5.根回しがお上手ですね③

***


 目の前に、お手伝いさんとおぼしき優しそうなお婆さんが淹れてくださったお茶が置かれている。


 茶托にのった、ふた付きの茶器。

 それだけで、何だかいつも飲んでいる我が家の番茶とは格式が違うように思えてしまう。

 そもそも私、何でもかんでもお気に入りの猫さんマグカップで飲んじゃってるし。


 正面に座した御神本みきもとさんに、「冷めないうちに」と促されて、蛍が飛び交っているみたいな模様の入った茶器――萩焼はぎやきと言うんだとか――のふたをとったら、待ち構えていたみたいにゆるゆると湯気が立ち昇った。


 綺麗なうぐいす色の、上品な香りのお茶だ。

 きっと我が家には無縁のいい茶葉なんだろうな。


 そう思ったら飲まなきゃもったいないって思ってしまって、「いただきます」をして口に含んだの。

 舌の両側に染み渡るようなトロリとした独特な甘味。こんな美味しいお茶、初めて飲んだかも。


 ほぅ、っと息をついたら「落ち着いたか?」って真っ直ぐな目で御神本みきもとさんに見つめられて。

 彼も私と同じようにお茶を飲んでいるけど、やはり所作が美しくて、同じ茶器のはずなのに私が手にした時より数倍気品がプラスされて感じられる。


 美形の若様ステータス、ホントずるいな。


 でも、今回のメインは当然だけどこのお茶じゃない。

 お茶だけで落ち着くとか、ないんだからっ。


 私は彼の美貌に惑わされずに、ちゃんとまだ落ち着いてませんよ?と言う意思を持って小さくフルフルと首を横に振ったの。


「――そちらもどうぞ召し上がれ」


 それで私の言わんとしていることが分かるとか。御神本みきもとさんもなかなかだわ。


 お茶の横に添えられた羊羹ようかんに視線を流すと、にっこり笑ってゴーサインを出してくれる御神本みきもとさんに、思わず顔が緩みそうになる。


 今回は「待て」をしなくていいんですね?


 た、食べちゃいますよ?


 羊羹ようかん横に添えられた黒文字くろもじを手に取って、恐る恐る御神本みきもとさんを窺い見たら、もう一度うなずかれた。


 ご主人様……もとい、御神本みきもとさんからのゴーサインに、私は生唾をごくりと飲み込む。


 さっきうなぎをたらふく食べたけれど、私、甘いものは別腹なのっ。

 

 わーい! 羊羹ようかん!!

 ツヤッツヤですっごく綺麗っ!


 茶器の横、小さなお皿に切り分けられて載せられた、みずみずしいお色の“元祖黒田千年堂”の清水羊羹きよみずようかん

 どうやらこれ、島根県の方の銘菓らしい。

 御神本みきもとさんによると、端っこは砂糖を吹いてて、私がさっき言ったようなジャリジャリした食感が味わえるんだとか。


 蘇芳に近い、暗めの小豆色がたまらなく上品で美しいなって思ったの。


 けど……さすがにお客さん用だからって、さっきのお婆さんが気を遣ってくださったのかな?

 私の割り当て分は端っこじゃなくて……お砂糖ジャリリは味わえそうになくて残念です。


 あ。そうだ。


 帰りに御神本みきもとさんにお願いして、ジャリジャリ感が味わえる端っこ、包んでもらうとかありかな。

 そうすれば、入院中のお母さんにも食べさせてあげられるし。


 勝手に見知らぬ家に連れて来られたんだもんっ。

 そのくらいのワガママ言っても、罰なんて当たらないよね?


 それにほら。両サイドを落として真ん中を!って言うのより、庶民らしく?言いやすい気がするの。


花々里かがりは本当に幸せそうにものを食べるね」


 もったいないので黒文字くろもじちーさく切った一欠片をみみっちく口に入れる。小豆のいい香りが鼻に抜けて、本当に幸せな気分っ♪


 美味しーい♥


 目をつぶって舌の上に広がる上品な甘みを堪能していたら、不意にそんなことを言われて、思わず口の中の貴重な羊羹ようかんをゴクッと飲み込んでしまった。


 もぉ!

 いきなり話しかけないでよぉー!


 そもそも、目の前の美味しい羊羹ようかんの提供者は誰なのか、と言うことも忘れてキッ!と御神本みきもとさんを睨みつけたら、クスッと笑われた。


「そんなに気に入ったなら俺のもあげよう」


 言われて、私は一気に表情が緩む。


「ホントですかっ!?」

 思わず勢いこんで前のめりになる。そのまま机に手をついて膝立ちしたら、座卓を揺らしてしまった。

 その振動で湯呑みに付随していたふたが傾いて、そばの茶器にあたってかちゃりと音を立てた。


 その音に私はヒヤリとする。

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