第三章 無謀、驕り、切り裂きて
第17話 半年ぶりの休暇
あの流星が降り注いだ夜から、二週間程度の月日が経った。
幸い、落とされたコロニーは大気圏内で殆どが燃え尽き、小さくなってゲヘナに落下したとされている。市街地落ちたという情報は、どこにも出回っていない。
本作戦の決定打を生み出したリアには、アキラから給与の上乗せがされた。
大破した機体とヴァードの修繕費を覗いても、かなりの額を貰えた。
だが借金は大分減ってきてはいたが、まだまだほど遠い。
ヤマト・ミリタリーからの報酬は潤沢だったらしく、新たなセンジャーが数十機格納庫に増えている。
またどこかからクズを雇ってきて乗せるのだろう。
リアはと言えば、やることも無く、本社にある自室でただ呆然と天井を見つめていた。
疲れが全然抜けない。
何故なら、このクソ会社はあれだけの大仕事をした後も次々依頼を取ってくるからだ。
ここ数日、アダマン鉱石の奪取に、掘削施設の防衛、ある会社の御曹司が乗る旅客機の護衛と、嫌気が差す怒涛の仕事ラッシュだった。
死んだように眠ろうと目を閉じた時、ドアがノックされた。
「リーアー!! 社長が呼んでるよー!!」
跳ねるような明るい声で、リアは嫌々ながらも起き上がりドアを開ける。
案の定、微笑んだアッシュが立っていた。
「寝てたでしょ」
「……別に」
「うっそだぁ。不機嫌そうな顔してるもん」
アッシュが前屈みになりながら、彼女をからかった。すると前髪から覗く白い額に、目立つ切り傷が残されていることに気が付く。
「……これ、消えないの」
彼女の額に手を当て、優しく撫でるようにしながら囁いた。
「あー……お金さえ払えば、ゲヘナでもできるらしいけど……わざわざやる必要ないと思って」
アッシュは苦く笑いながら、リアの手を跳ね除けた。
悔しさで一杯になりながらも、リアはそれ以上の言及はしなかった。
◇
社長室に足を運べば、アキラと、見慣れぬ人物が彼女らを出迎える。
「おう、青いのと赤いの」
黒いタンクトップの上から、真っ黒なコートを羽織った大柄な男――ゲバルトが、何故かザラ社の社長室に居た。
「……なんで?」
「まぁ、追々話すよ。リア」
そう言って、優しく微笑むアキラ。
上機嫌そうな顔が、何だか恐ろしく感じられた。
三人のパイロットがデスク前に並び、アキラは呼吸を整えて話を開始した。
「……さて、あれから二ヶ月だ。ヤマト殿は今もご機嫌だよ。連邦軍からの報復もないからね」
アキラは嘆息にも思える息を吐いてから言った。
連邦軍のコロニーを落とした訳だが、あれ以来、ゲヘナにおいて連邦軍に目立った動きは見られない。
ホシノの思惑通り、ゲヘナの民に恐れ慄いているのかは不明だ。
「ゲバルトがここにいる理由についてだが……彼はヤマト・ミリタリーから正式に、こちらの会社に所属することになった」
アキラの紹介が終わるや否や、リアに向かって満面の笑みと突き立てた親指を見せつけるゲバルト。
「それ、平気なんですか? ヤマト社長のほう、だいぶ戦力落ちるんじゃ……」
「彼が自ら望んだことだ。多分、彼の代わりが手に入ったから、譲ってくれたんだろう」
まるで捨て駒みたいな言い分だったが、ゲバルトは一切気にしていない様子だ。
「オレ様はザラ社万歳だ! めったに仕事くれねぇヤマトよりな!」
「君は仕事をしたいわけ?」
リアが呆れた顔で聞けば、ゲバルトはにぃっ、と笑いながら告げる。
「オレ様はな、”力の証明”がしたいんだ。青いの。戦う回数が減れば、それをする機会も減る。だろ?」
「……だろ、と言われても……」
理解し難い考え方だった。
悪い人間なのかそうでは無いのか、余計に白黒つけにくくなる。
「……それでね。私とヤマト殿は、君たちがいない間ある組織と交渉を行っていたんだ」
アキラの声音が変わる。
それは、ここからが本題ということを、強く示していた。
「その組織とは、ゲヘナの南部を活動域とする民兵組織――レジスタンス。私は、彼らの持つアダマン鉱石とアダマン融合炉と引き換えに、”共にアスハ社を倒す”契約を結んだ」
部屋が静まり返る。
リアとアッシュが息を呑む中、ゲバルトは得意気に笑っていた。
あの作戦の後、アスハ社が地球連邦軍と関わりがあったという事が、アキラから告げられた。
薄々気づいてはいたが、あまり信じたくはなかった。
「……それは……奴らが連邦と関わりを持っていたからですか」
「レジスタンス側の理由はそうだろうね。我々の場合、単純にアスハが邪魔だからだが」
利害の一致、という奴だろう。
目的は違えど倒す敵は同じ。そんな状況が、本来相容れる筈のない二つの組織を結びつけたのだ。
