第4話 砂漠の赤骸骨


 開かれたハッチ。

 そこから伸びる鉄板目掛けて、《プライド》は滑るように発進。


 スラスターユニットから噴き出る蒼炎が、荒野を覆う乾いた空間へ微かな蜃気楼を生み出しながら、赤き鉄の戦士が風を裂いて飛び立った。


 凄まじい重力は、中に居るリアにもしかと伝わってきた。内臓が押し潰されそうになっても、この刹那の苦しみを堪える。


 腰部に携えたビームライフルを構え、大地を轟かせながら着地。

 舞い上がった砂埃の影から、降り立つ《プライド》の複眼が勇ましく光り輝く。


『オペレーターより《プライド》へ、現在、敵性反応はありません。十分に警戒を』


 光学モニターに映る、どこまでも続く荒地をリアは見据えた。

 背後に先程見た掘削施設が聳え立っていて、遠くには森林地帯が伺える。

 平坦過ぎる。防御兵装が皆無な近接戦特化の《プライド》からすれば、良くもあり、悪くもある地形だ。


(これでいくら貰えるのか……)


 相変わらず、心臓が締め付けられるような緊張に襲われる。

 この仕事はいつ死ぬか分からない。

 だが、これを辞めたら生きられないほど高給だし、自分から始めたことだから辞める訳にもいかない。


「やってやる……!」


 操縦桿を固く握り、リアは掠れた声で呟いた。

 やる気を出す時はいつも、一年前初めてストライフに乗った日のことを思い出す。

 あの時は右も左も分からないような状態で、この星に来たことが嫌で嫌で仕方なかった。


 あの時の屈辱を思い出すと、いつだって少しだけやる気が出る。



 荒野を踏みしめ、偵察がてら翡翠の複眼を光らせる。

 今のところ異常は見られない。

 掘削施設は、今も変わらず稼働しているらしい。呑気すぎて腹が立つ。


 この前の仕事で負傷した腕は、もう万全であった。クズだが、きちんと仕事のできる整備班で助かった。


 しかし、その安堵も束の間。


 《プライド》のレーダーが熱源を捉えた。

 その数、およそ七。


 そのうち四つはかなり小さいが、三つは大きい。恐らくはストライフであろう。


『《プライド》、敵が接近中です! 数は七、そのうち四機は敵の自律型戦車と思われます』

「戦車か……」


 リアはその報告を聞き入れて複雑な顔になる。

 戦車やヘリなどは、ストライフが戦場に出る前まで兵器の主力だった。

 だがストライフの前では無力のため、今では使い捨ての駒扱い。人も必要なく、人工知能による自動操縦。


 その恐れを知らない自動操縦というのが末恐ろしいのだ。



 荒野の地平線から現れる敵の数々。


 三機のセンジャーを戦闘に、その背後からキャタピラを駆動させる巨大榴弾砲を孕んだ戦車が四機。

 《プライド》たった一機に対しては、あまりに多すぎる数であった。――相手からすれば妥当かもしれないが。



 戦闘開始。


 牽制としてビームライフルをお見舞いする。

 放たれた光線を、センジャーは洗練された動きで回避し、同時に陣形を変える。

 一筋縄ではいかない敵のようで、リアは頭を抱えた。


 スラスターを吹かし、光線で弾幕を張りながら推進。

 

 敵は携えたサブマシンガンで負けじと弾幕を張る。

 その背後から、強烈な音を轟かせ、次々と戦車の大砲が放たれる。


 どれも回避に成功するが、当たるのは時間の問題だ。

 一気に接近し、数を減らす必要があった。


『《プライド》、”あれ”の使用を』

「っ……! 考えさせてください!」


 アジンに言われ、リアは思わず反論してしまう。

 ”あれ”を使うのは、本当に追い込まれた時。

 でなければ、借金返済が遠くなってしまうかもしれないのだから。


『お前が《プライド》だな!? 俺達アスハ社を毎度コケにしてくれてるらしいじゃねぇか!!』


 無線で話しかけてくるクズが一人。


(またアスハか……!)


 いい加減しつこい、と思っているともう一人のクズが口を開く。


『だんまりか!? 生意気じゃねぇか!!』


 左右に展開した二機のセンジャー。

 双方から放たれる鉛玉の雨は、《プライド》の動きを鈍らせ、装甲から火花を散らさせた。


「このっ……!!」


 回転しながらビームライフルを連射。

 敵を退ける事には成功するも、前方からの大口径弾の雨にまた動きを止められる。


 見れば、もう一機のセンジャーは、両肩部に榴弾砲を構えた嫌な武器構成であった。


『ククク……《プライド》、貴様の命もここで終わりだ。我がアスハ社の糧になるといい』


 完全に四面楚歌のリア。

 あまりに絶望的な状況からか、つい、クズの無線に対して言い返してしまった。


「黙れ!!」


 言ってから、はっ、と気づく。


『女か!? こいつぁ殺すには惜しい!!』

『命だけは助けてやるよ!!』


 ――あぁ、とリアは一瞬放心状態になる。


 無線越しに、汚い言葉を吐き散らすクズどもの声が、うざったいぐらいに響き渡ってくる。

 あいつらはきっと、どうしようもないクズなんだろう。さぞ待遇も酷いことだろう。借金だって抱えているかもしれないし、もう地球や火星にろくな居場所もないかもしれない。


 

