chapter11 4人目の「オーリバ」


「オーリバ!」

「オーリバ!」

「オーリバ!」


 そんな歓声が、開園前だというのに、すでに響きわたっていた。舞台袖からも、その圧を感じて――空気がビリビリと震えるのを感じる。


「それにしても……3ヶ月前に処刑が執行された場所とは思えないのニャ」

「私は未だに、オノさんの首が転がる場面が、網膜に焼き付いてますけどね」

「ご、ごめんって……」


 未だに言われ続けている智君だった。いかに魔導の王グリモワールを追い込むためとは言え、本当にあの手段はいただけないと思う。


「でも、リアが傷つけた跡が今も生々しいのニャ」

「そうですね。『この不平等な世界が、小野君まで奪うのなら……なくなっちゃえ、こんな世界!』でしたっけ? 私とモモさんは、二人の世界に不要のようですもんね」

「ご、ごめんって……」


 何回、謝っても蒸し返される。見れば、野外劇場の壁は、ものの見事に抉られた跡が残り、痛々しい。カミラ曰く、私の花魔法の仕業。それも、まだ可愛い部類だったそうだが、当の本人は何も覚えてないんだから、仕方ない。


「根っこに追いかけま刺されるし、服は溶かされかけるし、アレは本当に最悪だったのにゃ!」

「へ?」


 智君がモモに視線を送る。その目が動揺で揺れている。さとし君、何を想像しているのかな?


「あれは、オノさんがログインした後でしたからね。多分、リアの本能が異物を排除しようとしたんだと思います。いわゆる、免疫機能だったんでしょうね。龍脈にアクセスして魔力が無尽蔵だから、本当にエゲつなかったですよ」

「う……だから、それは……」


 半魔女から魔女に覚醒。魔女族の生態は、ほぼ解明されていない。花の魔女が、龍脈に接続できるのが、今回最大のトピックスにして、最悪の禁忌だった。


 魔法国家リエルラの首都、大聖堂。

 ここの龍脈が、ほぼ枯渇状態。最低限の生活魔法しか使えず、魔法研究はほぼできない事態に陥ってしまったのだ。魔法国家リエルラが魔法研究ができない。これは由々しき事態たった。


「でも教皇がわりかし、話の分かるヤツで良かったのニャ」

「モモ、思いっきり不敬罪だからね?」


 私は、きっと引きつった笑いを浮かべていたと思う。人に分け隔てないのは、モモの美徳だが、権力者に物怖じしないから、時に冷や冷やするのは――今に始まったことじゃないか。


「ま、でも。オノさんと【ID:old liberty】を一緒に行えるのは僥倖ではありませんか?」


 カミラは心底嬉しそうに、満面の笑みを浮かべる。それは私も――と思うが、今度は智君が、ひきつった笑いを浮かべていた。


 

 ――汝らに龍脈の治癒を託したいと思うのだが?


 魔法国家リエルラ、最高権力者――教皇猊下。

 あの時の、彼女の声が今も鼓膜の奥で響き続けていた。





■■■





 時間は少しだけ遡って。


 魔導の王、グリモワールを打ち 倒してから、一週間後。大西堂の中枢、礼拝堂で、私と智君――そして、聖女ローズは、教皇猊下との謁見となった。


 モモは、礼儀作法の面から、人選から除外。カミラは、儀礼作法に何の問題も無いが、貴族でもあったグリモワールを素材として合成してしまった。貴族階級から見て、その心証は最悪である。結果、このメンバーとなった。聖女様が同席してくれたことが、唯一の救いと言える。


 教皇猊下の名による召喚。考えれば、考えるほど、龍脈を枯渇化させ、花魔法を暴走させたことの断罪としか考えられない。


 ――もしもの時は、僕が、莉愛を連れて逃げるから。

 ――その時は、モモとカミラも一緒よね?

 ――もちろん。

 ――良かった。あ? でも、モモとカミラを変な目で見たらダメだよ?

 ――あの……もしもし? 教皇猊下の御前で、イチャつくの止めてくれない?


