第2話 背の高い彼女

 惑星 ゲヘナ。

 またの名を【底辺の吹き溜まり】であったり【クズの溜り場】とも言う。



 地球から遠く離れた銀河系にぽつんと浮かぶ、地球と同じように大気圏と恒星を持つ珍しい惑星である。


 その星の存在が明るみに出てから、人類は宇宙開発に躍起になり、ついには長距離宇宙渡航まで可能とした。


 そこから人類は宇宙に進出。

 ゲヘナという、地球と似通った環境のみならず火星や月をも開拓。

 そこでの政治を円滑に行うべく【地球連邦軍】なるものが設立され、人類は新たな時代に足を踏み入れた。



 人類は遂に、宇宙までも自らの物にしてしまったのだ。


 そして、リアがまだ地球にいた頃。

 何万年、何億年も人類によって使い古されてきた地球は深刻なエネルギー不足に陥っていた。


 様々な国が崩壊寸前になっていくニュースが毎日のように流れた。

 だから、未来に希望も感じなくなっていたのをよく覚えている。




 だが、ゲヘナで発見された新エネルギー〈アダマン鉱石〉がすべてを変えた。




 莫大なエネルギーを秘め、それが尽きようと、酸素さえあれば再び元に戻るという異次元の物質。

 それを求め、あらゆる人類がゲヘナを目指した。




 結果、ゲヘナはアダマン鉱石を欲する企業の根城と化した。


 企業は使い古す為の”クズ”を求めている。


 これが、ゲヘナが”底辺の吹き溜まり”などと言われる所以だ。



 リアはコックピットで体を丸めていた。

 それなりに大きな胸が膝に当たり形を変え、靭やかな肉体美が薄暗闇に包まれ、えも言われぬ美しさを醸し出している。


 彼女は、回収したアダマン鉱石を手に取り眺めた。


 強化プラスチック越しでも仄かな熱を感じる、その真っ赤な欠片はゆらゆらと蠢いているようにも感じた。


「こんな物のために……」


 リアはため息をつきながら、それを放り投げるようにして手放す。


「……でも、絶対諦めない」


 薄暗いコックピットの中、固く、固く拳を握りしめる。


「何人殺してでも、生き残ってやる……!」


 自分は負け続け、ここにいる。

 だから、せめて”生きなければ”いけない。

 


 ◇

 


 惑星 ゲヘナ 東部荒野地帯。


 雇われている会社の基地に戻ってきたリア。

 パイロットスーツから着替え、黒いハイネックと青のジーンズに身を包んでおり、靭やかな身体を思い切り伸ばしていた。


 彼女を雇う『ザラ傭兵派遣会社』の給与は高い。だが、同時にあまりに労働が過酷過ぎる事で有名だ。

 噂は嘘ではなどでは無く、傭兵活動は毎日あることが殆どであった。

 

 格納庫と基地本部を繋ぐ、薄汚い金属の壁と床に囲まれた廊下で大きなため息を吐く。


「借金……あとどれくらいかな」


 通帳を見ない事には分からないが、たった一年働いただけで返せる金額とは思えない。

 この瞬間にも利子は増えているのだから、尚更である。


 天井を見て、またため息をついた。


 彼女が借金をこしらえている理由。



 数年前地球に住んでいた頃、学生だった彼女は進路のことで親と揉め合いになり、反対を押し切って無理矢理自分の望む進路に進んだ。

 結果、都会の波に揉まれて生きる術を失い、借金をせざるを得なくなってしまった。


 リアが人殺しの道具ストライフに乗って戦っているのは、全て借金の為。

 子供の頃憧れたヒーローのように、誰かを守る為とは程遠い理由である。


 本部と通路を隔てる自動ドアの前に立った時、向こう側からやってきた人影にぶつかって蹌踉めき、尻餅をついてしまった。


 お尻に鈍い痛みが走り、声が漏れた。少し甲高い声だったために、咄嗟に口を塞いだ。


「あ、ごめん!! 痛かった?」


 若々しい少女の声が聞こえてきて、すぐに立ち上がる。

 すると目の前に、自分の背丈より高い美顔の娘が立ち塞がった。


「……え」


 顔の良い、少し垂れ目気味な赤い瞳を持つその娘。《プライド》のように真っ赤な髪を、腰辺りまで伸ばしている。そして、背が女の子にしては高かった。


(こんな子いたっけ……?)


