第10話 むかしのこと
帰投し、パイロットスーツを脱ぎ捨てたリアは誰も居ない部屋のベッドに、下着姿のままダイブする。
スタイルが良いというよりは、痩せこけたと揶揄するほうが正しい肉体をシーツに埋め込ませ、リアはため息をつく。
戦いのあとは、必ず疲弊が彼女を襲う。
あれほど激昂し、暴れ回ったのならば尚更である。
天井を見上げ、リアはまたため息を吐く。
「んー!! 疲れたー!! なんとか終わったね―!!」
そんな彼女を煽るよう、大声で背伸びをしながら、アッシュが部屋に帰ってきた。
思わずスーツで自分の身体を隠し、警戒の眼差しを彼女に向ける。
「あ、リア服脱いでる……! これはレアね……!」
自身もパイロットスーツを脱ぎながら、アッシュはにやりと笑った。
「可愛い色じゃん。素敵」
「私の下着の感想はいいから!!」
リアは顔を真っ赤にして大声を上げてしまう。
アッシュは必死な彼女を見て、意地悪に笑った。
「リア可愛いー!!」
パイロットスーツから、黒いレースのカットソーと紺色のロングスカートに着替える。
彼女の腕には、未だ包帯が乱雑に巻かれたままだった。
「……ねぇ、その包帯ってさ。怪我?」
「んー? これ?」
リアに指摘され、アッシュは少し悲しそうな顔を浮かべてから答えた。
「……そんなところかな。コックピットは色々危険だからね」
「スーツ着てて?」
ストライフ乗りが纏うパイロットスーツは、衝撃吸収性に優れ、耐久も半端ではない。
コックピットに乗っているだけでは、腕に怪我なんてしないはずである。
「教えてあげてもいいけど――条件があるな。前にも似たようなこと言ったけどね……」
「……?」
リアは固唾を飲んだ。
そしてアッシュは、哀しいのか、それとも何か別の感情かがよく分からぬ表情を見せながら囁く。
「リアのこと。教えてよ。ここに来る前の、あなたのこと」
それを聞かれ、リアの顔が蒼くなる。
――たまらなく嫌だった。
昔のこと、すなわち、自分が地球にいて、まだ”クズ”とは呼べない人生を送っていた頃の事を話せなど。
「それは――」
「あたし達、バディでしょ。隠し事は無しで行こうよ。大丈夫、あたしも包み隠さず話すから」
蠱惑的な表情で迫られて、リアは唇を噛む。
甘ったるい香りが脳を麻痺させた。
歯止めが効かなくなるのが本能で分かる。
「……地球にいた。二十歳まで。――でも、失敗しちゃって、どうしようもなくなって」
「うん。それは前に聞いた……詳しく聞かせて?」
リアは泣きそうになった。
これ以上言いたくない。受け入れたくない。
惨めで屈辱的で、愚かな自分の人生を。
「……本当は、大学なんて行くつもりなかったの。でも、どうしても画家になりたかった……! 必死に勉強して、芸大入って、一生懸命頑張った……!」
言葉を一つ紡ぐ度、リアは目頭の温度が熱くなっていくのを感じた。
昔のことを思い出すだけで吐き気がする。吐瀉物が喉に突っかかっている気分だ。
「……私は才能なんて無かったの。残ったのは、借金と奨学金だけ」
リアの肩がすとん、と落ちた。
「なんでこうなったんだろ、って。何度も考えるんだ……」
空色の髪がぱらり、と彼女の肩から落ちて、汚れた硝子細工にも似た顔を覆う。
アッシュが歩み寄り、前屈みになってその髪をかき分けた。
「ありがと。教えてくれて。お陰でリアのこと知れた」
「……知って何になるの」
虚ろな目でアッシュを見据えたリア。
その頬を優しく撫で、アッシュは答えた。
「リアの味方になれる。あなたに寄り添えるからね」
天使のような微笑み。
暖かくて、太陽と見間違うような。
その笑みで、碧眼へ光が宿った。
「……味方……」
「うん。あたしがリアの味方よ」
リアの白い素肌を、包帯に巻かれた華奢な手がなでた。
少しザラザラしてて、擽ったい。
「……私にも教えて。アッシュのこと。私も――君の味方になりたいから」
