5.根回しがお上手ですね④

 高そうな器なのに、欠けさせたり割ったりしてしまったら大変だっ。


 それに、何よりよね。


「……ごめんなさいっ」


 茶器、割れなくて本当よかった!


 しゅんとして謝ったら「悪いことをしたと思った時にちゃんと謝れるのは感心だね」と微笑まれて、うなだれたままの頭を優しく撫でられた。


 ふわりと香る例の香りに、我知らずトクン、と心臓が跳ねる。


 御神本みきもとさん、変な人だとばっかり思ってましたが、いい人かもしれません!


 ほら、美味しいものもたくさん食べさせてくれるし、ねっ?



***



「あ、の……ミキモ……、よ、りつ、な……はどうして私にこんなに良くしてくださるんですか?」


 どうぞ、と彼の前に置かれていた羊羹ようかんを手渡されて、それをきっかけにしたみたいにそう言ってしまった。

 これじゃ、まるで美味しいものをくれたから良い人認定したみたいだよっ。


 いや、全く違うとは言わないけれど、今の言葉は決してそこだけを指したわけではないのですっ。


 思いながら不安げな表情で御神本みきもとさんの整った顔を見つめたら、「またバカなことを聞いてくるね」と笑われてしまった。


 全然バカなことじゃないと思うんですけど?


 いくら母の知り合いだと言っても、たかだか昔、自分の実家の病院に勤めていただけの、言ってしまえばただの1職員……。

 それも、本人ではなくその娘にここまでしてくださるのって、普通じゃ有り得ないよね?


 それとも、お金持ちってそんなものなの?


 ふとそう思ったけれど、そんなことはないと思うの。


 全てのお金持ちが御神本みきもとさんみたいに行動したら、世の中は善意に満ち溢れていると思うもの。


「バカなことじゃないと思います!」


 御神本みきもとさんの割り当て分の羊羹ようかんもいただけたことで、少し気が大きくなった私は、ちまちまと削るように食べていた自分の器から、かなり大きめに切り分けた一欠片を口に入れながらキッパリと言い切った。


 ああーん。

 やっぱり大きな欠片の方が、風味も味も強くて美味しいっ♥


 真面目な話をしているはずなのに、口元がゆるゆるとほころんでしまって、まるで惚気話でもしているみたいな雰囲気になってしまう。


 ダメダメ、花々里かがり

 口元に力、入れないと!


 そんな私を見つめる御神本みきもとさんの表情がやたら優しいのも、いつもはもう少し冷静なはず?の私の調子を狂わせるの。


***


「――そうだねぇ。キミのお母さんに頼まれたのももちろんだが、俺は結構前から花々里かがり自身のことを、とても気に入っているのだよ」


 そこまで言って私をじっと見つめると、

「俺は昔から気に入ったものは手元に置いて、とことん甘やかしたくなる性分なんだ。そこから考えると、キミのことはいささか長いこと自由にさせ過ぎていたくらいだ」


 え?

 どう言う意味?


 説明されたほうがますます分からなくなってしまうとか……そんなのあり?


「えっと……もしかして……私のこと、ずっと以前からご存知?」


 眉根を寄せて問いかけたら

花々里かがりがお父上を亡くされた時にね、俺は初めてキミを見かけたんだよ」

 と、少し寂しそうな表情かおで私を見るの。


「その時から花々里かがりのことが気になって仕方なくなってね」


 お父さんを亡くした時?

 それって私、物凄くめちゃんこ小さい時だよ?


「あのっ、そのときミキ……、ヨリ、ツナは」

12歳じゅうにだ」


 わーお。やっぱりものすっごい昔じゃないっ。


「あの、ごめんなさい。……私、覚えてないです……」


 何となく、めちゃくちゃ長いこと片想いをさせてしまった気分になっちゃった。


 この私が、ツヤツヤと美味しそうに誘惑してくる羊羹ようかんを、口に入れる手が止まってしまう程度には申し訳なくっ!


「確か花々里かがりはまだ3つかそこらの幼な子だったから。――逆に覚えていたら怖いよね」


 なのにサラリとそう返されて、私の申し訳ない気持ちを返せー!って思ってしまったの。

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