 一年働いたが、見たことのない顔だった。


「よく見てなくて! ほんとにごめんね!」


 美貌を持つ娘は、軽く手を合わせながら跳ねるような声で謝ってきた。

 

「……あ……いや。いいよ。全然気にしてない」


 つい早口で返し、そそくさと相手の前を去ってしまった。

 感じが悪いと分かっているが、醜い自分を晒すのがたまらなく嫌だったからだ。


 自動ドアが閉まりきる直前まで、背後から微かな視線を感じていた。


 ◇


「さぁ、これが今月分の給与明細だ」


 丁寧な整備の行き届いた社長室。

 黒塗りのデスクとチェアが置かれ、観葉植物も添えられた簡素な景観だ。


「今回はお手柄だったよ。違法企業が採掘したアダマン鉱石の奪還。うちの信用もかなり上がった」


 チェアに座るスーツ姿の男性は、優しげな声でリアに紙切れを手渡してきた。


 今回、彼女が達成した依頼というのは『アスハ金属加工会社』という半違法企業が採掘したアダマン鉱石の奪還だ。

 アスハは名の知れた企業ではあるが、今では落ちぶれ、弱い傭兵を大量に雇って鉱石集めに躍起になっている。


「アスハも懲りない。地球連邦軍といい、ゲヘナには危険がいっぱいだね」


 笑うアキラを気にも留めず、中身を確認する。


「……やっぱりこうなるか」


 分かってはいたが、給与の半分以上が借金の返済に当てられ、残りも戦闘での弾薬費や修繕費に注ぎ込まれてしまっている。

 残ったのは、命を懸けた仕事に見合わぬ金額のみ。


「……君は恵まれたほうだ、リア。ディヴィに乗れるパイロットなんて滅多にいない。ディヴィのアダマン融合炉のおかげで、弾薬費はかなり節約できている」

「……はい」


 社長 アキラは微笑みながら言う。ウェーブのかかった黒髪に、優しく細まる黄色の瞳。

 彼は企業の人間ではあるが、"クズ“では無い。もっと酷い社長は、パイロットに飯すら与えないのだという。


 恵まれたほう……確かに、他と比べればそうなのかもしれない。

 ただ、“他"の範囲を広くした場合――火星や地球に住む裕福な人間達も比べたら、自分は底辺中の底辺だ。

 少なくとも、借金に追われている以上は。


「休めるうちに休んでおきなさい。仕事はいつ来るか分からないからね」


 アキラは席を立ち、リアの耳元でこう囁いた。


「君は我が社の“剣"だからね」


 肩を撫でるようにして、アキラは部屋を出て行った。

 一人取り残されたリアは給与明細をくしゃ、と握りしめてから、深い嘆息を漏らす。


 ◇


 格納庫の中は、とにかく鉄臭い。

 スラスターの蒼炎にも耐えられる合金製の分厚い天井や壁、電力供給のため張り巡らされたワイヤー、ストライフがドッキングされた格納ベース。その全てが鉄でできているためだ。


 ザラ社が保有するストライフは数十機のセンジャーと彼女の《プライド》。

 センジャーはカスタマイズ性豊かで、無数の顔と戦略を持つ機体。だがこれだけあった所で、殆ど手伝ってはもらえない。



 ストライフには世代があり、センジャーなどの軍事兵器用機体は第二世代に値する。

 元々、ストライフは宇宙での過酷な環境下において開拓作業を優位に進める目的で開発された工業用機であった。

 しかし人類が宇宙に馴染む頃、戦争が各地で勃発。地球とはあまりに異なる戦場に対応するべく、ストライフは軍事用に転用された。



 ベースに固定され、明後日の方向を見つめながら聳え立つ《プライド》を見据えた。

 片眼が悲惨に潰されており、コードが露出した満身創痍の姿で格納されてある。


  

