5.根回しがお上手ですね⑤

 それで、自分の割り当ての羊羹ようかんの残り――半分くらいは残ってた――を、切り分けもせずブスリッと黒文字くろもじに突き刺して一息に頬張ってやったの。


 御神本みきもとさんのことなんて羊羹ようかんの上品な甘さで消し去ってくれるわっ! ふはははは!!……みたいなノリで。


 腹いせのつもりだったのに、そんな私を見て御神本みきもとさんが嬉しそうに笑うの。


 もぉ、何なのよ、調子狂っちゃうでしょ!?


 そればかりか――。


花々里かがりは本当、なんて愛らしいんだろうね。思えばもそうだった」


 ってうっとりつぶやくとかっ。反則じゃありませんっ!?

 ドキドキして思わずお茶、一気に煽っちゃったじゃないですかっ!


 あーん、羊羹ようかんの甘くて幸せな余韻、お茶で流れてっちゃったぁぁぁぁ!!!!!!


 それがショックで、じんわり目尻に涙を浮かべて御神本みきもとさんを恨めしげに見つめる。


 そうしてポツンと問いかけた。


「私の何がそんなに気に入ったって言うんですか……」


 考えてみたら、私の名前を呼びかけてきた直後から……だよね?


 御神本みきもとさんの優しい餌付け攻撃がはじまったの。


〝初めまして。おや、お腹がすいてるみたいだね?

 じゃあ俺が美味しいもの食べさせてあげよう。

 美味いと思ったならとりあえず結婚しようか?〟


 に近いものを感じてしまったんだけど、ずっと放置してたくせに、いきなり距離削りすぎじゃないですかっ?


 あまりに他が気になりすぎて、私、彼の〝あの時も〟という不自然な付け加えに反応できていなかった。

 後で考えたら、まさにそれこそが御神本みきもとさんの私への〝餌付け〟の原点だったみたいなのに。



***



 自分で言うのも何だけど、私、そんな人様から一目惚れしていただけるような恵まれた容姿はしていないと思うの。


 性格だってこの通りガサツで食いしん坊だし、とてもじゃないけど御神本みきもとさんクラスのハイスペック男性に好かれる要素は皆無だと思う。


 なのに――。


「第一は顔だな。俺は自分自身が思っているより、ずっと強くキミの見た目が気に入っているらしい」


 え!?

 嘘でしょう!?

 人の好みは十人十色って言うけれど、御神本みきもとさんは随分と奇特な目をお持ちのようです。


「あとは……やっぱりその食いっぷりだな。考えてみれば、何でも美味そうに食べてくれるし、何を食わせても幸せそうな顔をする。見ていて実に清々すがすがしいよ。顔のつくりもさることながら、いまの俺はそっちに強く惹かれているな」


 って……うそ! そこ!? そこなの!?


 だからですかっ? 次々に美味しいもので私を誘惑してくるのはっ!


 でも……。

 ということは……安心して美味しい思いをしてもいいってこと!?


 「わーい!」と心の中で諸手もろてを上げて喜んでから「あ!」と思い至る。


 ダメだっ。


 御神本みきもとさんから離れたいなら、餌付けに歓喜して、彼の性癖を満たしたらいけないんだ!


「たっ、食べるの……やめ……」

 ――ておきます。


 そっと、今いただいたばかりの羊羹ようかん御神本みきもとさんに差し戻そうとして……艶々と濡れ光ったくる?羊羹ようかんと見つめ合って?、惜しみがかかる。

 結果、言葉尻が濁って最後まで言えなかったの。


 なのに。


「ん? さすがにお腹一杯になってしまったかな?」


 御神本みきもとさんの手がスッと伸びてきて、さっきもらったばかりのお皿を私の前から引き取ろうとして――。


「あっ、待っ……」

 思わず御神本みきもとさんの手ごとお皿を引き止めてしまって、何て大胆なことをしてしまったの!とぶわりと顔が熱くなった。


「ごめ、なさっ」


 慌てて手を引っ込めようとしたら、その手の上に御神本みきもとさんがもう一方の手を重ねてきて、押さえられてしまう。


「あ、あの……」

 羊羹ようかんの載ったお皿を掴んだ御神本みきもとさんの右手の上に私の右手が、その私の右手の上に御神本みきもとさんの左手が……。


 何この「親亀の背中に子亀を乗せて、子亀の背中に孫亀乗せて、孫亀の背中にひい孫亀乗せて、親亀こけたら、子亀孫亀ひい孫亀こけた」みたいな状態。


 あ、私、左手も乗せないとダメ?

 ん? ん?


 ドキドキしながら御神本みきもとさんの手の上に、今や1本のみ取り残されて?仲間外れになってしまった?左手を乗せようとして、「あ、でもこれ乗せたらみんなひっくり返っちゃう!」と思って躊躇する。


 と、御神本みきもとさんがクククッと喉を鳴らして笑うの。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る