5.根回しがお上手ですね⑦

「かつては出来ていたんだから出来るはずだよ? 俺としては花々里かがりから御神本みきもとさんだの頼綱よりつなさんだの言われるのはして落ち着かない」


 とか。


 そういえばさっきからちょいちょい私のことを昔っからの顔見知りみたいに言うけれど……私、御神本みきもとさんと会ったのって父の葬儀のときの一遍いっぺんこっきりじゃないの?


 自分が先ほど、心の中で「今日もう」とかまるでその先も期待しているみたいに思ったことは棚上げして、そんな風に思う。


 私がもの問いたげに見つめたからかな。


 御神本みきもとさんが小さく吐息を漏らして言った。


「……さっきも言ったようにキミは幼くて覚えていないだけだよ。――さぁ、今夜はもう遅いし、そろそろ寝る支度をしないとね? 風呂だってまだだろう?」


 お、風呂!?


 「幼くて覚えていない」という言葉より、「お風呂」という予期せぬワードに反応してしまった。


 今のって……まるでここで風呂に入って行け、みたいに聞こえたよ? 何ならそのまま泊まって行け、とも。


「わ、私っ、そろそろアパートおうちに帰りたいんですけど」


 さっきの「そろそろ……」で通じているとばかり思っていたのに、ダメだったの?

 そういえばこの人、はっきり言わないと分からない人だっけ。


「こっ、ここには勉強道具も着替えもないですし……させてください」


 思わず本音がポロッと出てしまって、慌てて口を押さえる。


 明日は土曜で大学はお休みだけど……でも服がないのは困るのよ?


 それでも懸命に眉根を寄せて困り顔をして見せたら、「ここは俺たちの家だと最初に言わなかったかな?」って言われて。


 スッと立ち上がった御神本みきもとさんに、手を差し出された。


 思わずお手するワンコのようにその手に手をのせて立ち上がってしまったけれど。

 そこで「あ……」と思う。


「お皿、片さなきゃ」


 ここはお店ではない。


 生活感を感じさせないとっても立派な和室で失念しそうになったけれど、それでもここは確かに人が生活しておられるお家なのだ。

 食べっぱなしでお皿を下げないとか、ダメでしょう!


 言って、座卓の上に散らかったままの茶器やお皿を手に取ろうとして戸惑う。


 あたりをキョロキョロと見回してみたけれど、お盆がないの。

 さすがに私一人でこれだけのものを素手で一気に、は無理。

 だからって男性にそれをさせるのはどうなのかな?って思いもあって。


「あの、お盆トレイは?」

 困り顔で御神本みきもとさんを見つめてそう言ったらキョトンとされてしまった。


「食べたまま放置はよくないです。来ちゃいますよ!?」


 お茶はともかく、あの羊羹ようかんは上品な甘さでとっても美味しかったものっ。


「私がアリでもお皿舐めたくなります!」


 アリにベロがあるかどうかは別として!


 真剣な顔で力説したら、ややして小さく吹き出されてしまう。


「わ、笑い事じゃありません!」


 あ! お金持ちのお家は機密性が高くてアリが入ってくる隙間とかないの!? だからアリが来ちゃうなんて、庶民的発想だって笑われた!?


「もしかして……御神本家みきもとけにはアリンコ、入ってこられないんですか?」


 恐る恐る聞いたら、更に笑われてしまって。


「そんなことはないさ。――やっぱり花々里かがりは言うことがすごく可愛いね。それに……とても奇想天外でユニークだ」


 言って、思い出したようにさらにひとしきり笑ってから、

「――すまない。こういうのはいつも八千代やちよさんが片付けてくれてるから、自分でやらないとって感覚が備わっていなかった」


 「八千代さん」はきっと、さっきお茶と羊羹ようかんを運んできてくださった年配の女性のことだ。


 そう思っていたら、すぐ横に立つ御神本みきもとさんに優しく頭を撫でられて――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る