 突如、聖女ローズが魔力通話に介入してきて、私も智君もあわあわ、慌てふためく。


 ――魔力通話はね、セキュリティーがザルなの。大賢者様に今度、暗号化を教えてもらって。それだって、魔法国家リエルラの中枢で使用ものなら、解読してくださいと言っているようなものですからね?


 ――あ、あの……聖女様……どこまで聞いてたの?

 ――花の魔女さんが『智君、大好き』ってトコぐらいからでしょうか。

 私は、思わず、金魚のように口をパクパクさせてしまった。


(最初から。それ、最初から!)


 移動中の緊張を解そうとして、魔力通話で智君に通話アクセスしていた段階から、聞かれていたことになる。穴があったら入りたかった。









おもてを上げよ」


 凜とした声が響く。玉座には、絹のドレを身に纏った女性が、視線を送る。

 ヴェールに覆われ、その表情をうかがえない。白い布が張り巡らされ、時々、光の玉が室内を回る。時に近くに、時に遠く。教皇猊下との距離が、めまぐるしく変わっていく。お付きの人は、聖女ローズ以外、誰もいない。清浄な空気が、邪気の侵入を一切、許さない。


 ごくり。

 私は唾を呑んだ。


 魔力感知をするまでも無い。

 この礼拝堂――全て、高純度の魔力で物資化されていた。


「別に、汝らを断罪しようとは思って呼び寄せたわけではない」


 ふぁさ。絹のドレスが揺れる。


「汝ら。一つ、私の願いを聞き届けてくれないだろうか?」

「へ?」


 目をパチクリさせた瞬間だった。

 教皇猊下の指先が、智君の唇に触れる。

 慌てた私は、彼の隠すように立ち塞がる。


いことよ」


 猊下はクスリと笑む。


「教皇猊下、お戯れが過ぎます」

「そう怒るな、ローズ。聖堂派は、宗教観丸出し。学者派はマッドサイエンティスト。貴族派は、政治屋集団。どいつも、本当の意味で、魔法国家リエルラに相応しい魔法使いはいない。久方ぶりの魔女の生誕だ。むしろ心より祝福しようじゃないか」

「それは……」


 旧地下王朝時代は、国に属した魔女の記録があった。しかし、今の時代、魔女は孤高の存在だ。魔女は群れない。組織を作らず、国に属さない。


 唯一、魔女同士の交流会【|茶会《ティーパーティー】が行われるという噂はあるが、その動向を把握している国はない。


 学識の吸血姫カミラが読み取った情報は以上。結局、魔女って何なのか、私にはよく分からない。


「まぁ、興味深いとは思うが、ココで魔女を取り込んでも、大賢者殿と駆け落ちされたら、どうしようもない。妾は汝らに依頼をしたいだけだ」

「依頼?」


 智君は、首を傾げる。私も、教皇猊下の言っている意味を理解できず、目をパチクリさせる。


「純粋な結果だけ述べよう。汝ら【おーりば】が歌った場所が、浄化されていた。聖域化され、龍脈が魔力を取り戻したことになる。検証した結果、汝ら4人が歌った時が顕著。それ以外では、聴衆が参加した【らいぶ】でも聖域化を認めた」

「は?」


 内容もさることながら、教皇猊下のところどころの発音が、まるで前世の音声合成ボーカルプログラムのようだった。


「汝らに龍脈の治癒を託したいと思うのだが?」


 今度は、明確に。真っ直ぐに。

 皇后猊下は玉座に座したまま、私達との距離を詰めて。


 ヴェール越し。

 深紅の唇が、小さく笑んだ。


「受けてもらえないだろうか?」





■■■





「だけど……でも……。分かっているけれど……」

「オノさんと、歌えるの、私は嬉しいですけどね?」


 カミラが、クスリと笑みを溢す。

 私は智君を見て、ちょっと狡いと思ってしまう。私達とお揃いの、前世――高校の制服を彷彿させる衣装。これは、ちょっと可愛すぎじゃないだろうか。ウィッグをつけているとは言え、そのマッシュショート。前から思っていたが、肌つやが良すぎる。正直、そんじょそこらの女の子より、可愛すぎて――ちょっと、へこむ。


