第9話 焼け焦げた街で


 《プライド》が我武者羅になって照射したレーザーは、道路に散らばる硝子の粉を消し炭とした。


 逃げ惑うセンジャーの肩に、一発が命中。

 焼け爛れる装甲を確認すると、敵機はまた建物の陰に身を隠す。


「何度も同じ手が――」


 リアは額に血管を浮かばせ、操縦桿を固く握りしめる。


 

「通じると思うなァァァッ!!!!」


 

 雄々しい叫びと共に操縦桿を前に倒す。


 彼女の指示が行き渡った《プライド》は、右腕部を大きく振り翳し、徹甲弾砲を構えた。

 刹那――射出されたAPFSDS徹甲弾は、蒼炎を吐き出しながら全速力で直進。


 外部シェルをパージし、内部弾頭を露出。

 凄まじい推進力を手に入れた弾丸が、真空波にも似た衝撃を迸らせながら、建物を砂の城かのように玉砕。


 陰に潜んでいたセンジャーの腹部を、推進力を失わず激突するAPFSDS徹甲弾が穿つ。


 敵機の損傷を眼に捉えた《プライド》。

 まさに鷹の如く、スラスターから蒼炎を悍ましい量吐き出しながら爆発的な跳躍を見せた。


 天空に舞い上がった《プライド》は、左腕部のガトリング砲を構え、地上で藻掻くセンジャーを蜂の巣にせんと射撃。

 円を成して放たれるエネルギー弾がセンジャーを貫き、爆散させた。


『やるなぁ《プライド》!!』

「うっさい!! もう手出さないで!!」


 偉そうに褒めてくる味方に喝を入れ、頭に血が上ったリアはため息を吐く。

 ヘルメットに跳ね返り、自身の息があまりに熱を帯びていることに今更気がついた。


「落ち着け……私……」


 《プライド》のレーダーが、敵の反応を捉えた。


 一機減った敵性反応が、その倍になる。

 

「増援か」


 増えたら、また殺すだけ。


 そうなければ生き残れない――。



『リーーーーアーーーー!!!!』



 無線で入ってきた弾むような声に、リアの意識は現実へと引き戻された。


 刹那、隣に降り立った《ブレイヴ》の姿を見て、リアは驚いた表情を浮かべる。


「アッシュ……」

『バディを忘れてるでしょ。あなたは!!』


 翡翠の複眼を煌めかせた蒼き戦士。

 リアはそれを繰る者の言葉に、酷く救われたような気がして、目頭が熱くなった。


「……ごめん」

『謝る前に! 来るよ!』


 敵性反応が、みるみる内に近くなる。


 建物の陰から出現するセンジャーが、右肩に負った一二〇ミリ榴弾砲をぶっ放した。


 空気を押し潰し突き進む弾丸は、《ブレイヴ》のシールドによって防がれる。


『リアはあたしが守るからね!』


 対装甲ランスを華麗に振り回す《ブレイヴ》と、榴弾砲を負ったセンジャーが戦闘を開始。


 緊迫する戦場の中で、リアはコックピットに乗る彼女の姿を思い浮かべていた。


「……どうして……私なんか……」


 操縦桿を握る手が、怒り以外の感情で震えたのは、これが初めてであった。



 ◇



「アジンさん、《ブレイヴ》が無事にバディと接触しました」


 市街地上空に点在する輸送船は、ストライフの戦闘を傍観するのみであった。

 ブリッジでは、ピリついた空気が張り詰めている。


 アジンはモニターに映る姉妹のストライフを見て心底ホッとする。


「ああなれば大丈夫でしょう」


 彼女が安堵するのに呼応するよう、他の船員たちも深く息を吐いた。


 《プライド》と《ブレイヴ》。

 姉妹機にして、最高の相性補完性を有するディヴィ同士。

 戦場にその二機が立つ時、生半可な機体ではその双壁を突破することは困難である。


 開発に携わった彼女は、それを一番良く分かっていた。


 多少の落ち着きを取り戻したブリッジに、一人の男が入ってくる。


「……誰ですか。今は戦闘ちゅ――」


 強気に食い入ったアジンは息を呑み、自らの行いを悔いることになる。


 彼女の前に立ち塞がったのは、誰もが怯えるような大男。

 髪は茶色で、瞳は血のように赤い。

 パイロットスーツを纏いし大男は、アジンを見て狂気的な笑みを浮かべる。


「オレ様は出してくれねぇのか。ザラ社のオペレーターさんよ」


 大男――ゲバルトは、竦むアジンに対してでも容赦なくそう言い放った。


「《エンフォース》。貴方の出番はありません。命令です。引っ込んでいてください」


 彼女は意を決して言う。

 人間を機体名で言う彼女の事だ。《エンフォース》――というのも、ゲバルトが乗るストライフの名であろう。


「お嬢さん。ある人間の”力”を示す物に必要なのはなんだと思う?」

「……まだ諦めませんか」


 ゲバルトは話が通じないのか、身勝手に会話を進めた。


 力の証明――アジンは不覚にも、少し考え込んでしまう。

 その隙を突かれ、彼女は胸ぐらを捕まれ、いとも容易く持ち上げられた。


「正解はなァ、”暴力”だ。喧嘩、殺し、戦争!! あらゆる”暴力”を持ってして、その人間が持つ”力”は初めて証明される!!」

「うっ……が……」


 周りのクルーがざわつき、彼を止めようとするも、寸前の所で引き下がった。


「あ、アジンさん!!」


 刹那――血走った真紅の瞳が、一歩を踏み出したか弱い青年を睨みつける。


「オレ様が一番怖いのはなァ、”力”を持っているにも関わらず、誰にもそれが知られることなく時が過ぎていくことなんだよ」


 アジンはようやく解放され、その場に蹲って激しく咳き込んだ。

 