 ――でも、それは自分だって同じ事。



 その事実を、リアは受け入れられなかった。



「……アジンさん、〈デュエル〉を」

『了解。換装完了まで、本艦が援護します』


 《プライド》が後退を始める。

 センジャーの隊は、その好機を逃さんと全速力で追跡。


 しかし、そんな彼らの機体を大きな影が覆い尽くした。


 はるか上空から飛来した武装輸送戦艦。

 両サイドから伸びる砲台が赤熱している事に、三人のクズどもは戦慄した。


 ――刹那、空気を灼き解き放たれる高出力のレーザー砲が荒野を貫く。


 大量の砂が、有象無象を生み出すかのように舞い上がり、煙幕弾に等しい砂埃が奴らの視界を覆い尽くす。



 その砂埃を切り裂いて、一機の戦闘機が飛来していく。


 鋼の装甲を持ち、両翼には何か武装のような物を携えた小型の戦闘機だった。



「絶対に殺してやる……!! そして……私が生き残る……!!」



 戦闘機は《プライド》の周りを一周してから、突如として動きを止める。

 そして、分離。

 戦闘機は両翼をパージし、形を変えて《プライド》の両腕部にぴったり合うような追加装甲へ生まれ変わらせる。

 本体はそのまま、《プライド》の追加スラスターとして背部にドッキング。


 

 装甲の間から漏れ出る一縷の赤い光が、やがては燃え盛る炎のように荒々しく波を打ちながら、刃のような形を作る。



『なんだありゃあ!?』

『ザラ社め、とんでもないもんを!!』

『通りで呆気ないと……』



 《プライド》の真価。それは〈ヴァード〉による武装の臨時換装にある。


 ――油断した敵を、舞い上がらせる前に、己の誇りにかけてぶっ殺すための。



 二機のスラスターが炸裂。

 蒼炎が放出され、爆破による推進力は《プライド》を激しく押し出す。


『はやっ……!?』


 動揺するセンジャー。


 息する間も無く接近され、気がつけば撤退の体制を取っていた。


 

「焼け死ねっ!!!!」



 怒りに身を任せ操縦桿を押す。

 まるで共鳴するかのように、《プライド》が力強く右腕部のビームサーベルを振り上げる。


 赤熱の実体を持たぬ刃が、センジャーのコックピットを容赦なく焼き切った。

 飛び散る鉄片、そして人間の血液とオイルが混ざった異様な液体をその身に浴びる。


『このアマァァっ!!』


 一機沈めた事により、怒り狂ったもう一機のセンジャーが、サブマシンガンを乱射しながら突撃。

 敵の胸部を蹴りつけ、攻撃を阻止。

 

 サーベルを振り下ろそうとするも、リーダー機から放たれた榴弾に阻止されてしまう。


『目障りな《プライド》め……! ここで必ず沈める! アスハの名にかけて!』


 リアは歯をぎりぎりと擦り付ける。

 さっさとあれを殺らないとまずい。


 彼女を取り囲む戦車が、等間隔に榴弾をぶっ放す。

 何発かが《プライド》の薄っぺらい装甲を貫き、鈍い音を荒野に響かせた。


 揺れるコックピット。それに乗じて、リアの身体も激しく揺れた。


 回転するように刃を振るい、戦車を殲滅。

 

 その亡骸を眼の前のセンジャーに投げつけ、複眼を砕く。


『やりやがったな!!』

「さっさと沈めっ!!」


 まだ抵抗するセンジャーの喉仏に、光の刃を突き刺して黙らせた。


 二機をようやく撃破した《プライド》だったが、左肩に敵の榴弾が直撃し、大きく仰け反らざるを得なかった。


「《プライド》……! しっかりして……!」


 操縦桿を弄くり回しても、左腕が上手く動かない。呼びかけても、答えが返ってくるはずがなかった。


『アスハの尊厳を壊した愚かなザラ社の犬めが、貴様の身体なぞ私は興味がない!!』


 榴弾砲持ちは、容赦なく次なる弾を放つ。

 肉眼では捉えられないそれを、《プライド》はスラスター噴射で回避した。


『《プライド》、増援を送ります。上空に注意を』

「船が手伝ってくれればいいのに……!」


 リアの悪態は届かぬまま、輸送船からの無線は途絶えた。



 このままではジリ貧だ。

 負けることもないが勝てることもない、永遠に続くような惨めな戦いが続く。


 ここゲヘナに来る前の無味で苦しいだけの毎日のような――。


 リアの手に力が入り、震えた。

 脳裏に過る嫌な記憶に悶えながらも、覚悟を決めた。


 

「来い……!! アスハ……!!」



 《プライド》とセンジャーが再び激突しようとした時、”それ”は突如として現れた。



 上空から降り注ぐ二対のレーザー。

 センジャーが引き下がると、代わりにその大地に一機のストライフが降り立つ。



「……!? 増援……一機だけ……?」



 砂埃が晴れる頃、リアはその機体の全貌を見て言葉を失った。



 翡翠のまなこを煌めかし蒼き戦士――それは、あの時格納庫にあった見慣れないストライフ。



『やっほーリア! 援護だよ、えーんご』

「……その声っ……」



 リアは無線から入る、弾むような声音の問いかけを耳にして目を見開いた。



『アッシュ・スルト、《ブレイヴ》。可愛い同期の助太刀に参上!』


 


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