クズの惑星
聖家ヒロ
第一章 傲慢と勇気
第1話 そこはクズのほし
『地球人の皆さん、此度はお伝えしたいことがあって、この場をお借りしています』
神聖な飾りが施された壇上で、白き軍服を纏った軍人――〈地球連邦軍〉の男が、腕を広げながらにこやかに言った。
『かねてより地球を悩ませていた資源不足問題。皆さんもさぞ、苦しまされたことでしょう……! 戦争、貧困、飢餓……! あらゆる困難が皆さんの前に立ち塞がりました!』
金髪頭の男は、大勢の記者が立つ前で身振り手振りに演説を行う。マイクなんて必要ないほどの声量が、式場に木霊するのが良く分かった。
『ですが、そんな苦しみはもう終わりです!』
男はそう言い、自身の後ろを大きく示す。
そこに映し出されたのは、地球と良く似た――少しくすんだ青色の惑星だった。
『この星の名は〈ゲヘナ〉!! 恒星の周りを公転し大気圏を持つ、地球と似通った環境の惑星です!! 宇宙開拓が進んだ頃から、移住したいと望む人々が多くいた、恵みの惑星です!!』
――そこまで良い物じゃない。
『この星にて、我ら地球の民を救う、天からの授かり物が見つかりました!! ――その名は!!』
惑星の映像は、円柱状のプラスチック容器に入った赤色の鉱石の写真に切り替わる。
『アダマン鉱石!! これこそ、神が我々に授けた至福の――』
男が興奮気味だった時に、サブモニターの電源を落としてやった。
薄暗いコックピットの中、一人の顔が良い娘が、程良く大きな胸を膝に押し付け体を丸めていた。
腰まで伸びる空色髪に、翡翠の瞳。その顔は一縷の希望も見られない暗い顔。
「戯言だ」
娘――リアはため息を吐き散らしながら顔を膝に埋めた。
あんな石ころで自分の借金が綺麗さっぱりなくなるのなら、さっさと手に入れたいと、リアは心から思った。
だけど、現実は甘くはない。
これは罰だ。夢を追い求めた癖に、努力の才能すらも無かった女への。
『《プライド》、聞こえますか? ターゲットの〈ストライフ〉が動き出しました。追撃を』
無線機越しにそう言われ、リアは体を起こした。
――仕事の時間だ。
◇
豊かな木々が生い茂る森林地帯。
そこは、ゲヘナがいかに自然豊かで美しい星かを説明するには、十分過ぎる景色が広がる場所であった。
そんな森を覆い尽くす、巨大な影が一つ。
空に、巨大な船が飛行していた。
さながらクジラにも似たフォルムの、厚い鋼の装甲で覆われた飛行船。
左右には機関砲を、船底には大型のレールガンという立派な武装まで携えている。
その船の格納庫では、二機のヒトガタ兵器――〈ストライフ〉が佇んでいた。船同様重厚感のある、まるで鋼の装甲に包まれた民間兵士のような素朴なフォルムで、赤いゴーグル型複眼が特徴的だ。
その足元で二人の男が、向かい合ってニヤニヤしていた。
「やったぞ……これだけの〈アダマン鉱石〉があれば……!!」
「あぁ……!! 社長だっておれたちの給料上げてくれるに違いねぇ」
「……ようやくあのクソババアの介護費返せるぜ」
「俺もまた女遊びができるぜ……!」
男達は床に置かれた大量の円柱型強化プラスチック容器を取り囲んで、淡い期待を抱いていた。
そのプラスチック容器の中には、仄かに輝く真っ赤な石のような物が入っている。
――しかし、男達を船内に迸る凄まじい震動が襲う。
「なんだ!?」
「くそっ……まさか敵か……!!」
◇
「……高度はそんなに無いな」
コックピットで嘆息するリアは、光学モニターに映る武装輸送船を見て、一人でにそう呟く。
彼女は操縦桿にぐっ、と握りしめてその船を睨みつけた。
彼女の繰る〈ストライフ〉。
それは、他の〈ストライフ〉とは一線を凌駕する気迫を放っている。
