第8話 マスドライバーへ
輸送船はすぐに発進した。
森林を抜け、窓の外にはぽつぽつと市街地が見える大地が伺えるようになってくる。
リアはただひたすらに、このゲヘナの大地を呆然と眺めていた。
「ねぇリア、窓の外ばっか見て楽し?」
「……別に」
「ふぅん」
アッシュがベッドの上で寝転がり、ファッション雑誌を鼻歌交じりに捲っていた。
以前まではコックピットで一人きりだったからか、この共用部屋を使うのは初めてで、何だか新鮮だった。
リアは窓の外に、気になる光景を目にした。
廃れた市街地だった。それも、かなり大きな市街地だ。
ビルなどの立派な建物が立ち並んでいたようだが、骨組みが剥き出しになっていたりと無惨な姿だった。
何より、街全体が何かに焼かれてしまったかのように真っ黒であった。
「……あ。リア、あの街興味ある?」
「別に」
「そればっかり」
あざ笑いながら頬をつつくアッシュ。
リアは苛立ちながらも、ぐっと堪えた。
「あの街ね、アダマン融合炉の事故でこんなになっちゃったの」
「……アダマン融合炉の?」
リアは彼女の言葉を耳にし、心胆がゾクゾクと震えた。
「……アダマン融合炉って、『誰もが欲しがる半永久機関』みたいに言われてるよね。実際、とっても危ないのにね」
アッシュはまるで他人事のように、にぱ、と笑いながら言った。
――あんなに大きな街が、消し炭になるほどの危険性を孕んだ動力源を積むロボットに、自分が乗っているというのに。
リアは気分が悪くなり、外に出ることを決断した。
「おトイレ―?」
「……うん」
「いってらー」
吐き気もするが、今はとにかく、青空を眺めたい気分だった。
◇
警戒しながら廊下を歩いていると、反対方向からすぐ目に留まるような人間が現れる。
「……?」
その人間は、あまりに巨大な男。
身長が二メートルはあり、髪は茶色く、瞳の色は真っ赤に染まっている。
肉体美剥き出しのパイロットスーツを纏っている所を見るに、ストライフ乗りだろう。
「っ……」
あんなのに迫られたら抗いようがない。
リアは恐怖で肩を竦めた。
「……お前だなぁ? ザラ社のパイロットっていうのは」
通りかかった男は、にやり、と笑いながら彼女の顔を覗き込み、そう一言呟いた。
顔を背け、無視を決め込むリア。
「なかなか感じ悪いヤツだな」
「……何……ですか」
「あぁ? 挨拶に決まってるだろ」
大きな男は、やけに無頓着な顔を浮かべたままそう呟いた。
リアの目が丸くなる。
「……襲わないの……?」
「減給はごめんだからな」
リアの言葉を嘲笑うよう、鼻笑いの後に吐き捨てるように言った。
「んで、お前は《プライド》のパイロットだろ? 宇宙での戦闘は初めてか」
「……戦闘は初めて。でも、操縦は何度かしたことがある」
そう言うと、男は得意気になって胸を張る。
「オレ様はゲバルト。宇宙空間戦闘のプロフェッショナルだ!! ま、ドンとオレ様を頼るがいいさ、ガハハハ!!」
ゲバルト、と名乗った男は大笑いを廊下中に響き渡らせながら、どこかへ去っていった。
大きな背中を見ながら、リアはつい最近も感じたような――いわゆる”デジャヴ”を感じるのだった。
◇
『レーダー、敵性反応を察知。クルーはブリッジへ、パイロットは格納庫へ急行してください』
アラートと共に、船内へアナウンスが流れた。
仕事の時間である。
リアとアッシュは大急ぎで格納庫へ向かい、到着と共に各々の機体前へ立った。
「壊すなよ《プライド》!! 俺達の仕事が増えるのは勘弁だからな!!」
「……はい」
自分のことしか考えていない、整備班のクズどもの声を適当に流し、コックピットから伸びてくるワイヤーに足をかけた。
コックピットに身体を収めるとすぐ、アッシュから通信が入ってくる。
『頑張ろうね、リア! お給料アップのチャンスかもよ?』
「……うん。頑張ろう」
ハッチが固く閉ざされ、メインシステムの起動を伝える光学モニターが展開。
格納ベースの移動に伴う視界の変化を見届けながら、操縦桿を握った。
『《プライド》。貴女は数機のセンジャーと共に、戦局を掻き回してください。市街地戦になりますので、ケチらずヴァードを使用してください』
アジンに言われ耳が痛かった。
市街地となれば戦線も混雑する。建物、電線、車、ストライフ。あらゆる物体が交差する戦場は市街地くらいである。
だから、なるべく早く終わらせるに限る。
敵の素性を聞こうとしたが――やめた。
どうでもいい。どうせ殺す。会うことのない人間なのだから。
『ハッチ解放、カタパルト接続。《プライド》発進どうぞ』
アジンの一声で、リアの呼吸が止まった。
「リア・レガリア、《プライド》行きます!」
カタパルトが火花を散らし、接続された《プライド》を大空へと射出。
