が壁際まで達した時、ビームバルカンを一斉掃射し、敵のバッテリーを撃ち抜く。


 すると、徹甲弾以上の爆発を巻き起こし、コロニーの壁に巨大な穴を開ける。


 似たような事を、放棄された戦車や重装甲車両を使って繰り返した。


 投げては撃ち、投げては撃ち、投げては撃ち――。

 はじめは躊躇していたコロニーの落下を、何の躊躇いもなく遂行しようとしている自分に気づくこと無く、無我夢中で投げては撃つ。


 最後に放った戦車が爆発した時――変化は訪れた。


 ガタン!! と視界が傾いた。

 機体のせいではない。確実に地面が傾いていた。


 その後に、コロニーが浮かんでいられる軌道から外れたことを示す、凄まじい震動が《プライド》を襲った。


「っ……!!」


 リアは意を決して、倒れる《ブレイヴ》を抱え、先程の通路へ急いだ。


 邪魔をしてくる無人戦闘機を空中で蹴り払って叩き落とし、とにかく出口を目指した。


「アッシュ……アッシュ……!」


 何度も呼びかけたが返事が無い。

 無人機が撃ってくる事よりも、彼女からの返答が無い事のほうが、よっぽと心配だった。


 ゲヘナに来てから、自分のことしか考えずに生きてきた。

 だって、周りはクズばかりなのだから、気にしたって無駄だったから。


 

 ――でも、この子は違う。


 

 夢に敗れて、落ちぶれた愚かな自分に、とても優しく接してくれた。友達になろうとしてくれた。守ろうとまでしてくれた。


 そんな子を見捨てたら、自分は本当のクズだと、リアは確信していた。



「無事でいて……アッシュ……!」



 外に出ると、彼女を出迎えたのは無数の光線の嵐。

 連邦の白いセンジャー三機が、騒ぎを聞きつけやってきたようだ。


『貴様……!! こんな事をして、どうなるか分かっているんだろうな!!』

『あそこには仲間がいた!! ツケは払ってもらうわ!!』


 相手は殺る気だった。

 両手が塞がっていては、こっちが完全に不利だった。


「……っ……」


 意を決し、ほんの一瞬、腕に抱いていた《ブレイヴ》から手を離す。


 好機と見定めた敵機らが高周波ブレードを抜刀し、斬りかかろうとする。


 次の瞬間、《プライド》の両腕から接続されていたヴァードが分離。

 戦闘機のフォルムに戻り、機銃掃射を行いながら突撃する。


『なっ、何ぃ!?』


 一機に焦点を絞り、執拗にへばりついて、至近距離で爆散。

 敵性反応が一つ、消えた。


 生身になった《プライド》は、対装甲ナイフを取り出し、錯乱する敵らへ斬りかかった。


 敵は迎撃体制を取るも、スラスターを限界まで吹かす《プライド》の機動力に対応できず、コックピットを斬り裂かれる。


 一機を撃墜した時、案の定、背後からブレードで腹部を貫かれた。

 

 機体が言う事を効かない。


 リアはスラスターの出力を最大まで上げる。いつ反応炉が過稼働オーバードライブを起こしてもおかしくない程の出力。


 蒼炎を敵に浴びせ、装甲をも融解する熱で相手を退かせる。

 牽制としてナイフを投擲し、二度にたび怯ませる。


『小癪なっ……!!』


 亡骸から強奪した高周波ブレードで、コックピットを豪快に斬り裂く。



 爆炎を見届ける《プライド》。

 翠の複眼の輝きが、徐々に失われつつあった。



 機体が限界に達しそうになろうと、リアは《ブレイヴ》の回収を優先した。


『《プライド》! 応答してください! 迎えに行きます! 早く状況を!』


 アジンからの通信が、ようやく届いた。


 リアは深く息を吐き、ヘルメットを脱いだ。


 散らばる空髪。

 その翡翠の瞳が捉えるは自らが犯した大罪。


「……コロニーは――」



 軌道から外れ、無数の瓦礫と共にゲヘナの重力に引っ張られてゆくコロニー。


 次第に焔を帯びていき、隕石のように蒼い惑星へと墜落していく。



「……今、落としました」



 ◇




 激闘を繰り広げていた《エンフォース》と《レイド》。

 焔に包まれ落下していくコロニーを見て、ようやく戦いに終止符が打たれた。


『……くそっ』


 そう言い残し、《レイド》はその場から撤退しようとする。


『逃がすかよ!!』


 《エンフォース》は何度目かもわからぬ四門大口径レーザーを放とうとするも、突然、機体が煙を吹いて動かなくなった。


『まじか……!!』


 過稼働オーバードライブだ。アダマン融合炉の利便性に甘え過ぎた結果である。


 ゲバルトはコックピットの壁を殴る。


 そして、宇宙の彼方へ消えていく白き騎士を、ただただ眺めるしかできなかった。



 ◇



 輸送船に戻ったリア。

 同時に回収された《ブレイヴ》の元へ急ぎ、誰よりも早くコックピットをこじ開けた。


「アッシュ!!」


 泣きそうなリアが見た、彼女の姿。


 頭から血を流し、ぐったりと目を閉じるアッシュ。

 ヘルメットを脱がせば、赤い髪の束がさらりと広がる。



 その首筋に、恐る恐る手を当てた。




「……生きてる……」



 安堵から笑みを零し、凄まじい脱力感に襲われて彼女の胸に顔を埋めた。


「……良かった……」


 スーツ越しに感じる彼女の温もり。

 人の体温をこれほどまでに愛おしいと思ったのは、数年ぶりだった。



 ◇



 ゲヘナの夜空に、異変が起こっていた。


 列を成して降り注いでいく、焔の塊。

 それはまるで、美しい流星かのように珍しく晴れている夜空を駆け抜けていた。



「……なんだあれは……」


 バルコニーで何時間も待たされていたフィックスとその取り巻きは、それを見て驚愕していた。


「……見ていてよかったでしょう。とてもきれいだ」


 アキラが微笑みかける隣、ホシノは立ち上がって感極まっていた。


「どうだ連邦め、思い知ったか……! 我々企業からさえも搾取しようなどといった愚かな思想を、今ここで打ち砕いてやったぞ……!」



 様々な思惑が交差するゲヘナの大地。


 そんなのを気にも留めず、焔の流星達は燃え尽きていくのだった。



 

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