3.なし崩し的にというより飯崩し的に①

 世の中には「うなぎ専門店」なんて素敵なものが存在しているのを私、生まれて18年も知らずに過ごしてきました!


 うなぎって……パック詰めされてスーパーに並んでるんじゃないの?

 うちでは年に1度か2度、お母さんのお給料日にそれを買って帰って、熱々のどんぶりご飯に載せて「いただきます!」をするのが一大イベントなんだけどな?

 タレとか添付のじゃ少なくて心許ないから、家でお母さんが追加の追いダレを作ってくれて。

 それをたらりと掛けて汁だくにしたら、うなぎ風味の甘辛いご飯がたくさん食べられるのっ♥


 あーん、幸せっ!!


 ってそうじゃなくて!


「お、お、お……」


「お?」


「お重に入ったうな重なんてテレビ番組以外で見たの、私生まれて初めてですっ! あれって撮影用に見栄えよく作られた絵空事の世界じゃなかったんですね!?」


 見たこともないような高級そうなお店の個室。


 御神本みきもとさんと対面で座って、目の前に置かれたお重のふたを開けた感動そのままに勢いこんで言ったら、キョトンとされてしまった。


「逆にうなが重箱以外で何に入ってるんだ?」


 え!?

 言われてみれば確かに「うな重」っていうと重箱以外ないですね?


 じゃあ私がいつも食べているのは――。


「あー、そう、私の知ってるうなぎは“うな丼”です! パック入りのうなぎを買ってきて、どんぶりによそった熱々ご飯の上にのっけるんです。御神本みきもとさん、もしかして知らないんですか? うな丼!」


「うな丼……」

 と怪訝けげんそうにつぶやく御神本みきもとさんを見て、何となく優越感を覚えてしまう。


 うな重のことを見たことがなかった自分のことはキッチリ棚上げして、「うっそだぁー。世間知らずにもほどがありますよ!? 美味しいのにぃ〜」と言いながら鼻の穴を膨らませたら、「頼綱よりつなと呼べと言ったはずだよ、花々里かがり。そんな他人行儀な呼び方は認めん」と、しっかり釘を刺されてしまう。


 しかも一生懸命力説した「うな丼」のくだり、完全無視だし。


「で、でもっ」


 他人ですしっ!

 そう言おうと口を開きかけたら――。


「目の前のうなぎが食いたければ従うことだ」

 チラリと冷ややかな視線を流されて、私はグッと言葉に詰まる。


 こんな美味しそうなビジュアルと匂いを振りまかれて、視覚的にも嗅覚的にも限界だ。

 マテなんて出来るわけない――。


 うなぎだけならまだしも、お重の横には美味しそうなお吸い物までついてるんだもん!

 三つ葉のいい香りがお出汁の匂いと絶妙のハーモニーを奏でながら私の鼻腔をくすぐるの。


 正直言って、さっき御神本みきもとさんから香ってきた香水?の香りより、私は三つ葉のお吸い物の薫香に軍配を上げちゃう!


 生唾ゴクリ。ついでにお腹の虫も盛大に「プライドなんて捨てちゃえよー。プライドで腹はふくらまんぞ?」って大合唱。


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