「だからオレ様は手を汚した。”力”の証明をするためにな……!!」


 あまりに狂気じみた様に、周りのクルー達は怖気づき、一歩も動くことができなかった。


「……それでも!! 無意味な出撃をさせるわけにはいきません……!!」


 蹌踉めき、立ち上がったアジンが首を擦りながら訴える。

 ゲバルトは目を細め、なんともつまらなそうな表情を浮かべた。


「それが”私の責務”ってか。ご立派だねぇ」


 両手を後頭部に添えてから、ゲバルトはようやくブリッジを出ていった。


「大人しくしてりゃいいんだろ。ま、俺は宇宙でやり合いたいしな」


 静まり返ったブリッジ。

 アジンは服の皺を直して、再び椅子に尻を落とした。


「……アジンさん、奴は……?」

「名前はゲバルト・ローズ。型式番号SPAM-301《エンフォース》のパイロット」


 淡々と説明していたアジンは、何かを続けようとして、それを拒むような仕草を取る。


 意を決したのか、モニターを見据えながら、何かに怯えるよう呟いた。



「――火星で有名な殺人鬼よ」




 ◇



 アスハ社とザラ社の戦闘は、凄まじいまでに進展していた。

 あらゆる建物が崩落し、至る所から黒煙が立ち昇り、燻る焔は今も尚熱を帯びている。


 その要因は――圧倒的なスペックの暴力で暴れ回る、二機のディヴィにあるだろう。


『うっ、うわぁぁぁぁっ!?』

『こいつら、化け物じゃねぇか!!』


 無線で情けなく叫ぶセンジャーのパイロット達は、《プライド》の放つAPFSDS徹甲弾により貫かれ、一瞬のうちに絶命した。


「くそっ……湧いて出てくる……!!」


 悪態を漏らすリアを、凄まじいコックピットの揺れが襲った。


 《プライド》は背後を取られ、センジャーが振るった高周波ブレードで背部装甲を斬り裂かれた。

 火花が散り、微かな鉄片が機体の頭部を掠める。


「まずっ――」


 振り向いたはいいが、敵は既に次の一手を打っていた。



 辛うじて斬撃を防ぐ事に成功。

 刃の放つ高周波が、ひしひしと伝わってきた。


『お前らザラ社さえ居なければ!! 俺達は安泰だったのによ!! クソがっ!!』

「っ……! そんなことっ……!」


 敵機の無線が聞こえてきて、リアの拳に力が込められる。


『お前をぶっ殺して、そのディヴィをに売り払ってやる!! 覚悟しろよ……!! 俺達から仕事を奪った罪を!!』


(―連邦軍……?)


 刹那、リアの脳裏に違和感が過る。

 されど、今の彼女に思考を巡らせるだけの余裕はなかった。



「私の知ったことか!!」



 敵機を押し返した《プライド》のレーザーバルカンの銃口が、敵機コックピットに突きつけられる。

 すかさず照射されたエネルギー弾。コックピットを灼くよう、センジャーを穿つ。


 鉄塊と化したストライフを蹴り飛ばし、高周波ブレードを奪い取る。


 腕を振りかぶって踵を返し、背後から駆けてきていたセンジャー目掛け、ブレードをぶん投げる。


 円を描きつつ、そのブレードは敵機の頭部を見事に跳ね飛ばしてみせた。



 《ブレイヴ》は相棒と距離を取りながらも  彼女を常に気にかけながら戦っていた。


「うわぁ……無茶苦茶」


 コックピットのアッシュは、彼女プライドの戦いぶりに半ば引いていた。


 すぐに切り替え、操縦桿のボタンを押し込む。


 肩を覆う蒼き装甲が展開し、巨大な二対のレーザー砲が勢いよく飛び出る。

 狙いを定めるや否や、真っ赤に赤熱する銃口から、一二〇ミリの光線が解き放たれた。


 建物を焼き払いながら、その側に立つセンジャーもろとも爆散。

 橙の爆炎が広がるほどの大爆発を、蒼き戦士は瞳に据える。


「……ま、あたしも人のこと言えないか」



 暴れ回る二機のディヴィにより、アスハ社は劣勢に立たされた。

 みるみる数を減らしていくセンジャーは、やがて増援すら来なくなり、残された満身創痍の者達は尻尾を巻いて撤退していった。


『《プライド》、《ブレイヴ》。お疲れ様でした。帰投してください』


 光学モニターに映るアジンが、仕事の終わりを告げた。

 

「……敵はまたアスハですか」

『そのようです』


 リアはその言葉を聞き、唇を淡く噛み締めた。


(さっき、たしかに言った……『連邦軍に』)


 あのパイロットが口にした『連邦軍』という言葉。それが『地球連邦軍』の事を指しているのだとすれば――。

 アスハ社は連邦軍と関わりがある、という疑惑を生み出してしまう。



(いや……それより……)


 リアが気になるのは、そっちの方では無かった。


『あ、ちょっとリアー! どこ行くのー?』


 《プライド》のスラスターを吹かし、機体を上昇させる。

 ある程度の高度まで来て、街全体を一望するために踵を返した。



「……」



 街の真ん中に佇む巨大な円柱状の施設――アダマン融合発電所。

 その原型は殆ど残っておらず、鉄片が街の至る所に弾け飛んでいるのが伺えた。



「……あんなに……酷く……」



 リアは、今すぐにでもここから飛び降りてしまいたくなるのだった。

 

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