「やっぱり、リアは良い子ね」
彼女の手が離れて、名残惜しくなる。
そしてアッシュは隣に座り、天井を見上げながら呟いた。
「あたし、地球にいた頃に恋人がいたんだ。十五歳のころかな」
「……え」
彼女を同い年と仮定するならば、五年前。
そんな昔のことを掘り出してくるなんて思わなかった。
「……その人とね、できちゃってさ」
「できちゃった……?」
ぽかん、と呆けるリアに、アッシュは哀しげな表情で告げた。
「子供。中絶しよう、って何回も言ったんだけど……十六の頃、結局産んだ。……二度と経験したくないなぁ……」
髪をくるくる指に巻きながら、先程のリアのような表情で語るアッシュ。
――もう察せた。言わなくてもわかる。
腕の包帯は、怪我といえば怪我だが、戦いによるものではない。
「……もういいよ。アッシュ」
「? まだ全部話してないよ」
リアは唇を噛んで、アッシュに告げた。
「辛いでしょ。昔のこと思い出すのって。だから……もうやめにしよう」
「……」
暫く黙り込むアッシュ。
怒らせてしまったか、と不安に思っていた矢先、ベッドに勢いよく押し倒されて、彼女に見下される形になる。
「リアってば、ほんと優しいね!!」
「……え」
肩をがっちり固定され、満面の笑みで見下される。
「あたし、リアのこと大好きになっちゃった!! バディになれて良かった!!」
「そ、そう……」
彼女は何か勘違いしているような気もする――と、リアは内心思っていた。
ここに来てから、出会ってきたのは”クズ”ばかりだ。
その中で、初めてそうではないと思える人間に出会えた、というだけなのだが。
「リアやわらかーい。枕にしたいなぁ」
「ちょっと……苦しい……!」
◇
大雨が降り始めた荒野。
雨粒に晒されるザラ社の本部にて、アキラは一人窓の外を眺めていた。
『ザラ殿。あなたの社員らが、無事に関門を退けましたよ』
デスクに置かれたコンピューターから、ホシノの通信が流れる。
無線越しの彼は、未だ不機嫌そうだ。
「関門?」
『またアスハ社が我々に喧嘩を売ってきた。今度は大層な軍勢だったよ』
「……ほう、ここでもアスハが」
アキラは自然と笑みが零れ出た。
それは呆れか、それとも別の何かによるものか。
『ザラ殿は何だと思う。アスハがこうも好き勝手する理由を。競争に負けて、落ちぶれてしまったあの会社が』
「……彼女とは知り合いだ。だから分かる。あのひとは負けず嫌い、なんだよ」
金属加工会社アスハ。昔は、ゲヘナの中でもかなりの強豪だった。
ただ、アダマン鉱石の有用性が認められて、ゲヘナという土地の需要が高まっていくうちに競争は激しくなり、振り落とされてしまった。
落ちぶれた結果、今のような愚行に走っているのだろう。
その先に待ち受けているのは、破滅のみだろうに。
「……もしも、ですよ」
『?』
アキラの顔に、僅かな高揚が見られた。
「アスハ社は落ちぶれた故にあのような愚行に走っているのではなく、何か別の目的の為に落ちぶれたのだとしたら?」
通信機越しのホシノが、暫く黙り込んだ。
『何が言いたい、親友』
「……私は、此度のアスハ社の大規模な動きには、追い詰められた故ではなく、明確な目的があると思っているのです」
『妄想は大概にしたほうがいい。現実が見えなくなるからな』
アキラは本気だったが、向こうは冗談か何かだと思っているようだ。
誰が見ても、アスハ社は落ちぶれた焦りからあんな行為をしている、と考える。
『仮にそうだとしたら、我々はアスハに弄ばれているだけと言うことになる。そうなれば僕は、本気で奴らを潰す』
アキラの考えは、なんの根拠もなく、とにかく異色を放つものであったのだ。
「……何れにせよ、あなたの所のディヴィは、くれぐれも大切にね」
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