5.根回しがお上手ですね②

「結婚するんだ。当然だろう」


 言われて、私、慌てて「お受けするとか一言もっ!」って返したの。


 そうしたら、「誓いのキスはうなぎ屋で済ませたぞ?」とか澄ました顔で返してきて。


 あのうなぎ味の接吻せっぷんってそうだったの!?と思わず生唾を飲みこんだのも当然よね?

 あんまりのことに〝キス〟が、日本家屋この場に相応しく、脳内変換で〝接吻〟に置き換わってしまったくらいの衝撃よ!?


 そりゃあ、思考が混線してうなぎ、美味しかったなぁ〜とか変なことまで思い出しちゃうって!


 うなぎの味に思いを馳せた途端、意識がうな重に囚われそうになって、慌てて首を横に振る。


 いや、でもあれ、そう言う感じでのキスじゃなかったはずよね?

 私の、自分を卑下したような発言に腹を立てて……。そう! いわゆる腹いせキスじゃない!


 そもそも飴で上書きしないといけなかった?ような口付けよ?


 それにしても――。

 うなぎ、という単語パワーワードで条件反射的にヨダレが出てきちゃうとか……! 私ってばパブロフの犬みたいだなって嫌になる。


 うなぎ屋に連れて行かれる前に御神本みきもとさんから子犬に例えられて、頭を撫でられまくったのを思い出した私は、何故かドキドキして焦ったの。


 わ、私、犬じゃないしっ。こんな意味不明な男をご主人様と定めて……じゃなくてっ! な、なんてあり得ないんだからねっ!?


***


「――がまだなのが気になってるんなら明日にでも見に行こう」


 私の戸惑いを、勝手に妻としての体裁が整っていないことか何かだと勘違いしたらしい御神本みきもとさんが、そう言って気遣わしげに頭を撫でてきて。


 ふわりと漂う例のいい香りに心臓バクバク。そのくせ口の中にはじわりと生唾が滲んで……ときめきたいの、餌付けされたいの、どっちなの!?と叫びたくなる。


 いや、だからこの人、私のご主人様じゃないんだからね、しっかりしなさい、花々里かがり

 ちょっと美味しいものを立て続けにもらったからってチョロすぎるでしょ!?


 そのせいで彼を跳ね除ける動作が遅れてしまうとか、情けなさ過ぎる――。



「わ、私っ、犬じゃないのでは!」


 何とかそう言って、彼の手をスパーン!と払い除けたら「ん? 花々里かがりは首輪が欲しいのか?」と、その手を握られて間近で首を傾げられた。


 だから要らないって話なんですってばっ!


「俺は妻に首輪をつける趣味はないから……そこはネックレスで妥協してもらえると助かる。ネックレスならを見繕うついでに一緒に買ってやれるしな」

 とか。


 ちょっと待って、ちょっと待って。

 話、聞いて?


「なっ、んで。指輪とか首輪とかネックレスとかプレゼントしてくれる話になってるんですかっ?」


「――? だから首輪は却下だという話なんだがね? 花々里こそ俺の話を聞いているか?」


 ひーん。

 なんか話が劇的に噛み合いませんっ!



「と、とりあえずっ! 気持ちを落ち着かせるためにさっきの飴、もうひとつずつもらっていいですか?」


 腹が立ったので、どさくさに紛れて言ってやったわ。

 ふふふふふ。

 私、賢いっ!


 余談だけど、私、桃味の飴の方が好き!

 酸味も少ないし、何より香りがいいもの。


 そう思って、口の中がすっかり桃飴気分になっていたんだけど。


「すまん。飴はどちらも車に置いてきてしまった」

 と言われてガッカリ。


 あからさまに意気消沈した私に、御神本みきもとさんが「代わりと言っては何だが、山陰の方の知り合いから清水羊羹きよみずようかんの美味いのが届いていてね。――それなんかどうだね?」

 と提案してきて。


「私、端っこに砂糖が粉をふくような羊羹ようかんが大好きなんですけどっ」


 「羊羹ようかん」と言う単語に、思わず勢い込んで御神本みきもとさんを見上げて好みを告げたら、「保証しよう」とにっこりされた。


 どうしよう。私、美味しいものをあげると言ってくる時の、彼の笑顔が好きかも知れません。



***



 食べるなら中へどうぞと背中を押されて、私、さっき外から見て凄いっ!って感心しまくった日本家屋の一室――多分客間?にいます。


 あれ? ちょっと待って? 何、まんまとそそのかされて家に連れ込まれてるの、私っ。


 美味しい羊羹ようかんをいただいたら、着替えとか勉強道具とかないので……って適当なことを言ってさっさとトンズラ……じゃなくておいとましよう。

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