「一週間後、レジスタンスが基地とする場所に、活動拠点を移すことになった。それまで、君たちには存分に休んでもらいたい」
アキラがにこ、と笑えば、一同の表情に活気が出てきた――ゲバルトを除いてだが――。
「やったぁっ!! リア!! お休み!! お休みだってぇ!!」
「アッシュ苦しい」
目をストライフの複眼並みに輝かせるアッシュが、リアの首をクレーンのように力強く抱きしめた。
「つまりは戦うなって事かァ? ……まァ、一週間後、その分仕事はもらうぜ」
「仕事熱心で助かるね」
最初は不満そうだったゲバルトだが、すぐにいつもの表情に早変わりする。
「じゃあ、実に半年ぶりの休暇を楽しんでね」
◇
リアは半ば強引にだが、アキラから外出許可を得て、ゲヘナ東部で二番目に大きな市街地へと向かった。
無駄に料金の高い私営バスに乗り、荒野を駆け抜ける。車内には誰もいない。代わりに、車両の上からドシンドシンと足音が聞こえる。
「……ねぇリア」
「なに」
荒野を眺めながら、隣に座るアッシュは囁くようにリアに尋ねた。
窓から差し込む乾風。少し眩しすぎる太陽の光。何だか久々な感覚に思えてくる。
「……私達『二人きりで出かけます』って社長に言ったよね」
「うん」
アッシュは頬を膨らませながら、反対側の席の方へ指を突き立てる。
「なんであいつがいるわけ!?」
足を組み、下手な鼻歌を奏でるゲバルト。
サングラスをして、妙にご機嫌なようだ。
「……『女の子二人じゃ、この星では危ないから』って……」
「あたしが守ってあげるじゃない!? なんで断らなかったのよ!!」
「だって……」
社長の言う通りだ。実際、リアは何の躊躇いもなくその提案を受け入れた。
忘れてはならないのは、この星は”クズの溜り場”であるということ。
彼女のような人間と絡んできて、忘れつつあった。
「存分に襲われてくれよ!! オレ様も暴れられるからな!!」
「リアに”襲う”なんて破廉恥な言葉言わないでくれる!? 教育に悪いから!!」
リアはあまりの騒がしさに耳を塞ぐ。
徐々に、過去の自分の選択を悔やみつつあるのだった。
◇
色々な店が詰め込まれた、ストライフ程度の高さのビルが立ち並ぶ、ショッピングには最適な街並み。
早速連れ込まれたのは洋服店。ゲヘナには似合わない、華やかな衣服が沢山備わっていた。
「んー……リア、ミニスカ嫌?」
「嫌」
「えー! 似合うのに!」
アッシュは、まるで彼女を着せ替え人形とでも勘違いしているように、あらゆる服をリアと重ねる。
「アッシュのが似合うんじゃない」
「本当? じゃ、着てみる!」
女子二人の華やかな時間が過ぎていく傍らで、ゲバルトは最高に暇そうに店内の床で惰眠を貪るのだった。
光学モニターを飛び交う無数の敵機。
それらを、的確にビームライフルで撃ち抜いていく。
「がっははは!! 貧弱だなぁおい!!」
「うるさいから耳元で吠えないでよ!!」
ゲームセンターに来た一同は、最新のゲーム『ストライフアドベンチャー』に燃えていた。
とはいってもリアは二人の背中を、ソファに座って頬杖をつき、見守るだけだったが。
何だかんだ言って楽しそうな二人の背中を見て、リアは自然と笑みを溢す。
◇
「あたしお花摘んでくるね」
「……気を付けて」
「平気平気」
色々と街を堪能した後に、公園で一休みすることにした。
トイレを見かけたアッシュはそこへと駆け込み、残された二人はその壁に寄りかかる。
公園は以外にも綺麗だった。
街の治安もそれほど悪くない。
ここは確かにクズばかりの星だ。
――でも、”クズ”が集まる前は、この星を第二の故郷とし、本気で愛していた人が沢山いた。
そんな人々がまだ生きているのだろうか。
「お前よ、街歩く時すげぇ目してるよな」
「……目……?」
ゲバルトがサングラスの縁から瞳を覗かせ言ってくる。
「『自分はトクベツで、他はそうじゃない』。そう言いたげな目だ」
彼の言葉で、リアの心の奥底からどす黒い感情が溢れ出てくる。
みるみるうちに、表情は険しいものへと変わる。反撃の言葉を吐き出そうとした瞬間のことだった。
「分かる、分かるぜ。だから証明したくなんだよな。自分の持つ”力”をよ」
ゲバルトは頷きながら、うん、うん、としんみりした声を漏らす。
――理解しがたいといっていた彼の考え。
それに、何だか慰められているような気がして、自然とシンパシーを感じた。
すぐにでも拒絶したかったが。
クズの惑星 聖家ヒロ @Dinohiro
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