「うー。スカートの中、スースーするよ」

「中はスパッツ履いているから、大丈夫、堂々とするのニャ。そして、そろそろ慣れろニャ」

「モモ様、そんなこと言ってもさ――」

「本番、一分前ですよ。オノさん、音楽魔法の起動、よろしくお願いしますね」


 カミラとモモのライブに対して妥協を許さない。私達の状況に合わせて、編曲を要求するのだから、鬼としかい言いようが無い。まぁ、カミラは吸血鬼族だから、元から鬼ではあるけれど。


「それじゃ、行きましょうか」


 すっと、カミラが手をのばす。モモの手が。私の手が。そして、智君の手が重なった。


「やっぱり、この順序がベストニャね」

「ですね」


 カミラとモモから、あからさまに避難する視線を感じる。


「……い、今、その話は良いじゃない!」


 円陣を組んだ時、智君が、カミラやモモと手を重ねるのが我慢できなかったのは、私だけどさ。


 こうやっている今この瞬間も、智君とモモ達の距離が近すぎるような気がして、ヤキモキする私は、きっと重症なんだと思う。


「ステージの上では、公私混同しないように。お客さんを睨んじゃダメですからね、リア」

「に、睨まないよ!」


 ちょっとしか……。思わず、そんな声が出そうになって、かろうじて飲み込んだ。


「観客席全員、恋させちゃうのがアイドル……なんですよね? でも、オノさんとの関係は、リアがそんなんじゃ、絶対に広言できませんね」

「僕はむしろ、男性のお客さんの視線が怖い……」


 智君が、ブルブル震えながら言う。どうやら彼は、貴族層の固定ファンが多いようなのだ。


「でも、仕方ないですわ。教皇猊下からのご依頼とあれば、ね」

「今日は勇者も聖女も来ているらしいじゃないかニャ?」

「橘君も?! イヤだよ! 僕、今日は休む――」

「そういうワケには、いかないでしょう? 竜脈の治癒をしないといけないわけですから」


 そうにっこりと笑って、カミラが魔力で私達は押し出す。


(ちょっと?!)


 ステージに出たら、そんな反論言えるワケがない。

 歓声が湧く。


 モモが、アクロバットに後方転回をしてみせた。

 魔力がうねる。


 今、この瞬間も、竜脈が胎動するのを感じるのだ。

 カミラの魔法が光を奪う。


 まるで、この野外劇場にスポットライトが浴びるような演出。


 智君が、ヤケクソ気味に、指を鳴らした、その瞬間。

 音楽が弾けた。


 私は、指でそらをなぞる。


 その瞬間、花弁の雨が舞って。

 息遣い――私達の声が重なった。




「「「「ID:old libertyです!」」」」



 その瞬間――。

 貴族も平民も、種族も中間層もスラム街の住人も、老若男女も、肌の色も。そんなことはどうでも良いと言わんばかりに、歓声が湧いたのだった。




「オノちゃん、一曲目よろしくお願いしますね!」

「(コクリ)」

「みんなも一緒に歌ってニャ!」

「一曲目は『息継ぎ』からスタートだよっ!」




 ■■■




 ――息も忘れるくらい

 ――もっともっと、君に溺れたいから

 ――結局、全部 溶けてしまう

 ――お願い、今だけ息継ぎさせて




 ちらっと、智君を見る。

 智君は【旅人】だから、いつかいなくなるかもしれない。


 いつか、ゲームの世界の私達が消えてなくなるかもしれない。


 それでも、一緒に歌を紡ぐように。

 智君が一緒だったら、きっと怖いものはない。

 だから。

 もう、簡単に諦めたりしない。


(だから、お願い。智君?)



 ――お願い、私に息継ぎをさせて?






【ID:old liberty】

▶シナリオ 花の半魔女 Fin.

▶To Be Continued……。

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ID:old liberty ~記憶持ちハーフウィッチ少女は平和な世界に歌声を響かせる~ 尾岡れき@猫部 @okazakireo

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