 その機体は『”D”estruction ”I”nvade ”V”ocation semi-”I”mmortal weapon』――破壊と侵入を主目的とする半不朽兵器――誰もが単語の一部を取って“ディヴィ“と呼ぶ特別なストライフだ。

 

 他のストライフとの差異は、動力源として半永久機関『アダマン融合炉』を搭載している点。 

 アダマン鉱石の”酸素に触れるとエネルギーを再生産する”という特異性を活かした機構が組み込まれ、あり得ないまでの持久力を誇る機体。

 クズの間では、乗ることができればゲヘナのトップも夢じゃないとされる。



 ――反面、事故や大破した時の危険性は通常のストライフに比べ数十倍に跳ね上がるが。



 彼女は、それのパイロットに選ばれた。

 就職して三日も経たぬうちにだ。


 パイロットになるには基本、ライセンスが必要なのだが、このブラック企業は”仮免許”などとほざき、正式な取得もないまま乗せて実戦を積ませてきた。

 おかげで、無免許運転をさせられている。


 無免許な彼女であっても、この機体は凄いと分かる。

 知識がまったくない状態でも、軽々空を飛べて敵を倒せた――それだけの機動力を生み出せる力が、〈アダマン融合炉〉にはあるというわけだ。

 


「クソパイロットぉ!! またこんなにぶっ壊しやがって!! 何回言えば分かるんだ!!」


 《プライド》を眺めていると、整備班の男の怒号が彼女の耳を劈いた。

 もじゃもじゃ頭の中年男。パイロットより過労な彼は、仕事が増えるといつも八つ当たりをしてくる。

 彼だけではなく、他の整備班の人間も同様である。


 この星は、パイロットもその他の人間も、他人を顧みぬ"クズ"だらけだ。

 リアはバレぬようため息を吐く。


 そんな"クズ"達と自分は同類なのか、と。


 胸を犯し続ける劣等感に苦しまされるがままに、傷ついた《プライド》から視線を逸らした。


 そこで、彼女はある違和感に気づく。


「……あんなストライフあったっけ」


 《プライド》の格納ベースの隣に、本来あるはずのない機体が聳え立っていたのだ。


 それを例えるならばだった。ヒーローのような見た目をし、少し肩幅は広いが痩せこけた印象を与えるスリムなフォルムをしている。


「……ディヴィ……?」


 ザラ社がディヴィを二機保有しているなど、聞いたこともない。

 彼女自身も、一度たりともあんな機体の姿を見たことなんてなかった。少なくとも、波乱万丈だった一年の間でも。


「お嬢ちゃん、ちょっと来てほしいんだけど」

「……はい?」


 整備班の一人に話しかけられ、リアは顔をしかめながら振り返った。


「コックピットの点検を手伝ってほしいんだけど、ついてきてくれないかな」

「……点検は自分でやるよう、社長に言われてますけど」

「いや、なるべく早いほうがいいと思って」


 若い整備班の男は、爽やかな笑みを見せながら彼女を誘導しようとしている。

 ――魂胆は見え見えである。頭の悪い言動から既にそれが伺えた。


「社長に言いつけますよ」

「――っ……いいじゃないか、君だって溜まってるだろ?」


 強引に腕を掴まれて、どこかへ連れ去られそうになる。

 その手を力強く跳ね除けて、溜まりに溜まった鬱憤を目の前の男にぶつけた。


「うるさい!! 私は……私はあんたみたいな"クズ"とは違う!!」


 後を付けられぬよう、なるべく早歩きになりながら格納庫を飛び出た。


 反吐が出そうだったが、ぐっと堪えた。



 そうして、自分の部屋に戻ろうとしたリアであったが、道半ば不思議な物を目にすることになる。


「……?」


 人の寄り付かない、埃だらけの整備されていない廊下。

 薄闇に覆われたそこへ、人間が背中を丸めて座り込んでいた。


 

 それは、あの赤髪の娘であった。

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