ヒーローのような、スタイリッシュなフォルム。黒い内部フレームの上から血に染まった真紅の装甲を纏い、胸部には排熱ファンが取り付けられた、紅き狂戦士。
名を《プライド》。
細々と煙を上げるビームライフルを構え、翡翠の複眼で敵を見据えている。
「……一気に殺す」
リアは操縦桿を押し倒し、《プライド》を繰る。
背部スラスターから、爆ぜさせた蒼炎を放出し、その衝撃で地面を灼き、飛翔。
武装船目掛けて一気に突き進む。
船に気づかれたらしく、二対の機関砲が鉛玉の雨を降り注がせる。
《プライド》はくるりと一回転。鉛玉の嵐を軽々抜け、異常なまでに素早い射撃を放つ。
機関砲が一瞬にして潰れ、船は中破。
一気に片付けようとするも、ビームライフルを何者かに破壊されたことで足を止める。
「っ……! 〈ストライフ〉……!」
リアは唇を噛む。
モニターに映るは、船の上で一〇〇ミリビームライフルを構える二機の〈ストライフ〉――センジャー。
『邪魔すんなよ……!! 〈ディヴィ〉が!!』
『お前だけいい給与貰ってんだろ、クソが!!』
無線で暴言を吐き散らすクズ二人。
速攻で船に乗り込む《プライド》。
展開された腿装甲から、二対の対装甲ナイフを抜刀。
敵が撃つ前に、さながら飛びかかるかのように突撃。
センジャーの装甲を、轟く刃で裂き、手で無理矢理切り開く。
中へ斬撃を繰り出し、あっという間に亡骸となったセンジャーを船から蹴落とした。
『この野郎っ!!!!』
もう一機のセンジャーは、無謀にも最適な、突進という択を取った。
船から投げ出された《プライド》を前方から鉄の塊が、背後からは凄まじい空気抵抗が襲った。
「くっ……!!」
機体が悲鳴を上げる。
丈夫なセンジャーは、《プライド》の腕を引き千切ろうと、容易く動き彼女を追い詰める。
背部スラスターが蒼炎を吹く。
多少無茶な行動を伴って、体制を立て直した《プライド》。
『何だとっ!?』
動揺するセンジャーにナイフを振るう。
コックピットを的確に穿ち、そのまま墜落させた。
「落ちろっ! クズ野郎!」
リアはそう吐き捨て、ターゲットを再び輸送船に戻す。
面舵を取り、旋回する武装船。
逃亡するのかと思いきや、船底に構えた大型レールガンの銃口を、《プライド》に向けた。
覚悟を決めたリアは、スラスター噴射を止めず、その場にやっとの思いで滞空。
電撃が迸る頃には、もう、既にレールガンは照射され、凄まじい轟音を遅れて響かせ弾丸で空気を切り裂いた。
しかし、放たれた弾丸は虚空を貫くだけ。
《プライド》は寸前の所で回避していた。
反動で腕が外れそうになるも、まったく問題ではなかった。
ナイフを固く握り、回転をかけながら、急降下と共に斬撃を繰り出した。
その巨体から放たれる轟く斬撃は、いくら武装船の装甲といえど軽々破壊。
亀裂から爆炎を漏らす船を背に、《プライド》は華麗なる着地をしてみせた。
◇
雨粒が降り注ぎ、鉄屑から広がる焔から黒煙が立ち昇っている。
人だった物も転がる中で、吐き気を堪えながらリアはあるものを探していた。
「……あった」
うんざり、といった感じで彼女が手に取ったのは強化プラスチック容器に入れられた赤い石――〈アダマン鉱石〉。
仄かな熱を感じる。
こんな一欠片にも関わらず、暫く遊んで暮らせるだけのお金くらいの価値がある馬鹿げた石だ。
借金返済のために、彼女は働いている。
今、この石を自分の物にしてしまえば借金返済なんて容易ではないか。
そんな事を毎回のように思うが、実行にまでは至っていない。
それをしてしまえば、自分が本当の”クズ”に成り果ててしまうからだ。
リアは下唇を噛み、込み上げる思いをぐっ、と飲み込んだ。
空色を美しい髪から滴る雨粒は、酷く、汚れていた。
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