群青の空に羽ばたいた《プライド》。
翡翠の複眼をギラリと輝かせ、強烈なGを全身に浴びながら下降していった。
光学モニターがあの街の様子を直に捉える。
「っ……」
真っ黒。壁も道路も、生い茂っていたであろう草木たちも。
何もかもが、炭のように真っ黒く染め上げられていた。
揺れるコックピット内で、リアはメインモニターへ一瞬映った敵の正体を察知する。
灰色に塗られたセンジャー。
その肩装甲には『ASUHA』というロゴが刻まれていた。
「またアスハか……!!」
両腕を広げていた《プライド》は、着地の寸前で姿勢制御を行い、凄まじい震動と共に大地に降り立った。
廃棄された自動車を吹き飛ばし、窓ガラスをいとも容易く粉砕してみせた。
腿装甲の隙間から二対の対装甲ナイフを取り出し、その矛先を輝かせる。
『おい《プライド》!! 足引っ張んなよ!!』
後から降ってきたセンジャーのパイロットが、容易に顔が想像できる口調で語りかけてくる。
こっちのセリフだ。
レーダーが敵の反応を捉えた。
数は二。彼女の機体を取り囲むよう、建物を影にして展開している。
「建物が邪魔だ……!」
高層ビル、とまではいかないがストライフを丸ごと覆い隠せるほどの建物が陳列している。
高性能なディヴィの光学センサを持ってしても、物質を透過してまで敵を見据えることはできない。
『《プライド》、上です!!』
その声で《プライド》の視線が天を仰ぐ。
「っ……!?」
ビルを乗り越え跳躍した一機のセンジャー。
左腕から伸びる硬質ワイヤーを
敵機の右腕で火を吹く、四〇ミリのバルカン砲が《プライド》に鉛玉を降り注がせる。
コックピットが激しく揺れた。
赤き装甲は鉛玉によって傷つけられ、鉄片が窓ガラスを貫いて火花を散らす。
巨大な鉛の雨を喰らった《プライド》は蹌踉めきながらも、反撃の隙を見逃さなかった。
天空から襲いかかるセンジャー。
大型ナイフを抜刀し、脳天を突き刺さんと降り掛かってきた奴を、翡翠の複眼が睨む。
「そこだッ!!」
リアは操縦桿を捻り、対装甲ナイフをタイミング良く突き出した。
敵機の腹部を的確に捉えた矛先は、合金製の装甲を振動によって削るように貫く。
火花、鉄屑、稲妻、という順番で空気中に散布し、敵機の破損具合をリアに伝えた。
どうやら、電気系統をやれたらしい。
「ここで殺す……!!」
リアが殺意を剥き出しにし、相手の息の根を止めようとした時だった。
背後から放たれる一〇〇ミリのレーザーが《プライド》の攻撃を阻害。その上、センジャーに掠りもせず、逃がしてしまった。
『邪魔だ《プライド》!! 当たらなかったじゃねぇか!!』
「余計なことを……」
本当に邪魔だった。
リアは何度も舌打ちをしながら、戦況を有利に進めるべく脳をフル回転させた。
敵機の反応は、未だ二つ。
おそらくは建物に身を隠しながら、彼女らを取り囲んでいるだろう。
正直言って、対装甲ナイフ二本でどうにかできる戦況ではなかった。
リアは葛藤の末、通信チャンネルを開き、そこに向けて荒々しく叫ぶ。
「アジンさん! 〈ブラスト・ヴァード〉をお願いします!」
チャンネル越しのアジンは「十秒持ちこたえなさい」とだけ言い、通信を遮断した。
ヴァードが来るまでの数十秒耐える。
リアからすれば容易なことであったが――。
背後から雑に放たれた一〇〇ミリのレーザーが、《プライド》の側にあった建物を穿つ。
瓦礫が赤い装甲を傷つけながら崩落していき、彼女の行く手を阻んだ。
『わりぃな《プライド》! 次は外さねぇからよ!』
「……っ……! ふざけてるの……!?」
あまりにいい加減な味方に苛立っていると、崩落した建物の影から、無傷のセンジャーが飛び出してきた。
ビームサーベルを引き抜き、《プライド》の脳天目掛けて振り下ろす。
対装甲ナイフを犠牲にし、《プライド》は素早く後退。
スラスターを吹かし建物へ上り、敵を見下ろした。
「殺す殺す殺す……!! 絶対許さない……!!」
天引きされる給料が増えるの怒りを、眼の前のセンジャーにぶつけることにした。
レーダーがヴァードの反応を捉え、リアは深く息を吐く。
天空を舞う漆黒のヴァード。
武装を孕んだ両翼をパージして《プライド》の腕に装着させてから、背部にスラスターとしてドッキングする。
右腕部には七○ミリビームガトリング砲を、左腕部には装填弾頭が剥き出しになった徹甲弾砲が。
〈ブラスト・ヴァード〉を装着した《プライド》。
牽制として放たれた七○ミリのレーザーの雨が荒廃した市街地に降り注ぎ、熱風と爆発を巻き起こした。
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